「ああ……食べてしまいたいな。」
雲雀はうっとりと呟いた。
一糸纏わずにディーノの腰を跨いだ、扇情的な格好で。
「食われてんのは恭弥の方……だろ?」
ほんの僅か乱れた息で、それでもディーノは余裕を見せて揶揄うような笑顔を浮かべる。
そんな卑猥な揶揄の言葉にも、雲雀は動じることなく薄笑いを浮かべたまま、ぐにゃりと背中を丸めてディーノの耳元へ顔を寄せる。
その拍子に、二人の腹の間で自身が擦れる。と同時に体内のディーノが内壁を擦り、雲雀はふぅと吐息を零した。それが耳殻を擽り、ディーノもまた熱い息を漏らす。
そんな一呼吸があってから、雲雀は「そうじゃないよ」と微かな声で囁いて、徐にディーノの耳朶へ歯を突き立てた。
決して豊かでない、脂肪の少ない耳に突き立てられた犬歯は、皮膚を裂き、少ない肉を抉り、やわらかな骨を削る。そして、溢れ出した血液を啜るようなキスをして、漸く口を離す。
突如与えられた激痛に悲鳴を上げることすら忘れていたディーノは、唇の端からぽたぽたと赤い血を滴らせる雲雀を見上げて漸く、いたい、と笑った。
「おいしい。」
しかし雲雀はディーノの抗議など聞き入れる風もなくにっこりと笑い、くちゃ、と卑猥にも聞こえる音を立てて口の中の肉片を噛み砕く。
とろけるように甘い鉄錆の臭いが口中に広がり、雲雀は満足げに喉を鳴らしてそれを飲み込んだ。
「これであなたは僕になるんだ。」
そう言って雲雀は壮絶に綺麗な笑みを浮かべて、未だに血の滴るディーノの耳朶に舌を這わせる。
べろり、と小さな赤い舌が傷口を抉り、ディーノは小さく顔をしかめた。
「これからあなたはね、唾液と、胃酸で分解されて、腸で吸収され、僕の中に入って来るんだ。」
いまみたいにね、と笑って、雲雀は止めていた律動を少しだけ再開する。
深く繋がった二人は、それぞれに吐息を零す。
骨盤がぶつかり合い、唇が絡み、何度もキスを重ねて、吐息が混ざり、境目が溶けていく。
けれど、決して一つにはなれない、ふたつの個体。
「ねえディーノ……これで、あなたは、僕に、なるんだよ。僕の血となり、肉になる。これ以上ないくらい、ひとつに、ね……っ」
「ああ……そいつは…幸せだな…」
「そうすれば……これから先、あなたが他の誰かのものになっても……僕は、あなたを手放さないで居られる。僕自身があなただから。」
「恭弥……」
びくりと震えて、ディーノは雲雀の中に吐精する。
その熱を感じた雲雀もまた、小さく喘いで白濁を零す。
「……これも吸収できればいいのにね…直腸じゃムリか。」
苦笑して、雲雀は自らが吐き出したモノを指ですくい取る。そして、白くて長い指に絡みついた粘りをずい、とディーノの口元へ運ぶ。
するとディーノは笑って、雲雀の指に舌を這わせ始めた。白濁をすくい取るように、指の先と股とを、丁寧に、執拗に、親指から、人指し指、中指、薬指、そして小指。
小指の先まで舐め終えて、おしまい、とその爪先にディーノが音を立ててキスをすると、雲雀は少しだけ不機嫌そうに眉を寄せ、ずい、と手をディーノの口腔へと押し込むと、たべなよ、と言った。
「これで僕もあなたになれる。」
**
「ヒバリさん、ディーノさんの結婚式、行かなくて良かったんですか?」
沢田は、家庭教師から預かったイタリア土産と、兄貴分から預かった”ヒキデモノ”(と、本人が言い張っていたもの)を渡すために恐る恐る、応接室を訪れていた。
それほど仲がいい師弟だった訳ではなかったようだが、それでも師の晴れの席だ、招待状くらいは届いていただろうに。
「僕には関係ないよ。それ置いたら出てって。」
いつも通りの不機嫌そうな顔で、ヒバリは沢田に向かって追い払うような仕草で手を振った。実際に、出て行けと言う意思表示なのだが。
「まあ、ヒバリさん、群れ嫌いですもんね……」
沢田は、式場の賑わいを思い出して苦笑する。
五千の構成員を持つマフィアのボスの結婚式だ。本人はひっそり行ったつもりだったらしいが、それでも沢田にとっては充分に盛大なものだった。
兎に角、触らぬなんとやらに祟り無し、無駄なお喋りは不要とばかり、沢田は応接室の机の上に紙袋を置いて、退出の意を告げるためにヒバリを見た。
すると、その机の上に。
「あれ……ヒバリさん……それ、ディーノさんの……貰ったんですか?」
無造作に置かれていた、シルバーのチェーンと、その先にくくりつけられている、どこか有機的な白い物体。
それは確かに、ついこの間イタリアで会った兄貴分が首からぶら下げていたはずのもの。
「そうだよ。……それが何か?」
「あれ、でもディーノさんといつ会ったんですか?」
沢田が首を傾げると、ヒバリは少しだけ口角を持ち上げる。
「これはディーノの。僕のをディーノにあげたんだ。」
「そう…ですか。」
あまり仲良くない、というか顔を合わせればケンカ…というか戦闘ばかりしていたように見えたのだが、実際は仲が良かったのかもしれない。お揃いのアクセサリーなど持つくらいだから。
それならば何故式に出なかったのだろうかという疑問が沢田の頭を掠めたが、群が嫌だったのだろうと納得する。
大切そうにチェーンを手にするヒバリを見ながら踵を返そうとして、沢田はふとそれに気が付いた。
「あれ……ヒバリさん、小指、どうしたんですか?」
ない、のだ。
左手の小指の、第一関節から先が。
まるで切り落としたかのように。
しかしヒバリはさして大したことでも無いと言わんばかりに指先を見つめて、
笑った。
「言っただろ?ディーノにあげた、って。」