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Shampoo





 別に、いくら僕が並盛を愛しているからって、並盛から一歩でも出たら死んでしまうという訳ではない。
 飛行機が怖いなんて事もない。
 正規のパスポートが取得できないなんてこともなければ、ビザが下りないなんてこともない。
 旅費は−−どうせあの人の懐から出るのだから関係ない。

 だから、僕がイタリアに小旅行に来たって、何もおかしくなんかない。

 それなのにディーノときたら、馬鹿みたいに喜んで大騒ぎして、仕事も何もかも放り出してあちらこちら案内してくれた。
 人の多そうな所は避けて、どうしてもという所は貸し切って、お陰で僕は群れに苛々する事もなく、少し快適な気分のまま、キャバッローネの屋敷へと連れ帰られた。

 初めて訪れたディーノの家。

 広い、とは聞いていたけれど、これほどとはね。
 思わず目にした瞬間ワォ、と溜息が零れた。
 建物は並中の校舎より大きいかもしれない。敷地は言うに及ばず、だ。グラウンドがいくつ入るんだろう。

 「夢みてぇ、恭弥がウチにいるなんて。」

 そう言いながら通された部屋は、どうやらディーノの寝室らしい。だだっ広い空間を埋めるように、ごてごてした家具が並べられている。
 けど、趣味が悪いという程でもなく、雑多な印象を受けるという訳でもない。居心地は悪くなさそうだ。
 ソファに腰を下ろすと、いかにも高級そうなスプリングが音もなく僕の体重を受け止める。応接室のソファもそれなりのものを使っているけれど、比べようが無いほどに座り心地が良い。

 「ぜーたく……」

 思わず呟きが漏れたけれど、ディーノには聞こえていないようだった。
 僕に背中を向けて、これもまた贅沢なつくりの箪笥の前でなにやらしゃがみ込んでいたけれど、やがて振り返ると僕にタオルらしきものをひとかたまりで差し出す。

 「シャワー浴びて来いよ。疲れただろ?」

 「……ヤらないからね。」

 「なっ……そんなつもりじゃねーよ!」

 僕の冗談に顔を真っ赤にしたディーノは、いいから浴びてこい、と僕の肩に手を掛け、ぐるりと体を反転させ、部屋の奥のドアに向かせた。
 プライベートバス、って奴?

 「本当に贅沢な家だね……」

 「やー、流石にボスが共用のシャワーってのはさぁ……」

 貫禄がつかねーだろ、と苦笑しながら、ディーノは僕をそのドアの向こうへ押し込んだ。
 ドアの向こうは脱衣所になっているらしく、棚と籠が無造作に置かれている。ガラスのドアで仕切られた奥に、バスタブとシャワーが見える。

 「石鹸それな。シャンプーそっちでコンディショナーこれ。洗顔フォーム使うか?」

 「石鹸があれば充分だよ……」

 脱衣所の棚にずらりと並んだアメニティを一通り説明すると、ディーノは出ていった。
 内鍵は付いていなかったので鍵を掛けることは諦めて、着ていたものを脱ぎ、ひとまず籠へと放り込んだ。
 ガラス戸を開けて、シャワーヘッドを手に取る。クロムだろうか、鈍色のそれは日本ではあまり見かけない。
 イタリア語で書かれた熱いだの冷たいだのと思われる説明は読めなかったが、赤い方がお湯だろう。で、温度調節のレバーが見あたらないということは、お湯と水を出して調整しろと言うことだろうか。
 暫くあっちを捻りこっちを捻りして、漸く浴びられる温度に調整する。
 一日連れ回された疲れが、湯に溶けて流れていく。
 きもちがいい。
 取り敢えず髪を洗おうと、並んだボトルの中からシャンプーを選び、中身を手に取る。
 両の手のひらで泡立てると、ふんわりと花の香りが鼻腔を擽った。

 ……ディーノの髪のにおいだ。

 そりゃ、もちろん、ディーノはこのシャンプーで毎日髪を洗っているのだろうから、ディーノの髪はこのにおいがして当然なんだけど。
 そうじゃない、そうじゃなくて。
 あの人の髪のにおいを、こんなにはっきり覚えている自分が少し、気恥ずかしくて。
 振り払うように、手の中の泡を乱暴に自分の髪へ絡めた。ガシガシと掻き回すようにして地肌を擦ると、さっきの花のにおいがふわふわと漂う。
 ディーノの髪に近づいた時だけ、ほんの微かに香るそれが、濃密に僕の回りにまとわりつく。

 くらくらしそうだ。

 僕は手早くシャワーヘッドを振り回してシャンプーの泡を洗い流すと、石鹸を手に取った。
 幸いにも石鹸の方は至って普通のものらしく、ただシャボンのいい匂いだ。それで少し心を落ち着けて、それでも少し手早く体を洗うと、シャワーを止めた。
 ガラス戸を開け、脱衣所に置いて置いたタオルに手を伸ばす。そういえば着替えが荷物の中だが、生娘じゃあるまいし、男同士なのだから、タオルだけ巻いて出たって良い。
 おおざっぱに体と髪を拭いて、バスタオルを体に巻き付けた。……用心のため、胸元も隠れるようにして。

 「上がったよ。」

 バスルームの扉を開けると、ディーノはソファの背もたれに背中を預けて新聞らしきものに目を通していたけれど、僕の声に気づいて振り向く。
 一瞬、タオル一枚の僕の姿に驚いたようだったけれど、すぐに「着替え出してなかったな」、と反省したように苦笑した。

 「僕もうっかりしてたよ。」

 そう言いながら自分のスーツケースを目で探すと、それはディーノの座るソファのとなりに置いてあった。
 着替えを取り出そうと近づくと、徐にディーノの手が伸びてきて僕を捕まえ、抵抗の余地も無いまま彼の膝の間に座らされた。

 「ちょっと……!」

 着替えてからにして、と暴れようとするが、タオルがずり落ちてしまいそうで動くに動けない。
 その間にディーノの手は後からがっしりと僕の腰を捕まえて、その無駄に高い鼻が僕の後頭部を擽り始める。まるで猫がマーキングするみたいに。

 「くすぐったいよ。」

 「んー……ちょっとだけ。」

 やがてちゅ、ちゅと唇の音が後から聞こえ始める。
 髪を梳くようなキスは、嫌いじゃない。
 僕は抵抗をやめ、ちょっとだけその音に身を任せる。

 「恭弥の髪の毛、いつもと違う匂いがする。」

 「そりゃ……あなたのシャンプー使ったからね。」

 「それもそっか……でも、あれってこんな匂いだったっけ?」

 くんくん、とディーノが鼻をひくひく動かす気配がする。それがなんだか面白くて、僕はくすくす笑いながら首だけで後を振り向いた。

 「自分で使ってると解らないものだよ。」

 そう言って、ディーノの頬に掛かっている髪の一房に手を伸ばして捕まえる。軽く引っ張って匂いをかぐと、やっぱり花の匂いがした。








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おちないよぅ。
同じシャンプーつかってふわふわする恭弥が書きたかった……ような。なんかもうよくわからない。
兎に角ふたりがいちゃいちゃしてれば良いと思う!



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