「今日が何の日か知っていますか!」
その日突如として現れた熱帯高気圧は、応接室の扉を破壊し、ソファに腰掛けた雲雀にキスしようとしていた跳ね馬を蹴飛ばし、芝居掛かった仰々しさで両の腕を広げて、愉悦の表情さえ浮かべて、其処に立った。
つまりは、雲雀の目の前に。
「五秒で消えないと咬み殺す。イチ。ニ。」
言うが早いかカウントダウンを始めた雲雀のくちびるに、そっと伸ばした人指し指が当てられる。
そして背筋に走る嫌悪感に雲雀が思わず口を閉ざしたのを見て満足したように頷くと、再び先ほどの体勢で其処に立った。
要するに、雲雀の目の前に。
「なんと、今日はこの僕がこの人間道に生を受けた記念すべき日なのです!」
言いながら広げた腕をゆったりと動かし、スポットライトを浴びるように閉ざした瞳で天を仰ぐ。其処にあるのはスポットライトではなく、ただの蛍光灯だが。
「で、そのおぞましい日と君が此処に居ることになんの関連性があるのかな。」
大人しく自分の群れに帰りなよ、と雲雀が続けようとするのを、再び人指し指で制すると、その熱帯低気圧、つまり六道骸はちっちっち、と指を振った。
「あなたに祝われてあげようと言うのです!さあ思う存分祝いなさい!」
そう言ってばっと腕を広げる。鬱陶しいことこの上ない、という顔で、雲雀はやれやれと立ち上がる。
「そう。それじゃあ遠慮なく。」
言うが早いか、雲雀は仕込んであるトンファーを、予備動作無しに骸の横っ面に叩き込んだ。
と、ゆらりと骸の姿が揺れてトンファーの切っ先がすり抜け、雲雀は大きくバランスを崩す。
「……幻覚。」
「ええ、生憎、あの牢獄から脱獄するのはなかなか至難の業でしてね。此処へ来ている事はクロームには内緒ですし。」
再び輪郭をはっきりさせた骸は、やれやれという顔を作って大袈裟に肩を竦めて見せる。
体勢を立て直した雲雀は、効果がないと悟りトンファーを収める。そして再び優雅にソファに腰掛けると、組んだ足の上で指を組み、実に妖艶に微笑んだ。
「そう、それは勿体ないな……誕生日だっていうなら、キスの一つでもして上げようかと思ったのに。」
その言葉に一瞬目を見開いた骸は、それならそうと早く言ってくれればいいのに、と呟きながら、もじくさと暫く両の手を組んだり解いたりしてみせる。その様子は実に気色が悪い。
「大丈夫です、大丈夫ですよ雲雀くん!僕の幻術をもってすれば、触れることが出来る幻覚を作り出すことくらい容易いのです!さあどうぞ!」
「そう、今なら君に触れるんだね。」
「勿論ですとも!さあ、遠慮なく熱いくちづけを……!」
「じゃ、目を閉じてなよ。」
言いながら雲雀は立ち上がる。
奥ゆかしいんですねぇと言いながらゆっくりと骸が眼を瞑る。
その瞬間を刹那も逃さず、殺気も立てず、雲雀は機械的に右腕を振るった。
トンファーを取り出す時間が惜しかったので、素手のまま。
それは見事に骸の頬にめり込む。
「をぶぅ」
変な声を上げて、骸−−の幻影は床に転がった。
芸が細かい。
「だ、騙しましたね……!」
「誰が君にキスなんかするもんか。気持ち悪いからさっさと居なくなってよ。」
雲雀は冷ややかな目で骸を見下ろす。
が、そんな視線など意に介さず、骸はその場に蹲ったまま、酷いとか折角誕生日なのにとかぐちぐちぐちぐち、愚痴らしきものをこぼし続ける。
「……もう、鬱陶しいな……」
雲雀は苛々を隠そうともしないまま、骸のその奇抜な形をした髪の房をむんずと掴むと、上を向かせる。
そして、愚痴をこぼし続けている口を自分の唇で塞ぐ。
「……これで良いんでしょ。」
さっさと帰れ、と言わんばかりに雲雀は言い放つ。
骸は暫く呆然と目を見開いて居たが、漸く事態を飲み込んだのかそれは嬉しそうな顔をして何事かを叫び、そして−−消えた。
幻覚の維持に必要な集中が途切れたのかも知れない。
雲雀はやれやれ、と溜息を吐き、床で伸びているディーノを爪先で軽く蹴る。
うぅ、と唸ったディーノが起きあがり、きょろきょろと当たりを見回す。
「あれ……なんか、今、変なのが居なかったか?」
「……居たよ、とびきり鬱陶しいのがね……」
言いながら雲雀はディーノの目の前にしゃがみ込むと、その金色の髪を鷲掴みにして、先ほど骸にしたように上を向かせた。
そして、徐にその唇にキスをする。
「なっ……恭弥?!」
「消毒。変なのに触ったから。」
訳が分からない、と言わんばかりのディーノの顔を再び床にたたきつけ、雲雀は立ち上がってソファに腰掛け直し、呟く。
「……全く……最悪の日だね。」