「なあ隼人ー」
取り立てて慌ただしくもない、朝。
いつものように目を覚まして、いつものように朝食を作って(山本の仕事)、その間に俺はシャワーを浴びて、二人で飯を食って、着替えて。
それが、「ありふれた」という形容詞に相応しいものになったのは何時の頃からだろうか、って俺が大学入った頃からなんだけど。
こうして二人で暮らしているのはお互いの通勤通学に色々と都合が良かったからで、断じて、「同棲……」と甘えたような目で呟く野球バカに絆されたなんて事はないのだ。断じて。もう一度言っておく。断じて。
「なんだ。」
振り向くと、黒いスーツを身に纏った山本が、青いネクタイを片手にぶら下げてニコニコと笑っていた。
俺は思わず溜息を吐く。
「ッたく……何度教えりゃ出来るようになるんだこの野球バカ。」
「できねぇ訳じゃねーんだけどさー…俺じゃ綺麗にならねーのな。」
へらへらと笑いながら山本が差し出すネクタイを無造作に受け取る。
ひょいと、少し高い位置にある(悔しい)首にそれを回し、ああこれこのまま絞めたらコイツ殺せるな、とか思いながら、左右の布を交差させて、絡げて、シュッと軽い音と共に首元に出来た結び目を締める。
いつの間にかプレーン・ノットの似合わなくなった、上背のある体躯。
気が付いたらセミ・ウィンザー・ノットも対面で結んでやれるようになっていた俺。
「なあなあ隼人、いつもお前のやってるそれ、俺に教えてくれたやり方となんか違わねー?」
「ったりめーだ、テメェにウィンザーノットなんか出来るかってんだ。ダブルノットでも綺麗に出来ねえとか言う癖によ。」
「てかさ、そんなややこしいことしないで普通に結べばいいじゃねーか。」
「うるせぇ!10代目のお側にそんなダッセェ格好の人間置いておけるか!」
ただでさえ、日本じゃまともな仕立て服は手に入りにくいのだ。……まあ、イタリアに行ったところで現在の俺達の稼ぎじゃあ既製服だってやっとな訳だが……それでも、例えばネクタイの結び方くらい、例えばシャツのアイロンくらい、エレガンテに気を使って貰いたい。
曲がりなりにも、シチリアマフィアの一翼になろうという人間なのだから。
「んじゃ、ツナんとこに行くときは隼人にネクタイやってもらわねーとな。」
「うるせぇ、いい加減自分で覚えやがれ!」
そう言いながら、のらりくらりと結び方を教えてやらない、俺。