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恋愛相談室




 「ねえディーノ。」

 その日は珍しく、ドアを開けても恭弥は飛びかかって来なかった。
 その代わり、いつものソファに深く腰掛けて、身長の割に長い足を組んで、眉間に皺を寄せてディーノを睨みつけてきた。
 ディーノが首を傾げながら部屋の中へと入ると、恭弥は目で其処へ座れと促す。
 教え子である中学生に顎で使われながらしかし不満の一つも漏らさずに、マフィアのボスは恭弥の向かいへと腰を下ろす。
 それを見た恭弥は踏み込んで来る前のように深く息を吸うと、口を開いた。

 「教えて欲しいことがあるんだけど。」

 恭弥の言葉にディーノは一瞬面食らってから、すぐににっこりと、何だ?と笑いかける。

 「俺はお前の家庭教師だからな。何でも教えてやるぜ?」

 大人の余裕を滲ませて微笑むディーノを苛立たしげに睨みつけ、もう一度深く息を吸い込んで、恭弥はようやく口を開いた。


 「キスって、どうやるの?」


 硬直したディーノが意識を取り戻すまでに、深呼吸を二回、瞬きを五回、要した。
 きす、と間抜け極まりない声が唇から滑り落ちる。

 「……なんだ恭弥。好きな女の子でもできたのか?」

 それからもう一呼吸して、ようやくいつもの大人の余裕を取り戻す。
 すると恭弥はムスッとした顔で、違うよ、と言う。

 「保健医が、そうしろって言うんだ。」

 「シャマルが?」

 恭弥の口から聞こえた珍しい名前に、ディーノは思わず聞き返す。
 まああの男なら、何かにつけてちゅーしろだの触れだの言いそうだが。

 「なんでまたシャマルなんかに相談したんだ……恋愛相談ならこの俺が……」

 「だから、違うって言ってるでしょ。」

 恭弥は殊更に不機嫌そうな顔をして視線を逸らすと、ぼそぼそとことのあらましを語り始めた。

 「最近、あまり体調がよくなくてね。折角あなたが来るのに、万全で闘えなかったらつまらないから、保健室で診て貰ったんだ。」

 「……なんでまた保健室……」

 「医者に行くのは面倒だからね。……そうしたら、キスで治るって言うんだけど。やり方教えてって言ったら、お前の家庭教師の方が適任だっていうから。」

 それはあれか、自覚がないだけで、所謂恋の病という奴だったということか。
 結局恋愛相談じゃねぇか、と思いながら、ディーノはやれやれと立ち上がり、恭弥の隣へと腰を下ろした。
 そんなレクチャーなら、自分なんかよりよほどシャマルの方が適任だろうと思うのだが。……まあ、教えろと言われても、確かに言葉では説明し辛いものがある。あの男は絶対男にキスなんてしたがらないだろうから…………と、いうことは、もしや、俺が?
 ディーノは恭弥の隣に腰を下ろした態勢で固まる。

 「えーと……なんだ。キス、ってのはほら、唇と唇を合わせて親愛の情をだなー…」

 「そんなことは知ってるよ。バカにしてるの?」

 かくかくと不自然な身振りを交えて上擦った声を上げるディーノを、恭弥は苛立たしげに睨みつける。

 「僕が知りたいのは……大人のやり方。」

 恭弥は瞬間、顔を赤くして視線を逸らす。
 本当はあなたなんかに聞きたくないんだけど、と呟いてから、

 「ねえ、早く教えてよ。」

 すぐに元の不機嫌そうな顔に戻ってディーノを睨む。

 「……いいのか?」

 「当たり前でしょ」

 知らねえぞ、と口の中で呟いて、ディーノは恭弥の肩に手を掛ける。

 「何するの……!」

 「言葉で教えんのは難しいんだよ……男とキスするなんて、お前は嫌だろうけど……」

 案の定咄嗟に身を固くした恭弥を宥めるように、ディーノは少し困った顔を作ってみせる。

 「……別にいいよ。早くして。」

 少し考えた恭弥は、それでもすぐに頷いた。それに微笑んで返し、ディーノは軽く息を吸う。
 そして、肩に掛けた手に力を込めた。

 「……まず、こうやって相手を抱き寄せる。」

 顔が近くなる。
 ディーノは無意識に早くなる動悸を抑え、あくまで冷静に恭弥の後ろ頭に手を添える。

 「頭や……顎でもいいな、手を掛けて、引き寄せて、始めはそっと唇に触れる。」

 小さな唇は柔らかくて、触れたそばから溶けてしまいそうになる。
 しかしディーノは、授業、授業、と自分に言い聞かせ、なんとか平静を保ちながら、いやらしい動きにならないよう、努めて儀礼的にその唇をなぞる。

 「相手の力が抜けてきたら、口を開けて貰うように促す。こんな風に……」

 言いながらディーノは唇を器用に使い、力の抜けていた恭弥の唇に隙間を作る。

 「そしたらあとは、ゆっくり舌入れて……」

 薄い、かたちの良い唇は、思わずそのまま滅茶苦茶に噛みつきたくなる程に甘い。
 ホモの気はないはずなんだけどな、とふと我に返ったディーノは内心苦笑を漏らし、そろそろと恭弥の口腔に舌を差し入れる。
 そうしてしまえば喋るどころではないので、舌で歯列を割り、柔い舌を絡め、吸い、一通りのことを済ませてから口を離す。

 「……こんな感じ。あとは自分で工夫しな。」

 甘く痺れるような余韻を、自身の唇をひと舐めして振り払ってから恭弥を見ると、しきりに首を傾げながら、何か考えるように口元に手を遣っている。
 軽めにしたつもりだったが、単なるレクチャーにしては刺激が強すぎただろうか。
 なんだか申し訳ないような気がして、謝ろうと口を開き掛ける。

 「こんなので治るのかな…?」

 「えと……恭弥?」

 「やり方は解ったよ。」

 しかしディーノが口を開く前に恭弥は口元から手を離すと、なんでもない顔をしてディーノを見た。

 「そうか。……ま、あとはお前なら上手くやるだろ……キスの先まで教えろってのはナシだぜ?」

 そのことに少し安心して、冗談めかして笑いかけると、恭弥は不思議そうに首を傾げる。

 「……なんでそんなことを僕があなたに聞く必要があるの?」

 照れて怒るかと思ったのだが、恭弥はただ純粋に解らないという顔をしている。
 キスの仕方も知らないくらいだ。キスの先、が何を指すのかも知らないのかも知れない。

 「僕はとにかく、この不整脈と熱っぽさが治ればいいんだから。」

 ……ああ、そういう話でしたっけ?
 でも、話の流れからすると、恭弥の体調不良とやらの原因は恋の病で、シャマルの奴のアドバイスによればそれは「キスすれば治る」……つまり、想いを伝えちまえ、ってことだったんだろう。恭弥が間違った解釈をしてしまっただけで、きっとシャマルが実際に言ったのは「んなもん、キスでもしてやりゃ解決するんじゃね?」とかそんな感じだったんだろう。その様子が目に浮かぶようだ。
 ……ってことは、そのドキドキはキスしたところで治る訳ではないんじゃ……

 「なあ恭弥……」

 ディーノがそのことを伝えようと口を開き掛ける。
 が、それより早く恭弥の両手がディーノの肩を捕らえた。
 何、と思う間もなく恭弥の顔がずいっと近づいてきて、柔らかいものが唇に押し当てられる。
 あまりのことにディーノが呆然としていると、小さな舌がぐい、と口腔に侵入してくる。

 「き、恭弥っ?!」

 「何。こうするんでしょ?」

 慌ててディーノが恭弥の肩を突き放すと、恭弥は不機嫌そうに眉を寄せる。

 「いや、そうだけど、俺にしてどうすんだよ!気になる女の子にするの!」

 「……誰にしろって?」

 「だから……誰か、居るんだろ?気になる女の子。」

 「居ないよそんなの。あなたまでそんなこと言うの?」

 「……どういうことだよ?」

 「あの保健医もどこのカワイコチャンだって煩くてね。違うって言ってるのに……」

 「お前、シャマルに何て相談したんだ?」

 「最近動悸がしたり、何となく熱っぽくて気分が落ち着かない。」

 「……で、シャマルは何て?」

 「……気になる女子でもいるのかって。勿論居ないって答えたら、症状が出てる時は何考えてるんだ、って言われたから――」

 そこで恭弥は少し考えた。

 「あなたのこと、って答えた。」

 「……はい?」

 「あなたが来る、って考えたりしてると、やけに動悸がしたり、落ち着かないんだ。……だから。」

 「……なあ、恭弥……」

 「そしたら、あなたにキスすれば、全部解決するって言われた。」

 「恭弥、それはさ……」

 ディーノは急激に頭に血が上るのを感じながら、恭弥の肩にそっと触れる。

 「俺のこと、好きってこと?」

 想像もしていなかった展開に、ディーノの声が震える。
 恭弥を、そういう対象として見たことはない。
 ――けれど。つい先ほど触れた唇の甘さは。誰か、他の誰かに、恭弥がキスするのかと思った瞬間の、なんとも言えない切なさは。
 もしかしたら、恋、的なもの?


 「好きだよ。強いからね。」


 ……うん、今俺達、確実にすれ違ってるな。
 でもきっと、自覚がないだけで、さ。
 恭弥も俺と同じ気持ちなんだろ?
 ディーノはふわりと笑って、恭弥の体を抱き寄せる。

 「うん、恭弥、解った。」

 これから教えてやればいい。
 二人で見つけていこう。
 だから、まず、大事なことをひとつ。


 「とりあえず……キスするときは、目、閉じような?」











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うーん……………纏まらない…………
意中の相手に恋愛相談しちゃう恭弥、が書きたかったんです。
やっぱり携帯で書くのは苦手。




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