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for seatmate.




 はあ、とディーノがため息を吐いたので、珍しいこともあるものだと雲雀は顔を上げた。
 今日も「いつものように」そこにある金髪は、並中の応接室という背景にはひたすら似合わないのだが、いつの頃からかそれがいつもの光景になっているのが気に入らない。
 ディーノはそんな雲雀の心境などつゆ知らず、ソファに深く凭れて雑誌をめくっていた。

 「雨でも降るのかな?」

 「ゲ、マジかよ……」

 雲雀が呆れたように呟くと、ディーノは慌てて顔を上げて窓の外に目を遣る。しかしそこに広がっているのは限り無く青い空と、穏やかな冬の太陽。

 「なんだ、降りそうにねえじゃねーか。」

 「……あなたがため息なんかつくから、今に雲が出てくるんじゃないの?」

 無邪気な顔で雲雀の方を振り向いたディーノに、恭弥はまた呆れたような声でため息混じりに答えた。

 「え、俺ため息なんてついてたか?」

 「それは盛大にね。」

 雲雀は手元の書類をトントンと揃えて横に置く。
 何読んでたの、と聞きながら立ち上がりディーノの隣に腰を下ろすと、彼が手にしていた雑誌が目に入る。
 イタリア語で書かれているらしい文章はさっぱり解らなかったが、雑誌が車の写真で埋め尽くされていることは判った。

 「車がどうかしたのかい?」

 「ああ……いや、新型のジャポーネ仕様が発売されてさー……」

 ディーノはぴら、とめくっていた雑誌を数頁戻り、見ていたのであろう車の特集らしきページを雲雀に示す。
 なる程何となく今彼が乗り回している派手な赤い車によく似ている、と思ったが、しかしどこが違うのかと言われてもよく解らない。

 「それで?」

 「や、欲しいなー、って。」

 「別に今のヤツだって充分じゃない。何が違うの。」

 「全然ちげーよ。」

 やっぱり恭弥と乗るならツープラツーかなって思うんだけど、ツードアフォーシーターのクーペじゃ乗りにくいだろ?かといってフォードア車に出て欲しいかって言われりゃ微妙なんだけどよー。でもフォーシーターじゃねえと毎回ロマが可哀想なんだよなー。あ……でもFRか……操作性変わるかなー。

 「……黙れ。」

 理解不能な言葉の羅列に苛々絶頂の雲雀は、むんずとディーノの唇を捻り上げた。
 ふぎゅ、とか情けない声を上げるディーノを不機嫌な目で見上げる。

 「僕に解る言語で話せ。」

 ふごふごとディーノが口を動かす。どうやらごめん、と言いたいらしい。
 それでひとまず満足して、雲雀は捻り上げていた唇を解放してやる。

 「あー、つまりな、今の俺のクルマ二人乗りじゃねーか。四人乗りの新しいのが出たから買おうかなー、って思うんだけど、後部座席用のドアがねーの。それだと乗りにくいだろ?」

 「……そうだね。……っていうか、いいじゃない、いつもの黒いので。」

 ディーノが言う「俺のクルマ」とは、いつも彼が運転するど派手な赤い車のことで、雲雀の言う「いつもの」とは、ディーノの部下に運転させる黒塗りの車。

 「いや、やっぱ運転するならフェラーリだろー。」

 フェラーリ。
 いくら世の中のことに疎い雲雀でも、その名前くらいは知っていた。それが高級車のブランドであると言うことも。そして、ディーノの愛車がそれであることも。

 「なら、いつもの赤いのでいいじゃない。」
 「いや……ロマがさ、俺一人じゃ運転させてくれねーから、ホテルからここまで運転してくるのにいつも付き合わせてんだよ。」

 いつも歩いて帰らせるのも悪いし、四人乗りが欲しいんだよな、とディーノは何も無い中空に目をやって呟く。

 「だったら黒いのを髭に運転させればいい。」

 「や……ほら、せっかくのデートだし、ドライブするなら俺が運転したいし?」

 「……なら、髭を帰らせなよ。」

 僕はデートとやらに第三者を同席させる趣味はないんだけど、と雲雀は視線を外して小声で呟く。
 その頬が赤くて、瞳が不機嫌そうなのを見て、ディーノはほのかな幸せに包まれる。
 だって、この素直じゃないことにかけては天下一の恋人が、デートの時は二人きりになりたいなんて言ってくれている。

 「……そうだな。んじゃ、あいつにはまだまだ頑張ってもらわねーと。」

 ディーノの言う「あいつ」とは、彼自身よりも年上の、真っ赤なフェラーリのことだなんて、雲雀は知らなかった。

 「そうしなよ。」

  だから雲雀は、ボスの我が儘に付き合わされる哀れな部下の顔を思い描き、楽しそうに口角を歪めた。

 「……で?今日はあの髭は?」

 「ロマか?……もうホテルに着いてるんじゃねえかな?」

 そう言ってディーノは苦笑する。
 今日も歩いて帰る羽目になった部下の顔を思い描いて。


 「なら、ドライブくらいなら付き合ってあげるよ。……あの車は、嫌いじゃないからね。」


 雲雀の言葉にディーノはすぐさま立ち上がる。そして尻のポケットに入れてある、愛車の鍵を取り出した。
 満面の笑顔を浮かべて雲雀の手を取ろうとするディーノの、その不埒な手をぱしりと叩き落として、雲雀は応接室を後にする。

 応接室のドアを開けると、ほんの微かなタバコの香り。
 きっとまた、彼の部下が気配を絶って、見張りという名の護衛についていたのだろう。

 「早くしなよ。」

 雲雀はそのタバコの香りを振り切るように、赤い車を目指す。

 あの二人乗りの狭い車の中なら、こんな風に潜んでいる連中のことなんか気にならない。
 だから雲雀はあの車が好きなのだけれど、悔しいからそのことは、雲雀の胸の中だけの秘密、なのだ。






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での氏とフェラーリのおはなしでした。
いつになく恭弥が素直。

での氏が乗り回しているフェラーリは二人乗り。
へなちょこでの氏一人で運転は危険。(恭弥が隣にいれば大丈夫、ということで。)
恭弥をお迎えに行く道中=死のドライブ。
と言うわけでロマがいつも付き合わされるのでした。
でも助手席には恭弥が乗る訳で、帰りはロマの席がない。ロマ哀れ。

でもおかしいな、での氏がフェラーリにご執心な理由を話す話になる予定だったのに。
そちらもまたいずれ。




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あきゅろす。
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