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恐怖コラム
影之兎チャモ「入る子」
 これは私のトラウマです。

 私はその日は休みで、昼間からベットに寝そべって本を読んでいました。本に飽きると私は、開けっ放しの窓からの風を深く感じるように、目を瞑りました。
 右肩を下に向ける、ちょうど壁に顔を向けるような体勢でした。

 しばらく時が経ち、私は不意に、自分の体が動かないことに気づきました。強い意志が電気のように皮膚を押すのに、微動だにしない。まるで人形になってしまった感覚というのでしょうか。
 そう、金縛りです。

 ですが私は比較的落ち着いていました。なぜなら、金縛りは初めてではないからです。
 それに医学的に金縛りがどう起こるのかも知っていました。体が眠っているのに脳がおきている状態に金縛りが起こるのです。

 とはいえ、金縛りが気持ち悪いものであるのは確かです。体が麻痺したように動かないですし、なんだか痺れるような疲れもあります。
 だから私は金縛りにあうと大抵、抵抗するようにしています。そうすることによって次第に体も起きてくるのです。

 私はいつものように「抵抗」しました。
 しかし、奇妙なのです。いつもは数分程度でとける金縛りが、続く。
 私は懸命に体に指令を流しました。ですがまるで皮膚が意思を跳ね返すように、まったく動きません。普段は僅かながら動くのに……。

 だんだんと体力が削られていくのが分かりました。そこで、「いつもと違う」ことに私は気づきました。
 するとその瞬間、異様な感覚が私を襲いました。目をつぶっているはずなのに、私が見えるのです。イメージが頭に浮かんだと言ってもいいかもしれない。とにかく、眠っている自分が頭の中に見えたのです。そして、右半身をベットに沈めて横たわる私の背中にいるはずのないものがいるのです。
 短い髪の、幼い男の子でした。

 金縛りにあったことは沢山あります。ですが、こんなことは初めてでした。

 男の子は私と平行になるように横たわっています。薄茶の髪の毛を揺らしながら彼は、私の背中を大きな目で凝視していました。そして少しずつ、体勢を変えず近づいてきました。手足を一切動かさず、ゆっくりと、まるで滑るように近づいているのです。

 なんて趣味の悪い白昼夢だろう。私は思いました。これは夢だ、夢に違いない、と。
 だってそうでしょう? どうして目を瞑っている私が部屋を見ることができて、知らない男の子が部屋にいて、しかも私と一緒に眠っているというんでしょうか。

 たとえ、眠った自覚なんてなくとも……、醒めてくれ、体よ動いてくれ。私は必死に体を動かそうと力を入れました。ですが、無常にも体は反応してくれません。

 ……ついに、男の子の体が私の背中に密着しました。
 不思議なことに、イメージよりも先に感触がありました。その感触は、熱くも冷たくもなく、まるで大きな粘土を押し付けられたようでした。
 彼は笑うでも泣くでもなく、無表情でじっと私の後頭部を見つめていました。

 必死に抵抗する私に対し、恐ろしく冷静な男の子……。ボーダーのTシャツに短パンを穿いた、見知らぬ子。男の子は更に移動し、私の息苦しさは加速していきました。

 男の子が、入ってくる。
 私は感じました。肉体の中に、少しずつ彼が侵入してくるのを。
 いいや、思えばその時、私の肉体などなかったように思います。むしろ彼が肉体を持つ人間で、私は空気の塊になってしまったような感覚がありました。とても重たく、人間の意思を持った何かが、私という空気の塊の中に、じわじわと存在を埋めていく。

 心の中に警鐘が鳴る、という言葉があります。その時の私は、全身が警鐘にでもなってしまったかのようなパニック状態でした。
 入ってくる、入ってくる、入ってくる。
 彼が入ってくるにつれ、カンナで削るように体力がなくなっていくのが分かりました。まるで彼がゾリゾリと、私の魂を喰っているようでした。

 生まれて初めて私は、死の恐怖を感じていました。人間に生まれた私には今までなかった確信。
 私は、狩られている。そう思いました。

 藁にもすがる思いで、私は死んだおじいちゃんにお願いをしました。助けてください、おじいちゃん、助けて。本気で信じていない神様にもお願いしました。
 助けて、助けて、殺される!

 死にたくない気持ちでいっぱいでした。弱音から「死にたい」と愚痴をこぼすこともあった私。その私が絶対的な恐怖に侵食されて懸命に叫んだのは、「生きたい、死にたくない」でした。

 死にたくない、死にたくない、死にたくない!

 と、突然、ぐいっと引っ張られるように体が動きました。まるで水から引き上げられたように、体が引き上げられ----、私は立ち上がりました。
 逃げるようにベットから体を離します。荒い息を押し込めて、私はベットをまじまじと見下ろしました。
 男の子はもう、いませんでした。

 なんだ、アレ。
 私は全力疾走した後のように呼吸をしながら、今あったことを、なぞらえるように振り返りました。
 夢? 幽霊? 幻覚?
 考えながら塩を取り出し、小皿に盛ります。
 夢にしては、夢に落ちた感覚も、夢から醒めた感覚もない。幽霊など今まで見たことがなかったし、はっきりいって信じちゃいない。幻覚にしては、感覚がある(幻覚など見たことないし、薬も飲んじゃいない)。

 考えても考えても。
「なんだ? ……アレ」
 としか、言いようがない。

 呆然としながら私は、枕元に盛り塩を置きました。そして、おじいちゃん守ってください、と祈りました。

 これが私のトラウマです。
 いまだにあの出来事がなんだったのか、私には分かりません。夢にしては夢らしくなく、幻覚にしてはあまりにも生々しい(幻覚がどんなんかは知りませんが)。
 結局、なんだったのだろう、と。
 時折思い出しては、背中にあの子の感触をおぼえます。そしていまだに、すっごい疲れたよな、と。本気で殺されるかと。

 アレがなんなのかは一生分かりそうにもありません。ただひとつ言えることがあるとしたら、「幽霊じゃなきゃいいな」ということでしょうか。
 もう二度としたくない体験です。




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