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恐怖コラム
吸血鬼
 十八世紀、バルカン半島。
 メドヴェギアという村で、二十人の村人が血を吸われたように死ぬという奇妙な事件が起きた。

 真相を調べていると、おぞましい遺体が存在していると分かった。
 死後二年経つのに姿が変わらない、鋭い牙と長い爪を持つ少年。若返っている老婆。死後十ヶ月経ってから棺桶から這いあがった少女。墓の中で赤ん坊を産み、その血を吸った形跡のある女。
 彼らは共通して、ある男が襲った家畜を食べていた。
 五年前の惨劇――それを思いだし、村人たちは遺体に杭を打ちこんだ。するとみるみるうちに、棺桶は死人とは思えない鮮血で溢れたという。

 村人たちをこのような狂気に追いつめた男の名前はアーノルド・パウル。整った顔をもつ人柄の良い男で、少し影があった。

 パウルが兵役を終えて故郷に帰ってきてから、村長の命令で豪農の娘ニーナと結婚、幸せにくらしていた。そんなある日、いつもどこか寂しげなパウルをみかね、ニーナがパウルに問いかけた。
「どうしていつも悲しい目をしているのです? どうか話して。夫婦なのですから」
 最初は語るのをしぶっていたパウルであったが、ニーナのまっすぐな愛に打たれて、次第に唇を動かし始めた。

 それはパウルが兵士としてギリシアに駐屯していたときの、恐ろしい体験であった。
 夜、警備に当たっていた彼は、正体の分からぬ人影をみた。トルコ兵だろうか。銃をかまえながら声をかけるも、ただ立ち尽くすのみの影。仕方なくパウルは一歩一歩近づき、思わず釘付けになってしまった。
 影は人というよりも獣に近かった。目は赤く充血し、大きな口には牙がのび、その端には長い耳。
 反射的にパウルは逃げた。だがしかし獣は軽々と彼の上に覆い被さると首筋に噛みついた。走る激痛。パウルはナイフをとると横に薙ぐ。夢中で振り回す。

 なんとか獣を追い払うと、パウルは膝をつき、大地の上でこんこんと眠り始めた。次第に空が白んで、彼はようやく目を覚ますと、獣の後を追うべくふらつく足を叱咤した。
 足跡を辿って進むと、パウルは自身の目を疑った。ある墓場の平凡な墓石のそばで途切れていたのである。彼はすべてを悟った。

「吸血鬼……」

 震えながら語るパウルの横顔を見つめながら、ニーナは息をのみ、言葉を失った。
 数日後、パウルは呆気なく死んだ。馬車から落ちたのだ。手厚く葬られたパウル。しかしそれは、始まりにすぎなかった。

 村人が死体で見つかったのだ。それは次第に数を増やし、やがてパウルを見たという目撃談が交わされるようになった。
 ニーナが怯え、村人たちにパウルが語った話について告白すると、すぐに蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。
 軍隊に立ち会ってもらいながら、パウルの墓をあばこう。村人たちは団結すると、すぐさま実行に移した。

 乾いた風が吹き付ける冬、ひつぎから取り出された死体はまるで生きているように生々しかった。上皮は腐敗しているのに、その下には新鮮な皮膚があり、手足の爪は生え変わっていた。さらに鮮血にまみれており、人を食ったのだということは誰の目でみても明らかである。
 確信を抱いた村人はすぐさま死体の周囲にニンニクを撒くと、その胸に杭を――打ち込んだ!

 瞬間、あたりにおぞましい悲鳴が弾けた。パウルだ。目をひんむきながら絶叫する彼の胸から血が噴き出す。かまわず杭を深く深く打ちつける。
 杭の先端が背骨をうがち、ついにパウルは息をひきとった。

 こうして吸血鬼パウルにより惨劇は終わった……はずであったのに。
「まさかパウルが襲った家畜を食べると吸血鬼になるとはな」
 村人たちはそう囁きあいながら、墓中の死体に杭を打ちつけていった。墓場は血の海と化し、それ以来吸血鬼が現れることはなかったという。

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あきゅろす。
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