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恐怖コラム
扉での選択
 新婚祝いに客船で船旅をした夫婦の話だ。船旅は初めてだったこともあり、妻はひどく酔ってしまい、夫がせわしく看病していた。
 ジュースを買いに夫が部屋を出たとき、妻はため息をついた。せっかくの新婚旅行が台無しだわ、と。しかし本当の悪夢はここからだった。

 深い眠りについていると、何者かに体を揺すられた。しぶしぶ目覚めると、女性搭乗員であった。
「大変です」そして驚くべきことを語った。
「旦那さまが海に落ちてしまいました」

 驚いて搭乗員に着いていくと、夜の闇に落ちてしまったために見つからず、捜索も難しいという。
 ショックで呆然としながらも妻は、搭乗員たちが煎れた紅茶を受け取った。そして口に含み、首を傾げた。
 正体のわからない、違和感のようなものある。なんだろうと思っていると、廊下に続く扉が、突然はげしくノックされた。

「開けてくれ、俺だ!」
 それは紛れもなく愛する夫の声であった。困惑しながら妻が周囲にいる添乗員へと目を配ると、みな青ざめている。
「海からあなたを迎えにきたのでしょう。出てはいけません。海に引きずられてしまいます!」
「開けてくれ!」
「行けません!」
 妻に向かって懸命に叫ぶ添乗員。妻は震えながら迷い、決心した。
「私はあの人に付いていきます」
 そして扉を開けた。

 次の瞬間妻は、目覚めた。眼前に夫の顔があった。
「よかった」そう言って抱きしめられる。その肩越しに、妻は恐ろしいものをみた。あたり一面の黒い海。彼女と夫は小さな救命ボートの上で海に揺られていた。

 後日、大規模な沈没事故犠牲者の写真が新聞に掲載され、そこに搭乗員の顔を見つけた。
 妻は思う。
 もし紅茶が塩辛いことに気づかなかったら、自分は死んでいたかもしれない、と。

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あきゅろす。
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