おはようからおやすみまで。 青天の下、屋上に住まう主、現る ―キュッキュッキュッ、 (やっぱり響くなぁ。) 上履きが廊下を鳴らす。今日はやけに音が大きく聞こえるのは気のせいだろうか。 いや、気のせいではない。廊下には生徒は誰一人いないから余計にそう感じるのだろう。 ……何故廊下に誰もいないかって?なぜなら、今は授業中だからだ!!つまり、奈央はサボり真っ最中なのである。幸い小さい彼女は教室から見えないようでまだバレていない(え?関係ないだって?)。 (私のモットーってさ、「無難に生きる」じゃなかったっけ。) はぁ、と小声でため息をつく。そして気がつく。あぁそうか。あんな部活に入ったから私の青春は狂ったんだ、と。 今回だってそうだ。私が自分からサボろうとするだろうか?いや、ない(反語)。 これは、FBI部のせいだ。あいつら、きっと私を嵌めようと企んでいたんだ絶対そうだ。こう何度も罰ゲームに当たるなんて、私の運の悪さなんてきっと関係ない!! そうこう考えてるうちに、とある扉の前に着いてしまった。ゴクリと唾を飲み込む。まるでRPGのラスボスを倒す直前みたいな緊張感が私を包む。 (ここが……階段。屋上に行けるという噂の……) そこは、目的地に唯一つながっている非常階段。それを知る人は少ない(そもそもサボろうとする人が少ない)。私はドアノブに手をかける。もうお分かりだろうが、罰ゲームとは「授業をサボタージュして屋上にGO!!」。なんともふざけた名前を付けたものだと苦笑する。 元凶、蓮先輩の黒いニヤケ顔が瞼の裏に鮮明に浮かぶ。 『……アホらし。』 いけないいけない。あの時の事を考えたらつい本音が。とにかく任務は遂行しなければ。そうしないとFBI部が裏で手を回してくれた意味がない(何してるのみんな、本当に)。 決心して扉を開いた。風が勢いよく吹き抜ける。校舎の外に取り付けられた非常階段は実は外から見えるのだ。だから、いかに気配を消して外から見つからないようにするかが重要だ、って誰かが自慢げに語ってたような……、ま、いいか。 ゆっくりと、足音を立てないように、心を無にして階段を上る。幸い校庭で体育の授業も無いようで、誰かに見つかることもなく階段を上りきり、屋上とを隔てる扉まで到着することができた。 ―キィィ、 『……っ。』 どうか鍵がかかっていますように。そんな私の願いも虚しく扉は、開いた。 ――――――――――――――― 『わぁ……っ!!』 開・放・感☆ 屋上のフェンスに乗り上げ、天を仰ぐ。 澄んだ青空。ふわふわと浮かぶ雲。穏やかな風。気持ち良さそうに空を滑る鳥たち。自分より低い位置にある家、家、家。道路を歩く通行人もまるでマッチ棒のようだ。 いざ屋上に来てしまえば、罪悪感<<<(越えられない壁)<<<好奇心なわけで。いつもは見上げる立場にいる自分からしてみれば新鮮な景色に、夢中になって360゜のパノラマを堪能しつづけた。 だから。 「……おい、チビっ子。」 気づかなかった。 『……っつ!?』 あの時の、人物に。 「ここさー、……俺の場所。」 ――――――――――――――― フリーズ再び。 なんか、デジャヴュ。 声の主は屋上の出入口付近、足場が付いていて上に登れるようになっているタンクの上に立っていた。 (屋上で見下されることになるとは……。) 一気にテンションが落ち込む奈央なんかに気にもせず、彼は軽々とそこから飛び降りて彼女に近づく。下がろうにも後ろはフェンス。なんてこった!! (……でかい……。) そこまで近くないのに見上げるはめになってしまった。2mぐらいあるんじゃない?身長。 ピアスに明るめの茶髪。着崩された制服にネクタイはない。整った綺麗な顔立ち。切れ長の目は、見方によっては眠そうにも見えてしまう。(え、私だけ?) 無言の睨み合いが続く中、沈黙を破ったのは奈央の方だった。だって聞き捨てならない単語が聞こえたんだもん(という言い訳)。 『……チビ、だって?』 「は?」 『私をチビと言ったなっ!?』 「……。あー、うん。」 ちなみにコンプレックス(身長)は指摘しちゃダメ。私の場合は特にダメ。暴走するから。 『チビで何が悪い!!小5の時に背が止まったとき真面目に人生に絶望した私の気持ちが背の高い先輩にわかり……ます…か。』 しかし、興奮状態だった私の語尾か消える。変な汗が吹き出す。顔からさっと血の気が引く。今私なんて言った?先輩?センパイ?せん…ぱい…だと?? うわあああああしまった!!そういえばこの人先輩だよ多分!!普通にタメ口で暴言吐いちゃったよ!!どうしよう確実に目をつけられる。これで確実に「無難に生きる」達成不可能じゃん!! 奈央が真っ青になって嘆いていると、それまで黙っていた先輩(?)が急にお腹を抱えて笑い出す。 「っく、っあははははははっ!!」 『へ……?……えと、怒らないんですか。』 「っ、くくっ。お前、やっぱ面白いね。」 『どこが、……ですか。』 やっぱ、ってことは私前に何かしたのかな?でもそんか面白いことをした心当たりは、ない。それに仮にしていたとしても、恐らくこの人とは初対面だし。そもそも失礼すぎると思うこの人。普通人の顔見てそんなに笑う? 「あー腹痛い。……ねー、お前。これ見てみ。」 『え?』 ようやく笑いのツボから抜け出した彼が涙目で一言。ポケットから何かを取り出して私に向かって投げる。受けとったものは……ネクタイ? 私は先輩のネクタイを見る。赤。 私は胸元のリボンを見る。赤。 私は先輩のネクタイを見る。赤……だと? 驚いて二度見したらまた笑われた。しかし、今はそんなことが全く気にならない程動揺していた。だって、彼のネクタイと私のリボンが同じ色。……ってことは。 『同級生!?嘘!!なんで??』 「なんでって言われても。そう生まれたんだから仕方ないし?」 『うそー……。』 本当に同級生なんだ……。でも、いくら自由な高校だからって、こんな悪目立ちしそうな人を学校で、しかも同級生で見た覚えはない。それに第一、こんなイケメンを飢えた雌豹……ゲフンゲフン、女子たちが黙って放っておくはずがない。 「ほら、俺ってさー、屋上学習派だから。」 彼はへらへらと笑って言う。要するにサボり。自信持って言えることじゃないと思うよ、それ。 『なるほど、どうりで見たことがないと……。』 「ま、ここで会ったのも何かの縁ってことで。俺は碓氷悠。ヨロシク、佐倉?」 そういって彼は私の手からネクタイを取り上げると、自分の首に器用に結んだ。 『あ、どうも……ってなんで私の名前!?』 「え、失礼だなー。この前助けてあげたじゃん。」 彼は結び終えたネクタイに人差し指と中指をかけて緩める。おいおい、結んだ意味は? 『この前……って?多分これが初対面だと思われますが。』 「それ冗談?つまんないし。……コンビニだよ、コンビニ。」 『コンビニ……、あぁ、えええええっ!?』 まさかの事実が2つも発覚。正直脳みそが追いつかない。確かにコンビニ事件のときは暗かったし私も焦ってたし恐怖で彼を全然覚えてなかったけど、よく思い出してみれば見かけも身長も一致していた、気がする。 本当に?と真顔で聞き返すと、碓氷君はうん、と笑いを堪えながら答えてくれた。なんか釈然としないけど、助けてもらったんだからお礼はちゃんとしないと。 『えと、この前言えなかったんだけど、……助けてくれて、ありがとう。』 「………………あ、あぁ。うん、別に。」 何だその間は、なんて言いません私は。 ――――――――――――――― 「何でここに来たの?」 結局罰ゲームは続行中なわけで、私は諦めて授業が終わるまで碓氷君と駄弁ることになった。別に碓氷君が私に対して気を許した訳ではないと思うけど、彼からはコンビニ事件の時のような恐ろしいオーラは出ていなかった。 それに安心した私は、FBI部の罰ゲームのせいでサボるはめになったという経緯を話した。思ったより私の話に食いついてきて正直びっくりしたけど、サボった事に対する罪悪感はいつの間にか消えていた。 「いいね、その部活。面白そう。……なんだー、てっきり佐倉が俺を探しに来させられたのかと思った。」 『えーまさか。私に碓氷君を探させる理由なんかないじゃん?』 私は笑って受け流したけど、彼が一瞬見せた本気で驚いたあの顔は、多分絶対に忘れないと思う。 「それさ、マジで言ってる?」 『うん……って、何で?』 「だって俺、 お前と同じクラスだよ?」 奈央の叫び声は、体育館で授業を受けていたゆーりにも聞こえたとか。 . [*前へ][次へ#] |