小さなお話たち
天国行きの好き
「兄ちゃん・・・天国ってどんなところだろうね?」
力なく横たわる俺の弟。
天井なんてもんはない。
一通りの少ない薄暗い路地裏。
狭い壁と壁の間が俺たちの帰る家だった。
幼い時にそれぞれここの近くにある公園に捨てられた俺達は天涯孤独である者同士で支えあって来た兄弟のようなものだった。
ここで生きて行くためにはスリも盗みもやった。
比喩なんてものではなく、本当に泥水を啜って生きてきた。
でも弟は体が弱かったらしい。
金も保険証なるものも無く、ずっとみすぼらしい格好をしている俺たちには診察を受けさせてくれるところはなく、本当に体が弱いだけなのか、病による衰弱なのかなんてのは知りようはない。
・・・そして俺達には何となくではあったが分かっていた。
今日、弟の小さな小さな命の音が消えようとしていたことを。
それ故か、弟は執拗に俺に死後について聞いてくるのであった。
でも勉強なんてしたことのない俺には、俺達には、死後のことなんて分かる筈がない。
いや、分かる人なんているのだろうか?
それすらも分からない。
「兄ちゃん、天使様って本当に羽が生えているのかな?」
俺はずっと沈黙を続けていた。
俺は分かっていた。
俺は弟の悲しい質問に対する返答を持ち合わせていないから言葉を紡げないのではない。
一度声を出してしまったら目からぼとぼとと涙が出てくるんだろうなと、分かっていた。
鼻の奥がツンとする。
目頭が熱くなる。
心優しい弟に俺の弱った姿なんて見せたら心配をかけてしまうから、呼吸を止めてぐっとこらえる。
「兄ちゃん・・・僕は天国に行けるかな?」
・・・きっと行けるさ
弟が心配しているのは恐らく、世間一般でいう悪事を働いてきたことなのだろう。
でも、そんなことを言ったら俺たちを捨てた奴らはとっくに地獄行きに決まっている。
弟を見てくれない病院も、俺達に石を投げつける近所のガキ達も、俺達に塩を撒きつける商店街のババアも、毎日雨を降らしてくれない神も、みんやみんな、とっくに地獄行きに決まっている。
それなのにいつも自分の事より俺のことを心配してくれる心優しい弟が天国に行けないわけが無い。
「・・・兄ちゃん・・・・・・天国って、僕を・・・独りぼっちにしない・・・よ、ね・・・?」
・・・・・・・・・しないよ、きっと
もう十分孤独と戦ったんだ。
きっと天国では優しい人が一緒にいてくれるさ。
きっと天国では弟を気にかけてくれる人がいるか。
きっと天国では寝付けないときに頭を撫でてくれる人がいるさ。
きっと天国では・・・愛してくれる人がいるさ。
(・・・・・・俺以外に・・・?)
ずっと一緒にいたのに、弟は俺をおいて、天国で、俺の知らない人に、愛して、愛されて、俺の知らない、俺の知らない弟に、なって・・・・・・?
俺は独りになって・・・・・・?
「・・・に、いちゃ・・・ん・・・・・・にいちゃ、んのいない天国・・・って、きっと・・・きっ、と・・・・・・寂しいところ・・・だね・・・」
胸が痛くなった。
俺はいつの間にか声にならない嗚咽をあげて目から温かい涙をぼとぼとと零していた。
嫌だ。嫌だ。嫌だ。
そんなのは嫌だ。
今まで目をそらしてきた現実。
弟と離れたくない。
「に・・・ちゃ・・・?泣いて、るの・・・?」
弟が少し微笑んだように見えた
俺と同じように涙を流して
でも綺麗に、綺麗に泣いていた。
「・・・っく・・・な、泣いてねぇ・・・っての・・・っ」
弟を見ると涙は更に止まらなくなった
「・・・ふふっ・・・・・・最後、に、にい・・・ちゃ、んの、泣き顔が・・・見れ、た・・・・・・」
幸せだなぁ
小さく、小さくそう言って弟は目を閉じた。
何だ、予想とは違って俺の弱った姿を見ても心配しなかったなぁ・・・なんて、頭の隅で考えていた。
弟が死んだ。
俺は垂れた鼻水をヨレヨレの袖口で拭って立ち上がった。
地面に落ちていたガラスの破片を拾い上げ弟の隣に座る。
「・・・・・・最後には俺の事好きって言わせようとしてたのにな」
そんな余裕なんてなかった。
愛してた俺の弟。
待ってろ、すぐ俺もそっちに行って好きって言わせてやる。
閻魔サマが俺を地獄に連れていこうとしたら閻魔サマをぶっ殺してでもお前に会いに行ってやるさ。
口元に歪んだ笑みを携えてガラスを持った右手を首にかけた。
END・・・?
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