08
開店から約二年後、『NADESHIKO』の真向かいに、ある一件の店が出来るという知らせがあった。
飲食店がまた増えるという事は、新たなライバルの登場ということである。
まだ軌道に乗り始めたばかりの『NADESHIKO』は、次なるライバルの登場にある意味盛り上がりをみせていた。
「撫子〜、ホストクラブだって。ホストちゃん達こっちにも来てくれないかしらぁ?」
「ちょっと…ライバル店最悪ぅ〜なんて言ってたのはどの口です?美里さん、」
「イケメンは…正義よ!」
「全く、調子良いんだから。」
新たなライバルがただの飲食店ではなく、ホストクラブというだけで盛り上がりを見せる職場に撫子は呆れたように笑った。
「撫子さんはあまり喜ばないんですね?イケメンはタイプじゃないとか?」
「いや…、」
従業員からの質問に撫子は困ったように笑った。
後にも先にも、撫子の気持ちは“彼”にしかないのだ。
タイプと言われても答えようがなかった。
「撫子には理想の殿方が居るものね。」
「美里さん!」
「もうちょーイケメンなんだから!だから若いチャラチャラしたホストなんて要らないの。」
「きゃ〜!知らなかった〜!」
撫子のプライベートな話題に店の仲間達が一斉に集まってくる。
こんな時に限って団結力が強いと焦り、撫子は大声で店の準備へ戻らせた。
「失礼。」
開店の一時間前、NADESHIKOに訪問者があった。
その者の姿に撫子の身体は固まる。
何度見てもトキメクその人は横山雅であった。
「今、時間あるか。」
真っ直ぐに撫子を見つめる眼差しは、雅の性格そのものだ。
目を逸らしたくても逸らせない、嘘なんて吐きようもない真っ直ぐな瞳。
まるで蛇に睨まれた蛙のように動かなくなった撫子の真ん前に雅は座った。
「アナタいきなり…」
「美里さん、大丈夫…。」
以前の騒動を知っていた美里が撫子を庇うように前へ出たが、撫子はそれを制止した。
もう二度と顔を見ることはないと思っていた相手がわざわざ出向いてくれたのだ。
話を聞くほかならないだろう。
「30分だけなら…、」
「いや、すぐ終わる。」
現在の雅は、幼さの抜けた完璧な大人な男性へと変貌を遂げていた。
その証拠にダークグレーのスーツを品良く着こなしている。
それまで騒がしかった仲間達は、突然訪れた男前の異様な雰囲気に興味津々と聞き耳を立てた。
「真向かいに店を持つことになった。開店は一ヶ月後だ。」
「そう…ですか…。おめでとうございます。」
いつの日か、共にと願ってくれた夢。
まさか話題に上がっていた店のオーナーが雅だとは…。
嬉しいような辛いような、どちらとも取れる不思議な感覚だった。
時が経っても痛む心に、顔を見られぬよう手で覆い隠し俯く。
やはり今の顔を見られるのは苦痛でしょうがなかった。
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