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それから二週間後。

撫子の元に一通の招待状が届いた。

この時期の招待状と言えば一人しか思い浮かばず、中身を緊張しながら確認した。

「え…うそ…、」

撫子が全てを読み終えたとき、全身には鳥肌が立っていた。

そして震える身体を無理矢理動かし、自身の店から大急ぎで飛び出した。

「梓くん…!!梓くん!居るの!?開けて!!」

半分泣きながら撫子が向かった場所は、真向かいの、オープンが一週間後に迫った梓の店だった。

訳も分からずドンドンと開かないドアを叩いて呼び掛け続ける。

すると間もなく、中からガチャッと音が鳴り、待望していた彼が現れた。

「……。」

「……。」

二人の後ろでガチャン…と重い扉が閉まる。

撫子は中に居た人物…大切な彼を見た瞬間、溢れ出した涙を堪えることもなく、素直に抱き付いてギュッと腕を回していた。

まだ開店をしていない店内は薄暗く、ホストクラブとは思えない静けさがあった。

「ありがと…、」

「……。」

「ありがとう、ありがとっ…、」

撫子は腕をギュッとして感謝の言葉を続ける。

しかし彼は何も言わず、撫子を抱き締め返すこともしなかった。

「ビックリした…嬉しかったよ…、」

撫子がこんなにも感動している訳は招待状の中にあった。

『ホストクラブ 〜若葉〜 オープン記念パーティー招待状』

以前彼は「若葉みたいな店を作りたい」と言った。

それを実現させ、店の名前を『若葉』にしたのだ。

それだけに留まらず、横山雅や梓とも違う『長知梓』という新しい名を彼は最後に書き記した。

撫子が捨てた名前を、人生を、雅は引き継いで、共に歩んでくれると証明したのだ。

「馬鹿なことをしたと自分でも思う…。」

「……。」

「でも、梓の名は気に入ってて今更変えられないし…、店の名前だってそれ以上の言葉が浮かばなかっただけで…。」

つまり、『若葉みたいな店』というコンセプトを他の言葉に例えようにも言葉が見つからなかったという事だ。

撫子は何だか堪らなくなり、幸せな気持ちになった。

自分の道を歩むという事は雅とは別の道を歩むと言うこと。

その別れ道の先に別の自分が生きていた。

これほどの幸福はないと、心臓が痛くなるほど嬉しかった。

「ありがとう…僕の人生を拾ってくれて…、」

「……。」

「昔、俺の夢はお前の夢でもあるって言ってくれたよね?…僕のもう一つの夢、梓君が叶えてくれた…、ありがとう。」

撫子は、今だけ大和若葉に戻って言った。

「それからね、それから…、雅君、裏切ってゴメン、怖がらせてゴメン。逃げてごめんね…、」

「……俺は、」

「怖かったよね…いきなりあんなこと言われても、でも、気持ち悪いかもしれないけれど…今でも君は、僕の中に居るんだよ。」

今度は梓川長知に戻る。

だけど不思議と怖くはなかった。

もう10年以上も前の話だ。

記憶が薄れた今となれば、あの頃の選択は間違っていなかったとさえ思えてきた。

「あの時の俺は酷かったと思う…。なのにまだ…なんて可笑しい…。」

「可笑しいことはないよ。だって、雅君は素敵なんだよ?真っ直ぐで、正直者で、真面目で…僕はずっと雅君みたいになりたかった。ずっと憧れてた。」

「……そんな良いものじゃない。」

「僕から見れば素敵なものだよ。だから、大好きだった…。」

長知としての別れの時、最後に言いたくて言えなかった言葉が素直に出てきた。

こうして言葉にするともっと愛おしくなり、抱き締めている彼の髪に頬を擦り付け鼻をスンと鳴らす。

久々に嗅ぐ彼本来の匂いや煙草の匂いが脳に充満していき、まるで麻薬のようにクラクラした。




あきゅろす。
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