君だけでいい
◇
覚悟を決め、せめて腕だけでも守ろうと後ろ手に両手を回して立ちつくすと、フルーティーフローラルの香水の匂いに、ふわっと包まれた。
かと思ったら、後ろからいきなり伸びてきた両腕に、がっちりホールドされてズルズルと荷物みたいに一気に後方へ引き摺られる。
「うわ!?」
「はい、そこまでー」
頭のすぐ上から、よく通る甘めの低音――ずっと忘れられなかった、匂いと声。
突然現れた闖入者に、虚を突かれた悪者達の勢いが止まる。
「に、仁志…!」
というより、恐怖に青ざめている。
俺のと違う抜群な知名度。
「ちょっと下がっててね」
ここ数日間、俺の頭の中の大部分を支配していた主は、くるっと俺を回転させて身体の位置を入れかえた。
すらっと背筋の伸びた、細く見えるけどしっかりした背中の後ろに、隠すように庇われる。
「仁志 拓海…?」
「そうでーす。でもフルネーム呼び捨ていくない」
仁志は前方を見据えたままふざけた調子で答えると
「よっしゃ、ちゃっちゃとやりますかー」
助走をつけて、男達の中に飛び込んでいった。
[*back][next#]
[戻る]
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!