君だけでいい
◇
「頼む!も…もうやめ…」
「仲間を呼べ」
「え……」
「応援だよ。…嬉しいだろ?」
ギリギリまで顔を近づけ、目と目を合わせて囁いたその顔には、うっすらと笑みが浮かんでいた。
その美しくも狂気に満ちた表情に命の危険すら感じた男は、ぎこちない指で携帯電話を探る。
恐怖に怯えた声で通話を始めたのを確認すると、陽介は壁にもたれて煙草をくわえ、青く澄み渡る空をぼんやりと見上げた。
ついこの間までの満ち足りた穏やかな日々が、今ではもう随分遠い昔の出来事のような気がする。
…マサキちゃん、俺はやっぱり…駄目みたいだ。
光の差していた場所を、暗い影が容赦なくじわじわと侵食していく。
「葵!調子こいてんじゃねぇぞゴルァ」
「殺されてーのかテメェ?」
お仲間のご到着だ。
しかし加勢に来たのは両手で数えられる程度、そしてそこに幹部の姿は無かった。
――チッ、強ぇ相手も呼べねぇ雑魚が!
「…殺してみろよ。来な」
そして再び繰り返される、意味のない殴り合い。
だけど今は一時だけでも、何もかも忘れていたい。
そうしてやがて色を無くした世界に、漆黒の闇がどろりと広がっていった。
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