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(定まらない屈折率)
要は素直が一番という事




『今日の10代目も凄かったんだぜっ』


ほら、来た。


『詳しくは言えねェけどな、そりゃあもう凄ェのなんのって』


『そりゃ凄いね』


半分は、否、8割方聞き流していると言うのにこの男、獄寺 隼人は他人の自慢話を飽きもせずに語り尽くす。詳しい内容は分からないけれど、10代目という男は相当凄いらしい。さして10代目とやらに興味がある訳でもない私は、雑誌と半分だけ耳に入れたイヤホンから流れる音楽に8割の神経を持って行かれている。


『やっぱでけェよ10代目はっ』


『そうだねェ』


きらきらと輝く瞳を見せる隼人は普段目付きの悪い隼人とは違って実に面白い。面白いけれど話の内容が今一つで、面白さが萎える。心境的には、彼女が彼氏の前で他の男の話をされるという状況と同じかもしれない。何より会った事もない10代目とやらの話をされても面白いとは思う事が出来なかった。


『10代目の右腕として俺もだなァ…』


『隼人は10代目と私、危機に陥ったらどちらを助けるの』


何となく、別に隼人を困らせるつもりもなく疑問を口にする。隼人は10代目の右腕であり私の彼氏だ。学校が同じではない私達にはそれぞれの生活、学生の本分というものがある。だからこそ、限られた時間が毎度他人の自慢話というのはどうにも時間の無駄としか言いようがない。


『そりゃお前、ナマエを助けるだろ』


『…ふうん。それは、どういう考えから行き着いたの』


隼人が何の迷いもなく言った返事は正直嬉しかった。てっきり10代目と言うだろうとある程度の確信もあった。勿論、10代目と答えられたら右か左かどちらかの頬を引っ叩いて、別れを宣告する予定だった。彼女が彼氏の一番で在りたいと思う事は、ごく普通の事だから。


『10代目が危機に陥る訳ねェからなっ』


『…そう来たか』


彼の変な自信が、私を複雑な気持ちにさせる。10代目に勝ったのは勝ったけれど、要は隼人が10代目を信頼しているからこそ、弱者の私が助けられる結果となるのだ。別に女がか弱いと豪語するつもりも、護られるばかりが女ではないと言うつもりなんか全くない。唯、隼人の基準が弱い人間を護り、信頼している人間が負ける訳がないと考える、私と10代目の在るべき位置が気に食わない。


『あたしは10代目に勝てないのかなァ』


『は…、お前何か今日変だぜ』


これはまた、普段10代目の話を一方的に話すだけの隼人が今日の私を変だと言う。私の様子なんてお構いなしなくせに、変化に気付いているとでも言うのだろうか。そもそも変って何。私は単に隼人が10代目の話しかしないのが嫌で、他の話も聞きたいし、私だって話をしたいだけで…


『私、10代目に嫉妬してんだから』


『えっ』


要は、そうなるんだ。隼人が驚くのと同時に私自身も驚いた。隼人が見ているのは10代目しかいないのじゃないかって、彼女である私の事なんか唯の話相手としか見ていないんじゃないかって、不安になる。絶対に10代目の話をしないでと言いたい訳じゃない。唯、少しはお互いの話だってしたい。


『10代目の話しかしない隼人なんて嫌い』


『な、ななっ、何でそうなんだよっ』


動揺する隼人なんて、久しぶりに見る。多分、私が隼人に告白した時以来じゃないだろうか。それぐらい、隼人に自分の気持ちを打ち明ける暇がなかったのだろう。否、打ち明ける事を諦めてしまっていたのかもしれない。


『…お前分かんねェよ。俺にどうして欲しいか言ってみ』


『隼人に…』


諦めてしまっていた私も悪かった。もっとちゃんと、もっと早くに言えば良かったんだ。それなのに黙って男の話を聞く一昔前の女性みたいに、自分の感情を閉じ込めてしまっていた。閉じ込めてしまっていたのはきっと、感情だけじゃなくて…


『な、何だよ…っ』


『い、色々して欲しい事あるけど取り敢えず…』


取り敢えずは、抱き着いてみた。


隼人も私も顔を真っ赤にさせて、まるで付き合ってから初めて抱き合うみたいな。ううん、恐らく初めて隼人に抱き着いた。始めの内こそ驚いて、身体が固くなってしまっていた隼人だったけれど、徐々に緊張が解けて来たのか、肌骨ない手つきで私の身体をゆっくりと包む。


『なんか、満たされる…』


『意味分かんねェ…』


隼人にとっては意味の分からない事かもしれないけど、私にとっては違う。今まで10代目に嫉妬してしまっていた事や、隼人と何がしたかったかなんてどうでも良くなる。少しだけ速い隼人の鼓動と温かい隼人の体温が、ささくれ立った私の気持ちを静かに鎮めてくれる。


『あのな、10代目は俺の憧れっつーか、ボスっつーか…上手く言えねェけどお前とは違ェんだ』


『うん…』


今の説明じゃ何がどう違うかなんて分からないけど、今こうして抱き締められているのは私で、10代目じゃない。


『隼人が好き。凄く好き、大好き。有り得ないぐらい好き』


『お、おおう…』


伝えたい事、多分これが一番。どうして欲しい、こうして欲しい。そんな微睡っこしい伝え方なんて不必要だろう。直球で行けば良い。こうして隼人の照れる表情も見る事が出来た訳なのだから。


『だからね、もうちょっとこのまま…』


私を抱き締める力が少しだけ強くなったのは、照れ屋な彼なりの返事なのだろう…


















(素直さが一番の攻略法)


好きという言葉の、屈折率は0



















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101024めぐ
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