【朧月】
11
数日後、オレが南部から旅立つ日。大佐からの呼び出しがあった。
何でこんな日まで……。
「何か用?」
執務室の扉を開け、大佐を見遣ると開口一番ぶっきらぼうに言い放つ。
大佐がオレを呼び出す理由なんて毎回同じ。案の定、執務室には誰も居ず、大佐と二人切りだった。
「何の用とは御挨拶だな」
「オレアンタに付き合ってる程暇じゃないんだけど」
「そうか、ならコレは要らないと言うんだね?」
予め机に用意していたのだろう文献を掲げ見せ付けると、ニヤリと大佐が口角を上げる。
「大分苦労したと言うのに……。そうか、要らんか。それは残念だな」
ヤレヤレ…と、大袈裟な素振りで首を左右に振る。
きったねぇ!!
睨み付けるオレを一蹴して大佐はそれを態とらしく机に放った。
「……一々ムカつくヤローだな…!」
顔を背け呟く。
「何か言ったかね?」
「いや、空耳じゃねぇー?」
にっこりと微笑んで威圧しあう二人。先に動いたのは大佐。
大佐が徐に立ち上がると、オレは条件反射で身動ぎ後退った。
オレが意識したのを悟ったんだろう。大佐は満足気に微笑んだ。
「本当に鋼のは私を飽きさせんな」
大佐はオレの傍まで来て、手を取られた。たったそれだけで緊張してしまう。血が沸き立つ感覚。只、大佐がオレに触れただけなのに……。
オレは……期待してしまっている?
「君の為に用意した物だ。受け取り賜え」
いつまた持ったんだろうか? 先程机に投げた筈の文献がオレの掌に乗せられた。
「用事は其れだけだ。もう帰って良い」
まさか? オレは耳を疑った。大佐がオレを抱かないなんて、今まで一度だって無かった。
今までならオレがどんなに抵抗しても、嫌がっても……無理矢理──!
飽きたのか?
呆れたのか?
面倒臭くなった?
あんなに待ち続けた瞬間なのに……、いざこの時になってオレは……!
「あ……、ん…じゃあな」
空虚感に襲われた。其れしか……言えなかった。
どうやってアルが待つ駅に行ったのか。
気付いたら、電車に乗って西部に向かっていた。
暫く、無気力と倦怠感から抜け出せなくて、大佐から貰った文献の事も忘れてしまっていた。
「ねえ、兄さん。この前大佐から貰った文献解読して良い?」
アルからそう言われるまで。
「ん…、頼む」
アルに短く返事をして、立ち上がる。
「どこに行くの?」
「散歩してくる」
「気を付けてね?」
態々立ち上がって廊下まで出て見送るアルに、申し訳なくなった。
「あぁ」
アルは気付いてて、それでも何にも訊かないでいてくれているのは、オレだって解る。
ホテルを出て、目的地も無いままに歩く。自然に緑のある方に惹かれるのは、田舎を思い出すからだろう。
そうやって歩いて行くと、丘に辿り着く。
一際高くなっている場所に行くと、下界に広がる灰色の町並み。
深く深呼吸すると、土の香りがする。この香りに包まれると、なんだか落ち着く。
草が茂る地面に横たわり目を閉じた。風が髪を撫でた。
大佐とは、躰の関係でしか無かったけれど。それでも、オレはずっと大佐に憧れていたんだと、こうなって痛感してる。
遅いんだ。
オレは、いつも、無くしてから気付くんだ。
けど、どうすれば良かったと?
「に……さ…」
アルの声が聞こえた気がして躰を起こし辺りを見回した。
葉の擦れる音に混じり、ガシャガシャと金属音が聞こえた。
慌てた様子で丘を登ってくるアルに歩いて近寄る。
「どうしたんだ? 何かあったのか?」
「文献…!」
頭上で大きく振った手には、紙がいっぱいに挟まった大佐に貰った文献が握られていた。
「何か解ったのか!?」
期待からオレはアルに駆け寄った。
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