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878.雨の向こう側で


 ホットココアを温めて置いたマグカップに注ぐと、片方をエドワードの前に置く。湯気を立てるココアをマジマジと見詰めるエドワード。

「私は隣の部屋に居るから、何かあったら声を掛けなさい」

 そう言うと、エドワードはココアから視線を外し、『何をしに行くのか?』という様な視線を私に送り首を傾げた。

「絵を書いてるんだよ、私の全てを賭けた絵をね……」

 エドワードの視線に答えると、隣のアトリエとして使っている部屋を見る。其処にはキャンバスに鮮やかな色を纏う女性の肖像画。

「……きれい……」

 小さな声に振り向くと、キラキラと目を輝かせ、微かに微笑むエドワードの姿。

「……」

 エドワードの言葉に、私は返答出来なかった。何故か悪い事でもしているかの様に、幼い少年の無垢な笑顔から視線を外してしまったのだ。

「……、何かあったら言いなさい」

 私はエドワードに繰り返し言うと……、否、それしか言えなかった。というのが正しいか?

 私の自信は長き月日の中、自分でも気付かない内に萎んでしまったのか……?
 それとも、只単にこんな少年に芸術のなんたるかなど理解出来る筈もなかろうと腹を立てたか?

 どちらにしても、よろしくない負の感情に捕われているのは確かだった。

 其処まで冷静に分析すると、ハッと短く吐き捨てる様に笑う。
 私にはそんな凡慮に割く時間などない。

 雑念を払う様に頭を振ると、制作途中の絵の前に腰を下ろし筆を取る。

 キャンバスの中の女性が私に笑い掛けてきた。町で声を掛けてきた女。
 余りにしつこく付き纏われ、些かうんざりしたが、容姿も悪くなく、体の線が華奢で美しかった為、洒落のつもりで『モデルを探していた』と告げると、ミーハーに喜ぶ女から殆んど強引にモデルを引き受けて頂いた。
 別にその女性に魅力を感じた訳でもなく、描きたいとすら思わなかった。
 只、今回のコンクールの課題が『人物画』だったし、他にモデルを雇うだけの余裕も無かった。そんな時に都合良く出会った女、只それだけで選んだ人物。
 キャンバスで目を細め、媚た様な笑みを浮かべる女に何度も絵の具を擦り付ける。


 黙々とキャンバスに絵の具を塗り付けるロイを、エドワードは遠くで不思議そうに見詰めていた。


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