878.雨の向こう側で
3
ヒューズが帰った後、ロイはまた絵の作業に戻った。
〆切までもう時間がない。
気ばかり焦り、思うように制作出来ず、苛立ち、最後の作品になるかも知れない絵は満足出来る物とは程遠く……。
この目の前の駄作を切り刻んでしまいたい衝動に駆られる。
プレッシャー。
焦り。
不安。
……不甲斐ない自分への怒り。
そんな負の感情がロイの体中を駆け巡る。
「……クソッ……!」
言葉と共にロイは絵の具のチューブを投げつけた。
絵の具が切れたのだ。
どうしようもない苛立ちを抑えきれず柔らかな黒髪を掻き毟り乱す。
頭を抱え、きつく瞳を閉じる。
『後悔はするな』
頭の中でヒューズの言葉を繰り返す。
ゆっくりと肩に触れる。
――……ふう……
深く息を吐くと、漸くロイは平静を取り戻した。
何度ヒューズに救われただろうか?
けれど、ロイは自分の我儘を押し通している。
私の為に、ヒューズは所内で肩身の狭い思いをしているだろう。人手不足で仕事に追われているに違いない。
ヒューズが辛い時に私は何もしてやれない。
それなのに、ヒューズはこうしてロイを支えてくれている。
自身の辛さなど[[rb:気 > おくび]]にも出さず、ロイをいつも思い遣る親友。
ロイの身勝手な行動にさえ、励ましの言葉をくれる。
何度、感謝してもし足りない。
「……どっちにしろ、これは私のケジメだ」
自分の誓いを思い出し、それを伝えた時のヒューズの笑顔を思い出す。
己の内なる焔を奮い起たせる。
立ち上がり、クローゼットを開き、一度クローゼットの中身に視線を巡らせ、黒の着古したジャケットを取り出す。
ジャケットに袖を通すと、引き出しから愛用の革の財布を取り出し部屋を出た。
「雨……か」
玄関を開くとロイは空を仰ぐ。外はシトシトと小雨が降っていた。
ヒューズを見送りに出た時は、薄曇りだったのに。憂鬱な気分でひとつ溜め息を吐くと、玄関に戻り、傘立てに一本だけ挿してある傘を引き抜く。
玄関の鍵を締めると傘を開き、雨の中を重い足取りで歩き出した。
ロイは、何処か物哀しい雨が嫌いだった。
憂鬱な気分に拍車を駆ける。
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