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878.雨の向こう側で


 そんなヒューズの気持ちはロイも理解していた。
 自分自身、これからの人生を思うと言いようのない不安が襲う。
 夜、眠る前に、このままで良いのか、夢は叶うのか、そんな疑問が混み上げて来て眠れない日すらある。

 ヒューズから軍警察で本格的に働かないかと持ち掛けられたのは今からひと月前。
 国の重要機関を狙った大きなテロがありそれを警備していた軍警察は大多数の死亡者、負傷者を出した為に人手不足になり日々の勤務にさえ影響を及ぼしていた。

 人手不足の打開策として、以前から日雇いで軍警察の雑務、簡単な警備までこなしていたロイに話が舞い込んで来たのだった。
 ロイも、ヒューズが頼み込んで自分を働かせてくれていたのは百も承知だった。
 でなければ、国家機関の軍警察でなど働ける筈がない。
 それが解っているからこそ、ヒューズへの恩を仇には出来ず、けれど夢も捨てきれず、迷った据えに、ロイは自分にひとつの誓いを起てた。


 このコンクールで入賞出来なければキッパリと夢を諦めよう、と。


 今回のコンクールは審査員に有名な美術評論家を一同に集めた大きな規模のものだった。
 そこで優勝は出来なくとも入賞さえすれば、名は瞬く間に世間に広がり、漸く画家としての第一歩を踏み出せるとロイは目論んでいた。


 それに全てを賭ける。
 そう告げたロイにヒューズは責めもせず笑顔で頷いた。
 後悔はするな、と。




 二人は休憩がてら紅茶を楽しんだ。
 ティータイムを飾るのは、煎れたてのダージリンに、ヒューズ自慢の奥方の手作りのアップルパイ。

「グレイシアがロイにってさ」
「ありがとう、頂くよ」

 そう言って綺麗に等分されたアップルパイをひと切れ手に取ると、それはまだ温かく、わざわざ自分の為にグレイシアが焼いたのだと悟る。
 口に運ぶとひとくち頬張る。
 口に広がるアップルパイの甘さは、ロイの何も入っていない空の胃には少々重かったが、ロイはそんな胃の不快感よりヒューズとグレイシアの気遣いが堪らなく嬉しくて、暖かいモノが胸に込み上げた。



「ありがとう」

 帰り際にもう一度ロイは礼を言った。先程の、礼儀の言葉ではなく、深い感謝の意を込めて。

 ヒューズはロイの肩を二度叩くと、手を軽く上げ、ロイの家を後にした。


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あきゅろす。
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