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878.雨の向こう側で
13

 ──パタン──

 静かに……静かだけれど重い、そんな音を残して、ロイは家を出て行った。

 ………。
 頬を冷たい感触が伝う。
 無意識に流れた涙を拭きもせず、ただぼんやりしていた。


 あそこには帰りたくない。
 ――あそこには帰りたくない。
 ――帰りたくない!!

 ロイに出会わなければ良かった。ロイに見付からなければ良かった。


 そしたら……

 ──あの家にいることも……
 ──あの家に帰ることも……こんなに辛くはないのに……。



 ロイは優しい。
 こんなオレに、何も聞いてはこないし、話したくなければ話さなくて良いと言ってくれた。

 オレに話かけてきた大人たちは優越感のような優しさで、全てを話すことを要求してきた。でなきゃ、異質な目でオレを見る。

 オレは、母さんが死んでから初めての、ロイの『優しさ』が嬉しかった。
 言葉では上手く表せないけど、この温もりをなくしたくないと、願っていた。

 でも、オレはきっと追い出される。初めからいつまでもここに居られるなんて甘い事は考えてなかった。

 けど……、このままお詫びもせず、お礼すら出来ず追い出されるのは嫌だった。

 オレに出来ることは少ない。
 何をすれば、気持ちは伝わるだろう?
 家中を見渡してそれを探す。
 ロイは几帳面な性格なのだろう、部屋はきちんと整理されていて、オレに出来ることは何もないみたいだ。

 ……それとも、帰ってきたらオレが居なくなってた方が喜ぶかな?

 そんな考えが浮かんできて、慌てて頭を振って追い払う。
 それは自分が叱られるのが嫌なだけ。逃げてるだけ……。

 次にキッチンの保存棚を見てみた。
 いつも自分で料理をしているのか……パン、シリアル、缶詰が何個か……、あとは小麦粉、ドライフルーツ、じゃがいも、玉葱、リンゴ……ニンジン……材料はあるみたいだった。

 ――そうだ!母さんの得意料理。
 体の弱かった母さんの手伝いをしていたから、作り方は覚えてる。

 シチューを作ろう。

 冷蔵庫を開けると、牛乳もバターもあった。

 ロイは喜んでくれるだろうか?

 そんな期待と不安を巡らせながら、早速料理に取り掛かる。



「――イテッ」

 じゃがいもの皮を剥いてたら、包丁で手を切ってしまった。
 ジワッと滲んだ血が滲んだ指を口に含む。鉄臭い、血の味が広がった。

 ロイ、許してくれるかな?

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