[携帯モード] [URL送信]

雨宿りしませんか?
夕映えに銀色。C(カカサス)
カカシと付き合い出してから全てが変わった気がした。


毎日が暖かくて、優しくて、きらきらしている。
ただ会って笑って、
時々触れ合って一緒に眠って、

それだけなのに酷く幸せだった。
家族とは違うけれど、
初めての親密な関係は俺を満たしてくれる。


だけど、俺には相応しく無かったのかもしれない。

幸せなんて過ぎた物だったのかもしれない。




    ****

ぱぁん、

と何かが破裂する様な大きな音がした。

次に頬に痺れた痛みを感じてやっとそこで自分が打たれたのだと気が付く。

ただ茫然と謂れの無い暴力に、原因を探ろうと思考を廻らせた。

俺を打った芸者は芸歴も底々の中堅だ。俺よりは少し前に座敷に上がった筈。少し神経質だけれど、色気のあるので人気だった。
もしかしたら、座敷で何か俺が気に食わない事をしたのかもしれない。

謝ろうかと真っ直ぐに目を向けると、またその手が上がって行くのが見えてきっとまた打たれるのだろうと身構えた。


「この泥棒猫…!!」


金切り声の発した言葉が理解出来なかった。

泥棒猫なんて、俺はアンタの恋人を盗ってなんか無い。


「何の話…」
声を発した瞬間にまた打たれた。
口を開いたままだっのがいけなかったのか、唇に痛みが走る。指で触れるとその先が朱に染まった。
切れたのか…厄介だな…。


「お前さえいなければ…!
あの人は私を見てくれたかも知れないのに…!」


あの人って誰だ…?

座敷で見た思い出せる限りの客を思い出しても、俺を気に入った客で姐さんに不利になる様なやつはいなかった。
気に入られた所で俺は一人では客は取らない。

原因が分からない以上宥める気力も無く、また上げられた腕に打たれるのだと気付き、
衝撃に備えて目を錘むる。

俺を打って気が済むならいくらでも打てば良い。気が済んだらちゃんと座敷に上がってくれさえすれば、こんな事幾らだって堪えてやる。

空気を切る音と、乾いた衝撃音がした。


それでも俺に痛みが来ない。
恐る恐る目を開くと、目の前に白い頭の大きな背中があった。



「大旦那様…?」
「全く…朝早くから何の騒ぎかと思えば…なァ、サスケ」


振り返った顔にはくっきりと赤い手形が付いていた。
そこでやっと辺りに店中の人間が集まって人だかりになっているのに気が付く。

丁度、皆朝餉の時間だったのだ。


「男前に更に箔が付いたかのォ」
「いつも通りですよ…」


その会話を聞いた姐さんは、予期せぬ大物の登場に腰を抜かしてペタリと床に座りこんでしまった。


「サスケーっ!」


周りの喧騒からナルトの声が聞こえて、やっと俺は溜息を一つ零した。


    ****



あの騒動から俺を自室まで引っ張って来てくれたナルトは傷口に軟膏を塗ったり、叩かれた頬を冷やしたり、かいがいしく俺を手当てをしてたけれど、少し強張った表情をしている。

どうしたものかと、口を開こうとした時だ。

勢い良く襖が開いて大旦那様が入って来た。


「具合はどうだ?」
「どうもこうもねぇってばよ。自分の顔見りゃあ分かるじゃん」


俺と同じ位腫れた頬が痛そうだ。
俺は良いからと、頬を冷やしていた手ぬぐいを大旦那様に渡そうとしたらナルトに止められた。
謂く、俺の方が酷いらしい。


「ちょっと話をしても良いか、サスケ」
「はい」
「原因なんだがの、
聞いてみたんだが…。

お前、アイツがカカシを好いていたのを知っているか?」


全くこの場にいない男の名前が出て来て俺は驚いた。
勿論知っている訳も無く、首を横に振る。


「聞いているかも知れんが、カカシはミナトが亡くなる前から店に来ておってな。
おそらくその頃には店で見掛けていたのかも知れん。
だが、カカシは店に来ても何時も芸者も呼ばず一人飲みばかりだった。
どんな女に擦り寄られても、冷たく遇っていたんだ。
そんな中でアイツはお前を選んだ」


足元から血の気が引いて行く気がした。
着物を握った手が震える。


「客だろうが友達だろうが、
…恋人だろうが、お前がカカシと一緒に居るのが気に食わなかったらしい」


俺のせいだ…。

俺が、
しっかり周りを見ていれば。


「とにかく今日はお前は休め。どちらにしろ、その顔じゃあ座敷には上がれんがのォ」


豪快に笑う声ももう俺の耳には遠く、大旦那様はナルトに俺の世話を任せて部屋を後にした。


まさかこんな事になるなんて思わなかった。

俺のせいで誰かが辛い思いをするなんて、考えもしないで幸福に浸って。

元々棄てられた、
要らない命の俺が。

幸せを得た事自体間違っていたのかもしれない。
拾われただけで、満足しなくてはいけなかったのに。

分かっていた筈なのに…


「おい!サスケ!」
突然名前を呼ばれてびくりと身体を揺らすと、心配そうにナルトが俺を覗き込んでいた。


「すまない…」
「いいんだけどさ…。
またろくでもない事考えてんだろ。俺、サスケは悪く無いと…」
「ナルト」
「へ?」
「頼みがある」


    ****


離れの広間に幾つか三味線の音が揃って響く。

ここは芸者の見習いが将来の為に芸を習う場所だ。
ほとんどが住み込みで学び、夜には座敷に上がっている姐さん達の世話をする。

何時かは座敷の花形になろうと皆必死に学んでいた。


「今日は此処で終わりにする。各自鍛練を怠らない様に!」

俺の声に千々に散っていく。夜の支度に備える為だ。
そんな場所で今俺は、見習い達に楽器を教えている。
年もそう変わらない女子達は、扱いずらいが皆素直だった。


あの事が在って以来、
俺は関係者以外立ち入れない離れに住み込んでいる。
座敷に上がる事で、姐さん達の機嫌を損ねる可能性が出て来た以上必要最低限で働ける様に嘆願した。

勿論、反対してくれる人もいたし、引き留めてくれる人も居たけれど誰かの障害になるのなら居なくなった方が良いに決まってる。

その代わりに元々空きが在った今の仕事をする事になった。
前に居た先生に師範の資格を貰っておいて良かったと思う。

あれから一度もカカシには会っていない。

ナルトには騒動の口止めと、しばらく会えない事を伝えて欲しいとは言ったが、本当は二度と会うつもりは無かった。

カカシが姐さんを選ぼうが、そうならなくても、俺がいなければ普通の幸せがアイツには訪れるはずだ。

元に戻るだけ。

元に戻ってまた店の事だけを考えて生きれば良いだけだ。


それでも、
やっぱり、
会いたくて、
触れたくて、
触れて欲しくて、


こんなにも好きになっていたなんて自分でも全く気が付かなかった。

想うだけで、心が震えて苦しくなる。

だけどもう会えない。
会わないと決めた。
あの幸せな日々の思い出を抱いて生きて行くより他無いのだ。

夜も更けて、いつもの様に夜の座敷に関わらない人達との夕餉を終えて自室に篭っていると、襖を叩く音がした。


「はい」
「失礼します」

こんな時間に何の用だろうか。
襖を開いて入って来た男は、まだこの店に来て日が浅い下男だった。
普段は客を案内したり、酒や料理を運んだりしている。


「サスケさん。

実は人手が足りなくなってしまいまして。

申し訳無いのですが、
どちらかの芸者さんの手が空くまでお客様のお相手をお願いしたいのですが」
「分かりました」


普段はこういう話の時はナルトが来るのに珍しいな。
もしかしたら、勉強が長引いてるのかもしれない。

俺は楽器を持ち立ち上がった。


客が居たのは、本来芸者と一対一になる小さい部屋だった。
もしかしら、誰か決まった姐さんが居るかもしれない。その間の時間稼ぎだと思い、なるべく退屈しない様に気を配った。
男は色白で眼鏡を掛けたいかにも頭脳明晰だという雰囲気を持っている。
只少し薄気味悪い気がした。

薄ら笑いを浮かべている口元に舐められる様な視線が気持ち悪い。


「もう演奏はいいよ」
「はぁ」
「こっちに来てお酌をしてくれないか」


演奏なんてどうでも良いと言われ少し腹が立ったが、姐さんの客である以上下手は打てない。
俺は、隣に座って徳利を傾けた。

なみなみと揺れる杯の酒を煽った客は、酔っているのか上機嫌だ。
これ位じゃあカカシは酔わないのにな…なんて、そんな事思い出した所で意味の無い事だ…。


「白い手だね」
ぼんやりしている内に、片腕を捕まれていた。
手が出る人間か…この客。

「止めて下さい…」
「止めないよ。
僕はずっと待ってたっていうのに」

ぎりぎりと握られる力が強くなって、重い音を立てて俺の手から徳利が落ちた。
畳に酒がゆっくり染みて広がっていく。


「本当に止め…」
「僕がどれだけ待ったと思う。
幾ら呼んでも答えは否定ばかり。
無理を通してやっと、君が来たのに」


嫌な予感がして、抵抗しようと相手の胸倉を押し退けたのだが、逆にその手まで取られてしまう。
力いっぱい握られた手首が痛くて、今度は脚で蹴ろうとした。

でもそれすら相手の身体に押さえ付けられて、畳に無理矢理押し倒された格好になる。


「あれだけの金巻き上げといて、君をただで帰す訳無いだろう」
「くっ」
「ちゃんと対価に見合った物を貰わないと」
「止めろっ!!!
俺に触るな!!!」


ありったけの声で叫ぶ。
こういう小さい部屋には、声が外に通る所があるのを思い出したからだ。

俺達は春を売らない。

でも、勘違いをする客も大勢いる。だから姐さん達の身を守る為だと、旦那様が言っていた。


まさか自分が使うとは夢にも思わなかったが。


「聞こえないよ、そんな風に叫んだって。
見張りがいるから」
「なん…だと…」
「良く考えたら変だろう?
君は買えない高嶺の花で有名だったから
僕が下働きの人間に金を握らせた、それだけの話だよ。
可哀相に君は裏切られたんだ」


嘘だ。この店の人間はみんな仲間だったはず。

何で…。

頭が付いていかなくて力が入ってない俺の手を頭の上で一纏めにされた。

片脚が俺の脚の間に滑り込んで閉じられない様になる。
どんなに力で抵抗しようと、大人の男の力に勝つ事が出来ない。
空いた手で身体を触られる度、悍ましくて鳥肌が立った。

嫌悪感しか湧かないこの男に、身体を許すなんて死んでも嫌だ。

それでも、俺の着物の帯を緩める仕種にもう絶望するより他無かった。


カカシにもう一度会いたい。

場違い過ぎる思いは、全てを飲み込んで行く。
もしこの男の思い通りになってしまうのなら、謝っておけば良かった。


もうそれも叶わなくなる。

無理矢理抱かれた、

汚い身体でなど、

もっと会える訳が無い。


「泣いてるの?
可愛いね…」


その言葉と共に男が俺の上から消えた。

その後に衝撃音。


訳が分からず、俺は放心状態で脱力して畳に転がったままだった。


「サスケ!」


名前を呼ばれた。

その声に、心が震える。

懐かしい懐かしい声を。でも、絶対に聞き間違う事の無い声。


目の前に現れたのは、

一番会いたかった人だった。


「か…かし」
「大丈夫…?
怖かったでしょ?」


相変わらずのちぐはぐな色の目は心配を写している。
両腕で掬う様に抱き上げられて、
その懐に収まると伝わる温もりで気持ちが緩んでいくのが分かる。

「ナルト、早くそいつ何とかして」
「先生ェ!蹴飛ばして気絶させるなんてどんだけ力加減してねーんだってばよ!」


見ると男は壁にもたれ掛かる形でぐったりしていた。微動だにしないのを見ると、本当に気を失ってるみたいだ。


「そんなやつ川に捨てれば良い」
「無茶苦茶言うな!」
「仕方ないでしょう。
サスケを怖い目に合わせた人間なんて生かしちゃ置けないよ」


ね?と、笑顔になったカカシを見て俺は身体の力が抜けた。
張り詰めていた感情が切れて、あの時感じていた絶望や不安が一気に溢れる。


「カカシ…っ」
「わっ!どうしたのサスケ」

カカシに抱き着いて俺は大声で泣いた。

怖かった。

力任せに、暴かれるのが。
でも何より、
アンタに会えないのが


一番怖かった。



続く→

[*前へ][次へ#]

あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!