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好きだと思った

 銀→土でほのぼの
 








 好きだな、と思った。

 自分と真逆の黒い髪も、苦い珈琲や煙草を好むところも、大将への絶大な信頼を隠さないところも。
 自分なら決して騙されないであろう、ドSな部下に毎回振り回されて激怒している顔も、そのくせ心配しているのにそのことをおくびにも出さないところも。
 そんな態度が誤解を生んで、取っ付きにくいだの鬼だのと言われ、それを平然と受け入れているくせに実は振りだけで、ほんの、ほんの少しだけ、傷ついてしまうところも。



 いつの間に好きになったのか。自分でも気づかなかった。最初こそ腹を立てたが、大将のためだと言い切った潔さが印象に残った。街で見かけるときは、大抵部下を怒鳴り上げているか犯人に斬りかかっているか、栗色の髪の部下と喧嘩しているか……いずれにしろ苦労が偲ばれて、微笑ましいと思った。
 たまに自分と出くわしてしまうと、彼は眉間の皺を深めて警戒心も露わに戦闘態勢に入った。本当に喧嘩が好きなんだな、と感心した。そしてこちらも負けたくないから受けて立った。
 敵意はビリビリ感じるのに、それさえ心地よかった。



 どうするつもりもなかった。ただ自分の感情が移ろいゆくのを眺めていようと思った。
 恋、とはまだ言えないと思っている。
 その人を見れば自然と口元は綻ぶし、なんだかむず痒い気持ちになる。好ましく思うことに違いはないが、激しく想いを寄せるのとも違う。

(憧れ、みたいなモンかな)

 銀髪を掻きながら心の中でそう呟いてみる。
 何となく、しっくりこない。

 急いで解析する必要もないし、そもそもはっきりさせる必要もないと思う。だからこの気持ちを無責任に眺めていればいい。そうするうちに『これ』が消えてしまうのなら、それでもいい。成り行きに任せよう。



「おい、万事屋」

 ある日、耳に馴染んだ声に呼び止められた。振り向くと馴染みのない姿でその人が立っていた。私服らしき黒の着流しに懐手をして、不機嫌そうにこっちを見ている。

「財布落としただろう」

 切れ長の目はじろじろと遠慮なくこちらを観察する。懐を探ってみると、

「オイ何の言いがか、」
「拾ってやったんだから昼飯奢れ」
「……は!?」
「こっち来い」

 顎で方向を示し、肩で風を切って先に立つ。自分の財布は懐にある。口実を作っただけだと理解できる。

(何だ?)

 少しばかり気持ちが上擦った。こうして誘われるのは初めてだ。たまたま食事処で鉢合わせていがみ合いながら食事をしたことはあったが、誘いらしきものを受けたことはない。かなりぶっきらぼうで愛想の欠片もなかったが、それでもまた、あのむず痒い気持ちがやってきて頬が緩む。

 彼はそのまま近場の定食屋を目指し、ここだ、というようにまた顎をしゃくった。チラリと今来た方向に目を遣ったのが見えた。

「ここ、普通の定食屋だから。互いにスペシャルは食えねえが我が儘言うんじゃねえ」
「知ってんよ。それよりどういう風の吹き回し? 俺ァ奢らねえからな」
「気づいてなかったのか」

 彼は真正面で、その紺碧の瞳を少し見開いた。驚いたようだ。注文を済ませると、もう一度チラリと入り口に目を走らせた。

「テメェ、つけられてたぜ」
「……うっそ、」
「何ぼんやりしてやがんだ、しっかりしろ」

 舌打ちまで付いてきた。
 なぜ気づかないんだと責めているようだ。そして眉間に皺を寄せて、心当たりはあるかと尋ねた。
 背格好を聞くと詳しく教えてくれた。どうやらずいぶん前から気づいて、後ろの後ろから追ってきたらしい。
 こないだの、喧嘩止めたときの奴だ。逆恨みされたか。それほど手強くもないから、逆に気づきにくかったのかもしれない。
 違うかもしれないけれど。

「今頃ウチのがしょっ引いてるはずだ。一応局長にも話は通した。ったく面倒かけやがって」
「あれ。心配してくれたの」
「……はッ? 誰がテメーなんか」

 彼は突然目の前の丼を激しく掻き込み始めた。そして、ちょっと噎せた。微笑ましくて、自分の分も茶を分けてやった。彼は何度か瞬きして、何か言いかけたが止めて煙草を咥えた。

 自分と真逆の黒い髪も、苦い珈琲や煙草を好むところも。大将への絶大な信頼を隠さないところも。
 心配していることをおくびにも出さないところも、取っ付きにくいだの鬼だのと言われ、それを平然と受け入れているくせに実は振りだけで、ほんの少し、傷ついてしまうところも。



 好きだな、と思った。



 そして今、自分の気持ちが大きく動くのがわかった。
 むず痒いなんて易しいものではなかった。それは暖かくて、涙の温度に似ていた。でも少しも痛みはなくて、ただ胸がいっぱいになる感じが苦しかった。苦しいのに不快ではなく、むしろ満たされていた。

「土方くん、さ」

 滅多に呼ばない本名を舌に乗せてみる。口許まで温度が沁み入る。

「今日、非番なんだろ。助けてくれたお礼に」

 銀さんとドライブなんてどうですか。
 そう言ったら土方はますます目を見開いて、ぽかんと口を開いた。見たことのない表情が、また心を揺さぶる。
 自分の感情を眺め、結論は出た。
 このあとも今までどおり、成り行きに任せよう。


 素早く伝票を取って会計をした。狼狽えた声が後ろからするが無視だ。こちらは口許が緩みっぱなしなのだから、向こうも少しは慌てればいいだろう。
 今度は自分が先に立って歩き出した。
 ぶつぶつ言いながらも着いてくる気配がする。この感触を望むあまりさっきまでは少し不注意だったかもしれない、と思い至った。
 ああ、自分で思うよりずっと前からこの人が好きだったんだな。

 そう思ったら余計に心臓がきゅん、と締め付けられた。





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苦情受けつけます。




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あきゅろす。
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