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影になれない


 坂田は嬉しそうに割り箸を手に持った。

 あ、意外と行儀よく割るんだ。

 土方はいつも急いで食べるし、元来行儀など気にしないほうなので縦割りにしている。何なら口に咥えて割ることもある。
 坂田はきちんと横割りにした。屯所の近くで食べる必要があったので、今日はスペシャルな丼ではない。坂田は焼き魚を頼んだ。丁寧に身をほぐして口に運ぶ。意外なところを見てしまった。

「どったの」

 あまり土方が見入っているので不審に思ったらしい坂田が、無邪気に問いかけた。

「食いたいの? 箸付けちまったけど、構わねーか」

 すい、と皿を滑らせてくる。土方は何故かドキマギした。食べたいわけじゃない。でも坂田に勧められたのは嫌でもない。変に断って不快にさせたくない。

「いや、別に……アレだ」

 言葉に詰まる土方を、坂田はやっぱり不審そうに見る。そして、そうだよな食いかけなんか食わねーよな、と呟きながら皿を引っ込めた。ますます土方は焦る。そうじゃない。そういうつもりじゃないんだ。

「なんで声なんか掛けてきたんだ」

 話題を変えよう。土方は混乱する頭の中で考えた。そもそも坂田を誘って食事をしたことなどない。喧嘩腰ではない会話も、したことがないかもしれない。何を話せばいいのか咄嗟に思いつかず、直近のことを尋ねた。


 途端に、背筋がヒヤリとした。


 坂田が薄ら笑いを浮かべて、こちらを見ている。
 やっぱり、こいつだ。きっと。
 でも、どうして。

「だから言っただろ。オメーがあんま騒ぐから、理由なんぞ忘れちまったって」
「……」
「アレさぁ、俺じゃなかったらバッサリいかれてたぜ。相変わらず喧嘩っ早いっつーかなんつーか」
「……」
「あれ、大丈夫? 顔色悪ィけど」

 誰のせいだ誰の。
 暗殺を依頼されたとか。いや、だったらあの時、自分は一撃で殺られていたはずだ。命は目的ではないのだろう。それが余計に不気味だ。
 だが、それより信じられないのは自分の心の内だ。

 この男とそれほど親しくないはずなのに、むしろ敵対すらしていたのに。手荒に問い正し、やめさせればいいはずなのに出来ない。
 怒りよりも怖れ、怖れよりも……

(おまえにとって俺は、その程度か)

 悲しい、なんて。


 オイちゃんと食えよ、おめーら身体が資本だろ? などと軽口を叩く坂田は、実は食事なんぞに誘った自分を嘲笑っていて、何かの道具――たとえば情報を引き出すとか――として扱うくらいが丁度いいと思っているのか。

「多串くん?」

 見知った顔のつもりが、全く知らない男に見える。悔しくて、情けなくて、悲しい。







 これは種明かしをしたほうがいいだろうかと、銀時は途方に暮れた。
 恐らくいつもと違う自分の行動に、土方は何かを感じたに違いない。つけているのは銀時だと誤解したところまでは推察できた。
 でも、土方は黙ってそのまま銀時を案内した。だから少し安心した……考え直してくれたのかもしれない、と。
 それが、さっきの話になってから雲行きが怪しくなってきた。
 当然だと銀時は自分を嗤った。どうして声を掛けたかって。それは。
 時間が経つにつれ、思い詰める様子を隠せなくなる土方。誘ったくせに食も進まず、固い表情で銀時から顔を背ける。

(バレちまったか)

 銀時の秘密は二つある。
 決して明かすまいと心に誓って、普段通りに振舞ったつもりだったが、やはり勘のいい土方には隠し切れなかったか。
 男に恋愛感情を抱いてしまったことに、銀時自身仰天したものだった。そんなはずはない、あるはずがない、と呪文のように自分に言い聞かせた。そんな日々の中で見つけてしまった、不審人物。

 編笠に顔を隠しているものの、土方の跡をそれとなくつけて歩く男。不思議なことに殺気を感じない。真選組の関係者で、土方の同意の上で見張っているのかとも考えたが、ある日見てしまった。
 土方が行儀悪くポイ捨てした吸殻をこっそり拾って、あろうことか咥えているところを。

 悪寒が走った。同時に許せないと思った。土方をそんな目で見る男が、自分以外にいることが。

 銀時に正当な言い分はない。土方にとって、その男も自分も大した変わりはないだろう。忌むべき存在に違いはない。
 だからその男を吊るし上げて一気に終わりにできなかった。さり気なく男の進路を妨害し、土方が避難するのを見計らってみたり、視界に立ち塞がってみたり。我ながらみみっちい妨害工作だと思った。その上、土方が無事に逃げ切ったかどうか心配するあまり、自分が土方を覗き見さえした。流石に自己嫌悪に陥り一回で止めたが、本質はその男と変わらないのだと思い知らされた。

 土方には一生気づかれたくなかった。

 今日だって呼び止めるつもりはなかった。
 けれど、今日は例の男の様子がいつにも増しておかしかった。興奮している様にも見えたし、いつもより大胆に接近していた。何より邪魔に入った銀時を押し退け睨みつけて、土方を追っていった。
 土方が神経を逆立てているのがわかる。こうもあからさまに付けられては、敏い土方が苛立つのは当然だ。嫌な予感がする。銀時は完全に気配を消して、二人の後を追った。

 先回りして二人の間に割って入った。抜け道を使い、土方の後ろにこっそり出たとき、ゾッとした。
 手を伸ばせば届くところに、男がいたのだ。
 咄嗟に土方の背を叩いた。男は驚いて距離を取った。土方の反撃は素早くて、躱すのが精一杯だった。
 たまたま見つけて揶揄ったふうを装って、土方と少し話した。ピリピリと逆立っていた神経が落ち着いてくるのがわかり、良かったなと思った。鬼の副長が実際に斬りかかるところを見たら、あの男も肝を冷やすだろう。土方とはここで別れて、今度こそ灸を据えたほうがいい。
 そんなことを考えていたら、思いもかけず土方から食事に誘われた。純粋に嬉しかった。怒鳴り合いや言い争いはいつものことだが、一度くらいは穏やかに話してみたいと願っていたから。そう願うこと自体が疚しくて、とても言い出せなかった。今も少し後ろめたいが、誘おうと思ってくれたことが嬉しかった。

 連れ立って歩き出そうとした途端、殺気が背中に突き刺さった。


 ははあ、俺を殺ってまってその勢いで土方をどうにかしようって魂胆か。


 散々邪魔した男が土方と連れ立って行くのを見て、怒りが頂点に達したのだろう。殺意は銀時に向いているようだ。だが土方は不穏な空気に気づいた。
 すっとぼけるつもりが、銀時も理不尽な怒りを抱いた。『俺の』土方を汚い目で見るな。消していた気配が隠し切れなくなった。

 土方は目を瞠った。
 それこそ化け物を見たように、銀時をじっと見つめた。
 寄るな。
 そう言われることを覚悟したのに、土方はしばらく銀時を見つめた後、ゆっくりと背中を向けて歩き出した。恐る恐るついて行ったが、来るなとは遂に言われなかった。






 とうとう箸を置いてしまった土方を前に、銀時の悩みは深まる。言いたくない。それは自分のためでもあり、土方の不快さを思うからでもある。知らないほうがいいことも、世の中にはあると銀時は思う。

「マヨもらう?」

 最終兵器を提案してみたが、土方はいらねえ、と言った。
 そりゃ気分悪いよな。銀時は自嘲した。男に好かれて、片方は追い回すしもう片方は飯たかるし。薄々はわかってるんだろう。

 でも、はっきりさせる必要もない。

 最後まで食が進まなかった土方は、銀時が食べ終わったのを見て『帰る』と言った。このまま残って少し飲んでいこうか、と思っていた銀時は、帰らないのか、と不満そうに言う土方に驚いた。どういうことだ。一緒に帰りたいのか。それとも途中で絞めてやるってことか。
 どっちでもいい。土方が望むならそうしよう。柄にもなく本気で惚れた相手に殺されるなら、それでもいい。


 引き戸を引いて外に出た。その瞬間、銀時に向かって殺意を込めた視線が刺さった。
(まだいたのか……!)
 後からのろのろと出てきた土方の手を引っ掴み、突如駆け出す。土方は何がなんだかわからないから、説明しろと怒鳴っている。
 充分引き離したところで、土方を突き飛ばすように先に押しやった。自分はここで男を食い止めるつもりだ。

「どうなっ……」
「どうでもいいから屯所まで走れ。おめーが見る必要はねえ」
「は? なにエラそうな、」
「そんで忘れちまえ。全部」

 俺のことも。とは言えなかった。でも、これっきり土方に会うつもりはない。
 土方は案外素直に姿を消した。よっぽど参ってたんだろう。毎日あの野郎や俺につけ回されて。
 男が走って来たところを足を引っ掛けて簡単に突っ転がし、二度と近寄るな、と凄んで見せれば、相手は小刀を取り出した。人を刺したことはないんだろうな、とその構えを見て思う。練習台になってやってもいいか、という考えがチラリと頭を過ぎった。
 だが人を刺すのは簡単なことではない。雄叫びを上げ、気負ってこちらに突っ込んで来たものの、銀時が本能的に身動きしたために空振りとなり、男は勢い余って地面に倒れ込む。咄嗟に手首を足で踏みつけていた。

(あー……やっちまった)

「お前だって、お前だってつけてたくせに!」

 男は叫んだ。その通りだと銀時は思った。それでも、土方が自分たちのせいでどれほど神経を削られたか。それを知ってほしい。

「俺ァアイツの吸い殻舐ぶったりマヨの空きパック拾ったりする趣味はねえよ……ま、大して変わんねえのは確かだけどよ」
「あの子は僕を好きなんだ! お前じゃない」

 どっちも大っ嫌いだろうな。銀時は苦笑いした。注意が散漫になったのだろう、男は勢いよく立ち上がった。銀時はよろめいた。今度こそ刺しにくるだろう。相打ちにして、コイツも当分悪さしないようにすれば、


 腕を引かれ、後ろに引き摺られた。
 黒づくめの隊服、微かに漂う煙草の香り。


 土方は黙ってその男を蹴り上げた。触りたくないとでも言うように、ポケットに突っ込んだ手は決して出さなかった。男が立ち上がるごとに蹴り飛ばし、踏みつけ、

「奉行所にゃァ連絡済みだ。臭いメシ食らってきやがれ」

 それから銀時のほうに向き直り、あっと思ったときには、

「いってぇ……」

 殴り飛ばされていた。
 合わせる顔がなかった。きっと、最初から見ていたに違いない。逃げるわけがなかった、この男が。どこで見ていたか知らないが、一部始終を知ってしまっただろう。
 銀時もまた、彼をつけ回していたことも。

「俺は、一度でもッ、テメェに護って欲しいなんて言ったか……?」
「……」
「テメェが声、掛けてきやがったとき! うっかり安心しちまった俺にッ、落とし前つけろってんだ!」
「……」
「テメェもしょっ引かれちまえ! 勝手にしろ! 俺はっ、一瞬でもテメーが犯人だと思ったことがッ、」
「……?」
「許せねえ!」

 土方は逆上していて、言っていることがよくわからなかった。銀時は地べたから土方をぼんやり見上げていた。フウフウと肩で息を付き、握った拳をわななかせながら土方はこちらを睨みつける。
 パトカーの音が聞こえ、バラバラと足音が近寄ってきた。

「二人ですか」
「あっちのだけだ」
「真選組には連行しなくて……」
「そちらの管轄だろ。ストーキング並びに窃盗。ウチに連れてきたら嬲り殺しちまうぜ」
「事情を伺っても、」
「ああ、行くけど明日にしてくれ。コイツも明日連れてくから」
「いえ、ついでですから両方しょっぴきますよ」
「コイツはいいんだ!」

 こいつは逃げないし俺が保証するから事情聴取は明日にしてくれ。収まりのつかない怒りを露わに土方が唸ると、奉行所の連中は大人しく引き下がった。


 後には起き上がるタイミングを逃した銀時のみ。

 早くこいつの前から消えないと。
 我に返って身動きすると、土方は眉間に皺を寄せたまま手を差し出してきた。ん、と短く声を発したようにも聞こえた。

(掴まれってこと?)

 ますます苛立った土方が再び、ん、と言って手を伸ばしてくる。

「けど、おめー……俺は」
「いいから」
「……気分悪ィだろう。すまねえ」
「早くしろ。疲れた」
「ひじかた、」


「テメーに声掛けられて嬉しかった。テメーが犯人かと思ったとき、この辺が……痛かった」


 土方はそっぽを向きながら、胸を押さえた。

「俺はその程度にしか見られてねえのかって思ったから。なんか、痛かった……勝手に庇ってんじゃねえ」
「……」
「早く立て。万事屋までの帰り方教えてやる」
「え、知ってるけど」
「ッッ〜〜くっそ! テメーの知ってる道じゃねえ!」


 背けた顔はよく見えなかったけれど、耳が赤く染まっているのだけは夜目にもはっきり見えた。


「屯所通ってくんだ馬鹿野郎! さっさと立って、送ってけクソ天パ」


 どういうことだ。
 焦れた土方は遂に自ら銀時の腕を引いて立ち上がらせた。オイ、後ろ歩かれると気分悪ィ。横に並べ。


「言っただろ。テメーを一瞬でも疑った俺がバカだった」


 小さな声が銀時に語りかける。



 にわかに訪れた幸運に、銀時はまだ気づかない。



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ムムリク様の合格はいただいたんですが、
私がしっくりこなかったので勝手に続編!
良かったらこちらもお持ち帰りください。




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