身の振り方が決まるまでは旧屯所に居ていいことになった。 真選組は俺が手塩に掛けた組織だった。それがだんだん解散していくのを見守るのは寂しくなくもない。ほんの少しだぞ。 だがある日、急に屋敷が静かになった。 あれ、なんでだろう。 挨拶しろとは言わないよ? でも いきなり居なくなるってのはどうなんだ。常識的にだけど。俺はいいけど。前も言ったけど数なんか把握するつもりもねえし。 俺はこれまで世話ンなったんだからこの屋敷を無事に返すまで責任持とうと思って、何となく誰がどこに行ったか心に留めてただけだ。何となくだから。ホント。急に居なくなったら心配にもなるだろ。何か壊したんじゃねーかとか。 しかし思い返せばすぐ心当たりがあった。 ――近藤さんが恒道館に移った日だ……! あれから一斉に人が減ったんだ。まあ……大将はあの人だったし、俺は憎まれ役を買って出たんだし? 全然気にしてないわけだが近藤さんが居なくなった途端にコレか。 今までのは『局長あっての副長であって近藤に悪いから頭下げただけだから』とかいう、アレ、 「いつから自分が好かれてるなんて幻想を抱いてたんでィ、キモいな死ねよ土方」 「……総悟ォォオ!? テメッどこ行ってやがった!?」 「教えやせんぜ。もう上司じゃねーんで、アンタは俺の後輩に逆戻りでさァ」 「なななな、なん……」 「アンタ俺に何回勝ちました? 上司ヅラなんて、ハッハハ、全然面白くねえやウヒャーッヒャッヒャ、ヒーッ面白くねーの」 「すっげー楽しそうだけど!?」 「あっそうだ。近藤さんから伝言でさぁ。会いたいそうで、チッ」 「なんで舌打ち!?」 「じゃ、伝えたんで。おっ死ね土方」 総悟から待ち合わせの場所と時間を聞き出すために二回刀抜いて差して、三回殴り合いした。そんなだから要件なんか聞き出せなかった。何の話か知らないまま、当日馴染みの飲み屋で近藤さんと会った。 実際近藤さんと離れてほんの一週間くらいなのに、なんだか物凄く懐かしかった。そりゃあ武州の頃から会わない日はなかったんだから当然かもしれない。 やっぱり近藤さんの隣に立つと、俺がこの人を護らなければ、と気が引き締まる……はずが。 「道場の、塾頭?」 「そう。道場主は新八くんだろ。でも新八くんまだ若いし。伸び代があるって言うか。弟子を取るにはもうちょっと、ってお妙さんも心配しててさ」 「……姉貴が、ねえ」 「お妙さんって言えよ! やっぱ照れ隠しだったんだよ。新八くんに稽古つけてって頼まれちゃって、塾頭も引き受けたら喜ばれて」 「……」 「綺麗に三つ指付いて『よろしくお願い致します』なーんて言われちゃうわけ!」 「ふーん」 「新八くんには立派な道場主になって欲しいし、お妙さんとも相談して」 「相談? 脅されたんじゃなくて?」 「違うってば! そんで俺は塾頭、他の連中は食客として出入りして、道場借りる代わりに新八くんに稽古つけることになった」 「他の連中って?」 「真選組のあいつら。言わなかったっけ。ごっめーんここンとこ幸せ過ぎて、トシに言うの忘れてたかも」 (そうか……アイツらまさか近藤さんと俺が連絡不通とは思わなくて、当然俺は知ってるモンだと思って挨拶ナシに……嫌われてねーだろ総悟の野郎ォォオ!) 「俺、総悟に伝言頼んだと思ったのになぁ。夢かな」 (いちばん頼んじゃダメなヤツだろォオ!? アンタまだ総悟に幻想抱いてんの!?) 「お妙さんのご飯、味にもだいぶ慣れていちいち気絶しなくなったよ。凄いだろ」 (スゴいよ凄すぎる、気絶しなくなったって何!? 危険過ぎるだろ!?) 「前はこんな幸せ想像もしなかったけど、平和ってつくづく大事だと思ったよ」 (平和!? 毎日惨事起きてねーの!? オイ桂ァァここに犯罪予備軍がァァア!?) 「あ、こないだ桂が来てさ」 「……は?」 「トシを説得してくれって」 「断ってくれ」 「なんで? ザキとか向こう居るのに」 「あいつは自分で決めたんだからいいだろうがよ」 「山崎が居ればトシもあっち行きやすいかなって思ったのに」 (俺に聞けよ!?) 「まあ桂には、トシとは必ず自分で交渉しろって言っといた」 「……あっちですることあンなら、言ってくれりゃあ、」 「いや。俺は個人的に桂と約束した」 「……」 「まあ、新政府と密約ってトコかな。高杉や春雨がもし武力行使してきたら、そのときは戦力を提供する」 あいつらもついて行くという。近藤さんだからあいつらもこぞって従うのだ。自分の大将が誇らしかったし……その背中の大きさが少し寂しかった。 「その時はやっぱり、トシとやっていきたい」 と、近藤さんは改まって言った。指揮官としてこれまで通り、一緒にやってくれないか、と。 「だからトシも塾頭としてコッチ来ないか」 「……こっち?」 「うち」 「ウチ?」 「道場」 「……あー、」 (アンタ馴染むの早過ぎだろ絶対お妙そこまで考えてねえって) 「お妙さん卵料理大好きだから。マヨネーズも頼めば作ってくれるよ」 (マヨまる焦げだろ!? んで市販のマヨ掛けようモンならトドメ刺されるわァァア!?) 「あっでもお妙さんは取らないでね☆」 (いらねェェェ!? 何言ってんの、ねえ何言ってんの!?) ちょっと目を離したらコレだ。 交渉は下手。自分が損してても気にしないから、端で見るほうはヒヤヒヤする。 今回いちばん得したのはお妙だ。 道場は復興できるわ道場主の弟には体良くタダで指南する役がたくさんつくわ、 ……やっと安心して家を頼めるひとと暮らせるわ。 (しょうがねえなァ) でも、なんだか微笑ましかった。さっきの寂しさがまるっきりなくなりはしないけれど、ああ、俺の大将は落ち着くところに落ち着いたんだな、って納得できた。 「近藤さん。長い付き合いだったしこれからも仲違いする気はねえ。だが」 せっかく幸せになったんだ。真相は知らないけど。少なくとも愛するひとの傍にいられるんだ。鬼の副長は用済みのようだ。これからはあのバカ強い女が、俺に代わって近藤さんを護るだろう。 そこに俺が居たら、とんだお邪魔虫ってもんだ。 「俺は行かねえ。もう少し、屋敷に厄介になるわ」 「……そうか。困ったら相談にいくよ」 「俺でよければな」 近藤さんは俺の大好きな笑顔を浮かべた。 「あ、困ったら相談と言えば」 「?」 「桂のヤツ、万事屋にもなんか頼んだらしいぞ」 「!」 「面倒くせえって蹴ったんだと。あいつらしいよな」 「……ふ、ふーん」 「逢ってねえのか?」 「ええッ!? 誰が? 誰に!?」 「トシが万事屋に」 「なんで!?」 「え、つきあってんだろ?」 「!?」 「非番の日は前の夜から出かけてたし。帰ってきたら目は赤いし声は嗄れてるし」 「か、帰るッ」 「おう。万事屋によろしく」 「〜〜〜ッ!」 《土方十四郎の就活日誌》 経営難事業の再建/管理職待遇 →辞退(就業継続が困難そうだったため) |