リクエスト・企画小説
一武 四日目
部活終了後の部室は、ノーマネージャー&男だらけなのもあって無法地帯だ。それを上手く捌くのも主将の手腕。ふざけて枕投げでもするかのように飛び交う汗臭いアンダーをパパッと受け止め、本人の顔に痛くない程度に放り投げて。
「明日の練習試合に備えてゆっくり休んでおけよ。坂井中のグランド軟らかいから足にくるぞ」
野球部練習用ユニフォームからジャージに着替える手は止めず、部誌を開きつつ山本は、狭い部室の椅子や机を避けながら今度は走り出した部員に大きな声をかける。
ドタバタ鬼ごっこのように追いかけっこしていた三人も、流石に明日の試合前にこのごちゃごちゃした部室でコケて怪我でもしたら大変だなと顔を見合せ、ロッカーの着替えをエナメルバッグに詰め込むと、山本お先!とドアを出て行った。
先日までの肌寒さはどこへやら。5月に入った途端快晴続きで、今日などは気温が20℃まで上がり、アンダーシャツの袖を捲らないと暑くて汗が伝う程だった。
(今日の一武は 何にしようかな)
明日の練習試合の為に今日の部活は少し早めに終わったので、たっぷり時間がある。考える時間もいつもよりずっと沢山―――
「やーまーもーとー!」
野球以外の事を考えぼんやりしていた部室に突然響いた間延びした声に、山本が机に着いていた頬杖がガクンと外れた。
開かれたドアいっぱいに縦にも横にも大きな体を嵌め込んだみたいにして、部活動顧問の遠藤が笑って手招きしていた。
「なんすか?」
部誌を閉じて立ち上がった山本がそろりと近付けば、唐突に伸びてきた腕にジャージの襟首をがっしり掴まれ。
「補習だ!」
「ええっ?!」
逃げようとする山本の首に太く柔らかい腕が回ったかと思うと、この巨体でよくもそんなスピードが出るものだと感心しそうな速度で遠藤は校舎に走り出した。


見慣れた教室は、遠藤が先に来て窓を開けておいたらしく、クリームイエローのカーテンが時折風をはらんで大きく波打った。
遠藤に肩を押さえられて座った机の上には、わら半紙で作られた問題用紙。
「あのな山本、俺だってこんなこと言いたくないんだけどな」
筆記用具など持って来ていない山本に、遠藤は真ん丸の手にシャーペンを乗せて渡す。
「今年は受験生ってのもあるけどさ、それ以前に、主将であるお前が赤点取る訳にはいかんだろ?」
「う・・・」
困ったようにため息をつく遠藤に、山本は眉根を下げてみせた。
並盛中学は三年になると朝のSHRの前に必ず小テストがある。新学期早々から始まったそれに、山本は現在のところ連続赤点記録更新中。
・・・だって予習復習する前に眠ってしまうんだから仕方ない。
「担任の山崎先生に突っつかれて俺も困ってんだよ。お前このままじゃ中間も期末も危ないぞ?」
「うへ〜い・・・」
山本はガックリ項垂れた。遠藤の言うことは最もであり、弁解の余地も無いのだが、いかんせん山本は勉強が嫌いなのだ。
理解できないとか覚えられないとかじゃ無く、机に向かい教科書を開くという行為そのものが大体苦手なのだから仕方ない。
のびたじゃないけど、眠れない夜には教科書を開けば三秒で眠りに落ちれる自信があるくらい。
けれど部活に迷惑が掛かるとなれば話は別だ。確かに主将自ら赤点なんて取ったりしたら(おまけにエースで四番だし)思い切り支障が出るに決まってる。
「・・・先生、俺なんとか頑張る」
多少の諦めを含んで山本が笑って見せると、遠藤が嬉しそうに柏手を鳴らすように手を叩いて。
「よーし!やる気になったとあれば先生を付けてやるぞ!!さあ、先生どうぞ!」
そう言って大袈裟な身振りで教室の前のドアに手を広ければ。
「げーーーーーーっっっっ何で!?」
静かにスライドドアを開けて入ってきた人を見て、山本の眉間に皺が寄った。けれど怒っているという訳ではなく、そう山本がこんな顔をするときは心底参った時だ。
「いや先生実は雲雀とはメル友なんだよ。で、お前ら仲良かったの思い出してなぁ。山本の頭が何とかならないかなーって相談したら勉強見てくれるっていうもんだから」
(メル友!?一体いつから何がどうして!?)
「俺もこれから会議で行かなきゃならんから、山本しっかり雲雀に教えてもらえよ?雲雀は学年トップだったんだから、何でも教えてくれるぞ」
(いやいやいやいや、教えてもらわなくても良いことまで教えられても困るからーーーーーっっ!!!)
「じゃあ頼んだぞ雲雀」
「はい」
待って!!と手を伸ばした山本を振り返りもせずに、遠藤の丸い背中はドアの向こうへ消えてしまった。
振り返る元並盛中学風紀委員長は涼しい目許を穏やかに(山本からすれば、さも今から何か仕出かしてやろうかと)細めてゆっくり山本の座る机に近づいてくる。
「・・・・メル友って・・」
「野球部には彼が一番通じてるだろう?」
「その繋がりで、俺の勉強・・?」
「まあね。でも別に勉強自体はどうでもよかったんだよね」
「へ?」
雲雀は机に手を付いて山本へと視線を合わせるように姿勢を落とした。薄茶の瞳をぱちぱちしばたたいている山本を楽しそうにじっと覗き込み。
「昨日の花、君だろう?」
可愛い事するよね。耳元に息を吹きかけるようにして囁かれくすぐったさに肩を揺らした山本の、シャーペンを持つ手が細く長い低温でつつまれる。もう片方の手は遠藤が置いていったわら半紙の問題集をさっさと折り畳むと、自分のシャツのポケットに仕舞いこんだ。
「こうでもしないと中々一緒にいられる時間なんて無いしね。君今日はもう予定無いんだろう?」
どこかまだポカンとして自分を見上げている山本を見てくっくと咽喉を鳴らした雲雀に、我に返って仕舞われてしまった問題用紙を指差せば、その指が柔らかく噛まれて思わず後ずさり、椅子が床を引き摺る音が静かな教室に響いた。
真っ赤になった顔に再び近付くのは、不敵に、そして嬉しそうに弧を描いた唇。
「連休中空いた時間に僕がつきっきりで教えてあげるよ。勿論こんな場所じゃなくて誰1人邪魔が入らない所でね」
「ふ、ふ、ふ、」
「そんなに嬉しいの?」
「ちがーーーーうっっ!!」


不純行為は明日の為に出来ないのなーーーーーーっっっ!!!!!

山本の叫びは即座に口を押さえつけて来た雲雀の掌にむなしく吸い込まれ、校舎には再び静寂が戻った。敢え無くマンションへ引き摺られて行った山本は、身体にきつい行為こそされないものの、プリントをテーブルに置き鉛筆片手に勉強しようとするそばから不埒な手で翻弄されて、家に送ってもらう頃には不純行為一回ぽっきりの方が良かったとメットの下で唇を噛み締めたとか。
久しぶりに焦れた山本のいやらしさを堪能した雲雀とは反対に、一武どころか百武くらい与えてしまったんではかなろうかと思わずにはいられないような、山本にとっては果てしなく疲れた一日の終わりとなった。





4武・・・。


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あきゅろす。
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