リクエスト・企画小説
一武 五日目
並盛川の土手は、斜面を降りると突然葦の背が高くなる場所がある。まだ身長がさほど高くなかった時分、山本はたまにそこへ身を隠した。
幼い子供だからいたずらだってする。そんな時に限って父に見つかり大目玉を喰らって、やはり当時から意地っ張りの片鱗を見せていた山本は、叱られて泣きべそかいた顔など父に見られたくはなくて、よくそこに佇んで涙を拭っていたものだ。
今はもう、座り込みでもしない限り見つかってしまうだろう。
だから山本は無駄なことはすまいと、雑草生い茂る斜面に腰をかけ、緩やかに流れる川の表面を眺めるともなく見つめていた。
(いて・・・)


 今日は練習試合があった。午前中は一通りの練習をこなし、昼飯を食べ2時になる前に相手中学まで赴いた。
オーダーは殆んど変更はない。―――と言うより、変更できるだけの人数がいない。
ピッチャーは山本、キャッチと内野の布陣も変わらない。ただ去年までセンターの守備に着いていた三年(当時は二年)が転校してしまったので、外野は2年ばかりになってしまった。
立ち上がりは悪くなかった。
山本の球は相変わらずスピードに乗り、コントロールも決まって相手の嫌なところを攻めた。
2-2で迎えた六回裏にそれは起きた。山本がふりかぶり、高い位置から放られる速球に、相手バッターは手を出したものの体の回転が着いていかず、球を捉えるタイミングがズレた。
芯でなくほぼグリップ近くで弾かれた球。けれどそれは急な回転を伴い、捕手と投手の丁度真ん中あたりに落ちる非常に面白い打球になった。足の速さなら人一倍の山本は、前に出て来ようとする捕手を制してバウンドした球を捕球し一塁へ投げようと、グラブを構えた。
しかしそこでアクシデントは起きてしまった。
差し出し掬おうとした球は、変な回転が着いていた為にイレギュラーなバウンドをして、グラブでなく山本の目元を直撃してしまったのだ。いくら反射神経のよい山本であっても、至極間近で、しかも予想外の場所から飛んで来た球に反応は遅れて。咄嗟に目を瞑った為に眼球は傷付かずに済んだものの、みるみる目元が腫れ上がり、当然試合は中断され山本は医者へと連れて行かれた。


 山本はガーゼと絆創膏の付いた右目上部を指の腹でそっと撫でた。レントゲンを撮った結果、目の上の皮膚を削っただけで目には異常は無いと、腫れも一晩で治まるだろうということだった。
(くそ)
春季大会は結局三回戦敗退となり、沢山の課題を抱えながら、夏の本選に向けてチーム一丸となって戦力アップするための練習試合だった。
強くなるための足掛かりとして、まずは一勝をもぎ取るつもりだった――皆で。
いい雰囲気だった。どちらかといえば格上の相手に、引くことなく。上級生は後輩によく声を掛けていたし、応援も相手に負けないくらい大きく。
(なのに・・・くそ、ぶち壊しじゃねえか)
グランドの土の上、目を押さえ蹲る山本を心配そうに囲んだ顔。大丈夫だ、そんな顔するなと声に出せば出す程、自分を見つめる目には不安な影が落ちて―――当たり前だ、ピッチャーは山本一人しかいないのだから。
(ゴメンな、もっともっと、強くならなきゃな。頼れる主将にならなきゃな)
大丈夫と笑っただけで、不安が吹き飛んでしまうような、そんな男に
「ならなきゃ、だよな!」
グランドの土で汚れたユニフォームの尻をパンパンと叩いて、山本は草むらを立ち上った。澄み渡る空には、既に輝く一番星。
(反省終わり)
さあて帰るか。一度大きく伸びをして、はたと気付く。
(―――きょ、今日の一武忘れてたーっ!)
座っていた草むらに置いてあるエナメルバッグを慌てて持ち上げ、肩掛けにぶら下げてある時計に目をやれば、もう6時半を過ぎている。
(あちゃ〜、医者で結構時間くったもんなあ)
今さら雲雀に会いに並盛高校まで行っても、もう校門は閉められているかもしれない。かといってマンションに帰っているかと考えれば、雲雀のことだからきっと町内の見回りとかで留守にしている可能性の方が高い。
(帰ったら雲雀の携帯に電話して、夕飯でも一緒にどうかって誘おうかな・・・)
それもまた繋がらなかったりしたら、今日の1日1武は残念ながら断念である。
(あー、帰り卵買って来てくれって、親父に頼まれてたんだっけ)
丁度いい、今夜は簡単にオムライスにさせてもらおう。土手の草を野球用シューズで踏みながら上がり、山本はアスファルトの砂利の上に足を下ろそうとして聴こえた声に、思わず驚き目を瞠った。
「お帰り」
(え?)
軽いガスの排気音に顔を上げれば、今日はバイクに乗って見回りをしていたのだろうか、250ccのバイクに跨がり(勿論ヘルメットなんて着用していない)涼しい顔でこちらを見下ろしている元並盛中学風紀委員長。
「中学生が暗い中こんな人気のないところにいたら襲われるよ」
ぽんとヘルメットを投げてよこす。随分と長い時間佇んでいたのか、冷たいフルフェイスのメットは雲雀の手が触れていた部分だけがほんのりと暖かかった。
「・・・いつからいた?」
「さっきから」
「俺この場所教えたこと、あったっけ?」
「君のことで僕が知らないことがあるわけない」
「こえーから、それ」
いかにもここに自分が居るのは至極当然といった顔をする委員長に眉根を下げて笑った山本は、目深にしていた野球帽を取りさっさとメットを被ると、後部座席に乗り雲雀の腰に腕を回して。
「家まで?」
「その前にスーパー寄って」
ぎゅう、と抱きつく。川風に晒されて冷えていた体に雲雀の体温が染み入る。雲雀は何も言わずに、静かにアクセルを回すだけ。
「今夜のご飯なに?」
「オムライス。ひばり食べるなら特別にコンソメスープも付けちゃう」
「グリーンピースは入れないでね」
「オケ オケ んじゃレッツゴー!」


 土手を走るバイクのテールランプが住宅街へと消えて、並盛川の水音がささやかに草木を揺らした。
1日1武はなんとなく――そうなんとなく、今日は雲雀に良いところを持って行かれて有耶無耶になってしまった気がするけれど、明日から気合い入れ直して頑張ろう。山本が気持ちを込めてオムライスの卵をかき混ぜると、力の入り過ぎた腕が卵液をはじいて顔に数滴飛んだ。
すると音も無く雲雀が隣に寄って来ていて。


 頬を無言で舐められた途端昨日の雲雀が思い出され、顔が熱くなるのを止められなかった。








武が落ち込むときはさり気無く来るんですよ、王子様が(笑)

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あきゅろす。
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