リクエスト・企画小説
一武 三日目
山本武は走っていた。どこへ走っているのかといえば、それはもちろん大好きな怖くて優しい風紀委員長がいる(筈の)並盛高校応接室。その山本の手には大事そうに新聞紙にくるまれた一本の花菖蒲―――。


話は遡る事約6時間前。金曜日の学校は、大型連休を前に生徒達も気もそぞろで。
「なあなあ、五月っていうと何が思い浮かぶ?」
山本は既に行き詰った一日一武について、もしも良いものがあるなら人の考えでも拝借してしまおうと、休み時間に教室に居残っていた女子数人に尋ねた。
「なにそれ?連想ゲーム?」
「そんなんじゃねーけど。例えばさ、四月だったら入学式とか桜とかあんだろ?」
「やっぱ連想ゲームじゃんねー。んー、そうねえやっぱゴールデンウィーク?」
「あははははは、だよねだよね。あ、あと五月病とか?」
「やーだー!それうちの兄ちゃんじゃーん!」
「そういえばあんたの兄ちゃん就職したんだよねー?すごいじゃん、ねえねえ同僚の人とか紹介してくれない?」
「花ってば相変らずオジン趣味!」
「20代はオジンじゃないでしょ!?大人よお・と・な!」
「え〜だって中学生だよぉあたしら」
「ねー」
「お〜い・・・」
女三人集まればなんとやら。山本の問いは路線を変更してどこへ行くのだろう。とはいえ、男どもに聴いたところで大した情報も得られなかったので、山本は後ろ頭に指を組み、椅子に腰掛けながら脱線した話がもとの路線に戻ってくるのをのんびりと待った。どうせ昼休みはあと20分もあるのだ。


「そういえば、5月の誕生石って何だっけ?」
昼の弁当を食べ終わって20分。満腹感と暇さ加減から目の皮がとろりと落ちかかって何度か頭が折れた頃、それは聞こえた。
「えーとね、確かエメラルド」
「山本女の子だったら良かったのにね、4月なんてダイヤだよダイヤ!」
「じゃあ、誕生花は?」
「えーとね・・・」
女の子達の話は脱線したまま同じ所に戻って来ていなかったけれど、山本にヒントらしきものを与えてくれた。
「それだ!!」
「え!?びっくりした山本寝てたんじゃなかったの!?」
「サンキュ!じゃあな!!」
飛び起きたと同時に座っていた椅子から素晴らしい腹筋&背筋力で跳ねるように着地した山本は、女子達ににこやかに手を振ると図書室へと廊下をひた走った。


昼休みの図書館はとても空いていて、山本は司書に頼んで花言葉の掲載されている本を一緒に探してもらった。そんなに厚くも無いB5サイズの図鑑のような本には、1月から一日一日の誕生花、及び花言葉がきちんと書かれていた。
(5月5日・・5月5日・・・・あった)
指で辿りながらそこに書かれている文字を読んだ。
(・・・・ぴったりだそしてバッチリだ!!)


―――山本は本を閉じた。よし、今日の一武はこれで決まった!


 高貴な感じのする花菖蒲は、この季節になると配達先の大きな家の庭先の池のほとりで紫の花弁をしなやかに開かせている。長くスッと真っ直ぐ伸びる葉は、雲雀のすっきりした眼差しとしゃんとした背中に何となく感じが似ていると思った。
そしてその花菖蒲、実は今山本家の玄関に飾ってあったりする。
『毎年綺麗に咲くんだなぁ』
菖蒲を愛でる夕べとやらをご近所さんを集めて一年に一度行っている家に、寿司の配達を頼まれ出向いた山本が、群生する花に立ち止まりぽろりとこぼしたそれを家人は聞いていたらしい。
学校から帰ると父が花を生けていて、山本がどうしたのだと聞けば、美味しい寿司のお礼だとくれたのだという。会も終わったので、綺麗だといってくれる人に貰ってもらえるのならば菖蒲も喜ぶだろう―――と。
欲しいと思っていた訳では無かった。ただ凛と佇むその姿に、山本の心に住む誰かを映していなかったかと聞かれたら、そんな事無い、とは言えない。


 部活が終わると部誌を急ぎ書いて、山本は校門を飛び出した。家に帰り玄関の靴棚の上で咲き誇るその花を一本だけ拝借し、乾いてしまわないよう新聞紙でくるむと、夕飯を作る時間に間に合うよう全速力で雲雀の居ると思われる並盛高校応接室―――ではなく、マンションへ。
最初は並盛高校へ続く道を走っていた。けれど住宅街の向こうに学校の屋根を見つけて、山本は立ち止まり踵を返した。
一日一武、だけど
(雲雀の邪魔をしたい訳じゃないんだ)
合鍵を使って部屋に入っても雲雀は怒りはしないだろうとは思ったけれど、山本はマンションの玄関ポーチを入ってすぐ左側にある、縦七列横八列の郵便受けに心をこめてそれをそっと忍ばせた。



意地悪だけど優しくて、いつだって俺を大切にしてくれる雲雀






大好きだ。






3武おわり。

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あきゅろす。
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