リクエスト・企画小説
京子 前編
ボンゴレ邸の広い中庭を大きく外れた辺りに、その池はある。日本庭園を模した池には綺麗な錦鯉が数匹泳いでいて、極彩色のイタリアにはおおよそ似つかわしくないもので。
「あ」
「山本くん」
それこそ、どちらかといえば日本色の強い男が、いつも隠れ場所として京子が使っている場所に座っていたのに驚いた。
「おー笹川。俺今かくれんぼの最中だから、ちょっと隠れさしてなー」
池の淵の草むらに腰を下ろしている山本の隣、京子も同じように座った。


綱吉がボンゴレの正当な当主となって、はや数年が経過していた。流石にここまで来れば、綱吉が日本に帰国するたびに少しずつ目つきが変わっていくのが、相撲大会なんぞのせいではない事に京子だって気付く。すさんだ、とか険しくなった、とかではないのだけれど、段々とその瞳は何か重たい物を抱える深い色になっているように見えて、それはまるで光の差さぬ湖の底の様で、言い知れぬ不安に襲われそうになった。
たまたま大学の夏休みを利用して遊びに来たイタリアボンゴレ邸、まるで本から抜け出たような大きなお屋敷の中、その気持ちを伝えてもかの人は『だけど、仕方ないんだよ』と申し訳無さそうに笑う――それがまた不安の材料になるのに。
少しは気付いてくれているのだろうか。京子の、綱吉への気持ちにも・・・。


「俺さ、逃げてきたんだ」
不意に隣から声を掛けられて、座っても目線の違いすぎる彼を振り仰ぐと、山本は真っ直ぐ池に目を移していた。その山本の薄茶の瞳も、やはり綱吉と同様に底の見えない色をしていて、京子は少し寂しくなる。本当に彼らが、自分の手の届かないほど遠くに行ってしまっているような、そんな気がして。
「・・・何から?」
「俺さぁ、好きな奴には好きって言っておきたいのな?」
「うん」
「好きって気持ちきちんと伝えておかないうちに、二度と会えなくなってから言っておけば良かったって、後悔するような事だけはしたくないって、思うんだ」
「・・・・うん・・」
京子は山本が誰のことを話しているのか、痛いほど分かって辛くなった。


山本には中学生の頃付き合っている人がいた。最初は信じられなかった。まさか彼とあの人が、と。だってまるで両極端な2人だったから。
けれど、2人が一緒に居るところを目にして心配は杞憂であった事に少しホッとした。その人が彼を見つめる瞳、あんなにも誰かを大切に思っている目を、京子はそれまで見たことが無かったから。
なのに、17歳のあの日、全てが変わってしまった。新聞沙汰になった、自分の町内で起きてしまった惨劇。あの人の姿は二度と見ることが出来なくなって、そして山本武は日本からその存在を消した・・・。
進学先が違っていた為に容易に会うことはできないから、余計心配が募った。真実を知りたくて事情を聞けば何も言わずに表情を翳らせてしまう綱吉と獄寺に、山本の行方はなどと問いただす程親しかった訳でもないから、ただ親友と2人で心配するしかなくて。
だから数年後、綱吉に会うためにたまたま遊びに訪れたここで山本を見つけたとき、京子は涙が止まらなかった。生きてて良かった、と。生きていてくれて、本当に良かった―――と。
その再会の際に、山本は言ったのだ。
『こんな事になるなら何度だって好きだって言っときゃ良かった。形振りなんて構わずに好きだって叫んでおけばよかった』

――――と。


「だから俺、そいつにはもうしつこい位に“俺はアンタが好きなんだ”って、言ってた。そしたら酷えの、“お前のその言葉には感情が篭っているのかいないのか分からない”って言われちまって。頭に来たんだけど、そいつ仕事に出る前で、もしここで喧嘩して、そいつが・・その、最後の瞬間に思い出すのが俺の怒った顔だったら嫌だよなって思ったら、笑いたくも無いのに、笑ってて。任務に出かけるまで折角後何十分か残ってたんだけど何か笑ってられる自信がなくてさ、逃げちまった」
どうしようもないよな、と笑う山本の笑顔が小さく見える。不安なのだ、山本も。あんなにも強くて、あんなにも自分を愛しんでくれた相手を突然失ってしまった心は、何かの拍子に弱さが顔を出してしまうのだろう。
それにしても、と思う。山本は話を聞き出すのが上手い。だって、最初に自分の弱さを話されてしまったら、こちらが言わない訳にはいかない様な気がするではないか。
「――私はね、山本君とはちょっと違うんだけど・・・。心配なの、ツナ君は私が何か言っても“でも仕方ないんだ”って笑うから。私には迷惑掛けないとか、そんな言葉が聞きたいんじゃないのに。・・・疲れているなら、辛いなら言ってくれていいのに。私が支えになりたいんだって言いたいだけなのに、それが伝わらないの・・・」
そう、ただ力になりたいのだ。けれど、綱吉はやんわりとそれを拒絶する。そりゃあ危険が付きまとうのは分かっているし、まだ自分は彼にとってそこまでの存在ではないのかもしれないけれど。でも、疲れたときに心休まる場所が、彼が寄りかかれる場所がどこにも無いのではないかと思うと、胸が苦しいのだ。
「ツナは強えから大丈夫だぜ?それに、ツナを危険に陥らせない為の俺たちだ―――アイツ等だっているし」
山本の優しい声がする。最後の方はぼそっと、ちょっと聞き取りにくかったけれど、勿論彼らが綱吉を護るのを第一に考えてくれているのは知っている。けれど、そうではなくて。
「うん、体の心配じゃなくてね、あ、そりゃ体だって心配じゃないわけじゃないよ?でも心の、気持ちの方が心配なんだよ・・でもこんなの、私の独りよがりなのかなぁって思うとね、それも、何だか寂しいの」
「そっか・・」


2人はいつしか背中合わせで空を眺めていた。気持ちが届いてくれない。こんなにも心配なのは、不安なのは、どうしたって相手のことが好きで大切でどうしようもないからなのに。


青い空に大きな白い雲が浮かんでいる。背後の山本の表情は窺い知れないけれど、もしかしたら遠い日に無くしてしまった誰かを思っているのだろうか。
喧嘩したわけではないし、酷い言葉で罵られたとかそんな事全く無いのに。


胸が痛くてたまらなくて、優しい誰かと寄り添っていても、この痛みを治せるのはたった一人なのだと思い知らされて、悲しくなった。



後編に続く。

[*前へ][次へ#]
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!