リクエスト・企画小説
双子編
 平日が誕生日の今年、どちらも彼氏ができた双子は各々デートに気合が入る。・・・いや、気合が入っているのはどちらかといえば妹たけしの方か。
「ナイターだよナイター!!ひばりが並盛ファイターズ戦のチケットとってくれたんだよーーーっっっ!!」
もう一週間も前からこの調子なものだから、さすがに野球好きの俺も少々辟易・・・いやいや。可愛い妹が喜んでいるのだから、兄としても一緒に喜んでやるべきだよな。
 武はテレビのナイター中継を見ながら、妹とピッチャー談義に花を咲かせることにした。
「ローテーションから行けば丁度エース榛名だよな。でも最初に来るか3日目に来るか・・」
「榛名調子いいもんなー。あー生榛名見たら俺鼻血噴くかも」
「女の子が鼻血噴くとか言うなよ・・」
 武の声が耳に届いているのかいないのか、普段と違ってまるで夢見る少女のような妹に、そういう眼差しで雲雀の事をみてやりゃいいのにと思わずにいられない兄だった。


 24日、途中下車ではあるが、ナイターに向かう雲雀とたけしにくっついて武も電車に揺られていた。年上の恋人は勿論今だって仕事中で、『途中で何とか抜け出して飯だけ食いに行くか?』なんて言ってくれたけれど、学生の自分達に学校の授業が大事な物(一応な)であるように、大人にとって仕事は大事な物だと父の背中を小さい頃から見てきて十二分に分かっているから、自分の誕生日くらいでそんなことはして欲しくはなかった。いいよそんなのと笑って見せた武に彼は合鍵を渡して、帰りは送ってやるから俺が帰ってくるまで家にいろと言ったのだけれど―――。
「あ、じゃ俺ここだから」
「うん、気をつけてね」
「おう(って何を)二人とも楽しんで来いよ!」
手を振る二人の乗った電車姿が線路の向こうへ消えてしまうと、武はポケットに入っているザンザスのマンションの鍵を取り出し目の前に翳す。
「・・へへ」
何となく嬉しくて、こぼれる笑顔を隠しもせずに鍵を落とさないようきつく握り締めて、武は大好きな彼の家へと歩き出した。


『一番セカンド川俣』
場内アナウンスの声にたけしは持っていた二つのメガホンを打ち鳴らした。
「いっけー!!川俣ー!!!」
球場のゲートから既に興奮状態だったたけしに握り締められていた雲雀の上着の袖は、よく見なくてもゴムが伸びきってしまっているのが分かる。(握力・・・この間の測定でいくつって言ってたっけ・・・)
自分の右側で声も限りに叫んでいる可愛い彼女を横目で見ながら、自分のプレゼントチョイスは果たしてこれで良かったんだろうかと疑問に思わずにはいられない・・・。誕生日なんだからもう少しロマンチックにするべきだったんだろうか。
「あれ?ひばりどうした?」
「え・・っああ、いや」
初めて生で見る野球選手たちにのぼせ上がっていた筈のたけしが、いつの間にかこちらを見ていて少し驚いた。
「・・・ひばりは野球あんまり見ないもんね。ごめん、一人で舞い上がっちゃってて。でもさー、嬉しいんだもん俺並盛にずっと住んでるのに、野球場に来たのも初めてだし地元選手をこの目で見るのも初めてだからさ!ひばりありがとっ!俺ほんとにほんとーに、嬉しい!!」
頬を紅潮させ、雲雀の手をまたぎゅっと握り締めるたけしからは、全身から喜びの感情が溢れ出ている。小さい頃リトルリーグでピッチャーをしていた彼女の、中学で野球部に入ることが出来なかった時の絶望は、端で見ていた自分にも本当に辛い物があった。いつも元気が取柄の彼女が毎日朝迎えに行くたび、真っ赤に泣き腫らした目をして、なのに自分には泣き言1つ言わず。そんな時、ただ手を握ってあげることしかできなくて、どれ程歯がゆい思いをしただろう。
「君の誕生日なんだもの、これだけ喜んでもらえたら僕も頑張ってチケット取ったかいがあったよ」
ねえ僕は君の笑顔を見ているだけで嬉しくなるんだよ。安上がりな男だって君になら言われてもかまわないから。
「たけしを見てるだけで僕も楽しいよ」
ファンの女性なら卒倒してしまうような流し目を見せながら微笑めば、えーなにそれ、俺の顔が面白いって何気に失礼じゃねー?とチンプンカンプンなことを言ってくれる物だから、雲雀も思わず噴出してしまった。


 猛スピードで車を駐車場に突っ込んでマンションの自室へと急ぐ。こんなときに限ってエレベーターに乗り込んで来る住人は多く、ザンザスは腕時計を見ながら軽く舌打ちした。
 ドアノブを回すと鍵が開けっ放しになっていて、ザンザスは眉間に皺を寄せる。いくらセキュリティ万全が売りのマンションだからと言っても、なりはデカいとはいえ子供一人の留守番、無用心極まりないではないか。軽い頭痛を覚えながら部屋に入れば、案の定点けっ放しのテレビの前、長々とソファに横たわる少年が。
(ちょっと灸を据えてやるか)
無防備な寝顔を晒している武の健康的な肌にそっと指を這わす。くすぐるように円を描きながら唇に触れ、むずがり何かを呟きかけた口に節くれた長い人差し指をゆっくりと差し込む。温かく湿った口腔内、舌に、上あごにと確かめるように指を動かし、幼さの残る表情が驚愕に変わる瞬間を決して見逃すまいとニヤニヤしながら見下ろしていたザンザスは、突如として目を見開いた武に噛み千切らんばかりの勢いで指に歯をくっ立てられた!
「・・・った!!こら馬鹿起きろおれだっ!!」
目は開いている物の一向に噛む力を緩めない武に、コイツもしかして寝ぼけているのかと耳元で叫ぶザンザスに、ぱちぱちっと目をしばたたかせたと思うと、口から離した指とザンザスを見比べて一言。
「きゅうりかと思った」
あはははごめんなー俺腹減ったのなーと、全く悪びれる事のない武に、眠っているこいつにいたずらでも大事な所を銜えさせたら再起不能だなとザンザスが歯型のついた指を見つめればしっかり内出血していて、知らず背筋に冷や汗が伝うのだった。


 試合は8回を終わって1−0。投手戦となった今日の試合、9回の表で、並盛ファイターズは相手ピッチャーのエース青木を捕まえた。速球派の青木は開幕から調子が良く今までの3戦全て先発完投勝利している。今日も1点勝っているこの試合、このまま点が入らなければお立ち台へと上がる予定だったが、そうは問屋がおろさなかったらしい。
 最初のバッターが内野のミスで出塁した後、たけしが大ファンのピッチャー榛名がバントできっちり送って1死2塁となったところで、点に結びつかないまでも今日は4打数3安打と当たっている一番川俣の登場に場内が歓声に包まれた。
「いっけーーーッ!!川俣ーーーッッ!!」
たけしの大声がきんきんと鼓膜に響く。もともと声大きいんだからメガホンなんて要らないだろうと思うがそれはそれ、やはり気分的なものがあるらしい。
「今日は当たってるからな!お前が打たなきゃどーする川俣!!」
先程から呼び捨てで友達かい?そう突っ込みたい所ではあるが、興奮を通り越して殺気立ってすらいるたけしに流石の並盛最強風紀委員長ですら怖くて何も言えず。
 カウントは2ストライク1ボール。ピッチャー青木が二塁を視線で牽制しつつ、バッターの川俣を見据えてノーワインドアップから速球が放たれた。
「そこだーーーっ!!!!」
「うわっ!!」
たけしのその女の子とは思えぬ握力で雲雀の胸倉が掴まれたかと思うと、力任せに前後に揺すられガクガクする視界に脳みそがずれる恐怖を味わって、頼むから落ち着いてくれとばかりに手を掛けた雲雀の前。
 踏み込んだ左足、回転する腰と長い腕。ライトを浴びて輝くバットの先から高々と上がった白いボールが弧を描きながら、吹く風にも後押しされてグングン伸び、外野席下段へ吸い込まれ。
「や」
「・・入った」
審判は大きく手を回し、マウンド上の青木は帽子を目深に被り噛み締めた口許はとても悔しそうだ。
「や」
「すごいな」
「やったーーーーっ!!!2ランホームランだーーーっ!!!」
ダイヤモンドを腕を振り上げてゆっくり駆ける川俣に興奮しきったたけしが立ち上がるよりも早く、応援席はまるで海鳴りのような歓声に包まれた。普段ならばこんなうるさい所からはさっさと帰る雲雀だったけれど、喜びを隠せず緩みっぱなしの顔のまま自分の二の腕をばしばし叩いている彼女を置いて行く事は出来ず、何より自分の目の前で放たれた素晴らしいホームランに自身も興奮が隠せずに。
 エース榛名がしっかり3人を討ち取って締めくくった試合の後、川俣のヒーローインタビューを雲雀も武と同じように黙って両手を膝の上ぎゅっと握り締めたまま見つめて。
「たけし、僕またナイターのチケット取るから」
「ええ?いや嬉しいけど別に無理しなくても」
「全然!」
日舞とたけしと並盛町の治安維持しか興味のない彼氏が、まさか野球に嵌ってしまったなど思いもしないたけしは、俺ってば愛されてんのな〜とほくほくしながら、今日のホームランシーンを思い出して何処か目をキラキラさせている愛しい彼氏の腕に、そっとメガホンを持ったままの手を絡ませるのだった。


 背の高い恋人が、捲れたシャツの袖を下ろすしぐさを毛足の長い絨毯の上ペタリと座り込んで見ていた武は、その武の背後のソファからザンザスが長い腕を伸ばして取ろうとするネクタイを、思い出したように奪い取った。
「こら」
少しだけ会社を抜け出してきてくれたザンザスは、武の為にパスタを茹でてくれた。スーツが汚れると悪いからとソファの背に放られた上着とタイ、それを見たとき頭の中でとあるシーンがひらりと思い出されてしまった。
「俺にさせて」
ザンザスの首にしゅると巻きつく絹。
「・・・できるのか?」
「俺の学校はブレザーにタイ着用」
「・・・・着てるとこ見たことねえぞ」
「だってめんどくせーもん」
答える武は、いつも笑顔のこの子供にしては珍しく膨れているようだ・・・何となく、ではあるが。
(気のせいか?)
器用に輪を作る長い指を眺めていると、ポツリポツリ話し始める。
「この間ザンザスと街中で偶然会った時、隣の座席に乗ってた秘書みたいな女の人がネクタイ曲がってますよって、直してただろ」
「そんな事あったか?」
「・・・・あったの。車の中で何してたのか知らないけど」
「車に乗ってたんなら仕事だろ」
「・・・そうな。けど、ネクタイくらい俺だって直せるんだぜ」
少し不機嫌そうに、こころもち眉間に皺を寄せながら。・・・・もしかして、もしかしなくてもこれは焼きもちを妬かれているのだろうか。この子供のことだから自分ではそうと自覚していないのかもしれないけれど。ちょっと待て、これは少し、いやかなり、アレな気分じゃないか?
「ほらでき」
た、と手を離そうとした武はいつの間にかザンザスの広い胸に抱きしめられいて。
「今後ネクタイが曲がっていようがなんだろうが他の人間になど触らせん」
「は?」
「そのままお前のところに直行する」
「いやそれ無理じゃね?」
ははと笑った武に、すかさず口付けて。
「親父には電話してやるから今日は帰るな」
キス以上はしないよう我慢するから。そう言って武の結んだネクタイをさっさと解くと、ケータイで呼び出した秘書に向かい「今日の仕事は終わり」と言い捨てブツリと電源を切ってしまう。
「い、いいのかよ」
戸惑いながらもぎゅっとシャツを握り締めて来る子供が、ザンザスはもう可愛くて可愛くてどうしようもなくて。
(願わくば保ってくれ俺の理性よ)
「いいんだ」と抱きしめる腕に力を込めて、ザンザスの返事に喜びを隠せない武と共に絨毯の上に寝転んだ。


 翌日二人仲良くナイター話に花を咲かせて登校する雲雀とたけしの前を、どこかやつれた顔をしたザンザスの車から喜び一杯で跳ねるように出てきた武を見て、一体何があったんだろうと顔を見合わせるさわやか中学生カップルだった。




 ちょっと長くなりました・・・。二つのカップル書くとやっぱり一本のお話分の長さになっちゃいますね・・・。プレ武誕ラストのお話です。後は当日お祝い話を。

 

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あきゅろす。
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