リクエスト・企画小説
親子編
 山本武6歳は小学生になるとすぐ地元のリトルリーグに入った。野球好きの父剛が少しばかり泣き虫な息子を心配して、心身ともに鍛えられて来い!と商店街の仲のいい八百屋のたっつんの口利きで入れてもらうことが出来たのだ。
 運動神経はそこそこの武だったが、なんせ初めて扱うグローブにバット。転んで膝小僧をすりむいてべそかいたり、キャッチボールの球がすっぽ抜けて、相手のおでこにたんこぶをこさえてしまったと剛と謝りに行ったり。そんなことをしているうちに日々は過ぎ、その日を迎えたことなどすっかり武の頭からは消え去っていた。


「武誕生日おめっとさん」
埃まみれのユニフォーム姿のまま竹寿司の暖簾をくぐると聴こえてきた威勢の良い声に、エラー続きでちょっぴりしょぼくれていた目を見開いた。きょとんと薄茶の目をしばたたかせ小首を傾げている可愛い息子に父はニカッと笑って見せて、武の短い髪をわしゃわしゃかき回す。
「わっ!父ちゃんなんだよっ」
「その調子じゃ今日が何月何日でなんの日かって全然わかっちゃいねーな?」
今日?今日は4月のにじゅう・・・
「あーーーーっ!!」
やっと思い出したか?武の顔を覗きこんで顔をほころばせる剛に何度も首を上下に振って。
「わかったなら母ちゃんにちゃんと挨拶して来い。手洗ってな」
優しく背中を押されて振り返りざまへへ、と笑えば剛が目を細めて頷いていた。


 スパイクを脱いで洗面所で手と顔を洗った武は、居間の仏壇の前、母の写真に父が毎日するのを真似て手を合わせる。
「かあちゃん、守ってくれてありがとう。武も7歳になりました!」
大好きだった母が交通事故で亡くなってからこの一年半、事あるごとに父は『こういう事ってのは続いたりするもんなんだ。母ちゃんが守ってくれてるとは思うが、武も充分気をつけるんだぞ』と注意を促し、横断歩道を青信号で渡るときでさえ、左右確認を怠らなかった。
 母のおかげか父のおかげかは分らないけれど、とにかく無事に今日という日を迎えられた事は、父にとっても武にとっても、とても喜ばしいことで。
「これからも俺のこと見守っててね」
武は優しく微笑む写真の中の母に、とびっきりの笑顔でもって語りかけた。


 店に出ると父がテーブルに腰かけ、こちらを見て手招きしている。店履きの大人用の大きな雪駄を引きずりながら駆けて行けば、ほいきたと脇から抱えられ、父の膝の上に座らせられた。
「わー、父ちゃんに抱っこされんの久しぶり!」
喜んで見上げれば、ぎゅうと抱きしめられて、凄く久しぶりのその感触がとても嬉しくて、甘えるように腕に顔をこすり付けてみる。
「ごめんな武、忙しくって父ちゃん、こうやってお前のこと抱っこもしてやれなくてなぁ。おまけにケーキも作ってやれねえし」
額に顎鬚がちくちく当たってちょっと痛いけれど、嬉しいから我慢する。いいんだよ父ちゃん、甘盛屋のケーキだって充分美味しいし、母ちゃんがいなくなっちゃって寂しいのは同じなのに、父ちゃんは店も家の中の事も全部頑張ってんだもん。だから俺、泣き虫辞めたんだぜ。いつか父ちゃんを支えてやれるくらい強くなりたいから。
「父ちゃん、俺も父ちゃんの事抱っこしてやるよ」
「武・・」
「俺7歳になったんだもん、甘えてなんかいらんないのな!父ちゃんが寂しい時は今度は俺が抱っこしてやるからな!」
「へへ・・・コイツ、いっぱしの口聞きやがって〜」
額をあわせて擦りつけられる大好きな父の匂いに、武は俺もするとばかりにまだまだ子供の柔らかなおでこをぐりぐりとこすりつけて二人で笑いあった。


 大きな父と小さな息子は、父剛作のケーキ型ちらし寿司を食べさせあいながら二人きりの誕生会をし、その後も店が終わるのを待って二人一緒に風呂に入り、そして二人一緒の布団の中寄り添いあって眠った。
 そんな二人を夜空に輝く星だけが、キラキラ小さく瞬きながら見つめていた。



 母亡き後の誕生日、でした。原作の武の母ってどうなんでしょう。いるのかいないのかすら、ハッキリしていませんが、絶対美人だと踏んでおります!!

[*前へ][次へ#]
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!