リクエスト・企画小説
12月16日
『呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃ〜ん、でござる』


一体どっから仕入れた知識なんだか、雨月は煙と共に現れた。
別に呼んでもいないんだけど、ちょっと人と話したい気分だったから丁度いいや。
「なあ雨月」
『なんでござるか?』
「雨月は、誰か好きなひと、いた?」


昨日色んなことを考え過ぎて知恵熱を出してしまった俺は、今日学校で服装検査をする雲雀の顔を見たとたん、足が勝手に回れ右をしてしまい、なんとSHRの始まる時間まで部室から動けずにいた。
一昨日の流星群観賞のときのアレが、どうにも後をひいていてまともに顔を見ることが出来ない。
はっきりしないのは嫌いだけど、はっきりして落ち込むのも嫌だなんて、俺ってわがまま・・・。


『その質問をそもそも私にする時点で間違っていると思うが』
雨月が微笑みながら、俺の頭を撫でた。優しいてつき、白くてたおやかな指先は、まめだらけの俺の手とは正反対。
「え」
『なんせ私はGに言わせると朴念仁らしいのでな』
「朴念仁・・・?」
『ええ』
雨月はそれきり、ニコニコ微笑むだけで何も教えてくれなかった。
後で朴念仁の意味を調べたけど、“頭が固く、物わかりが悪いひと”と辞書には出ていて、俺の知っている雨月とは到底かけはなれていると思ったんだけど、古い付き合いのGが言うのであれば、俺の知らない一面があるんだろうな。
もしかしたら、雨月は辛い恋を経験したのだろうか。だからあんな風にはぐらかしたんじゃないんだろうか。
だとしたら、俺は雨月に酷なことを訊いたのかもしれない。


ごめん雨月・・・。


うとうと眠りかけた頃、竹林を渡る涼風のような雨月の気配がした。
静かに、朗々と、詠うように。横になった俺の耳に、それは子守唄のように優しく心地好く、少し寂しく。


『その人は激しい内面を持っていたが、心根は優しい人でござった。異国の地で郷里を懐かしみ沈む私の隣に座り、フルートを吹いてくれるような人でな。
・・・しかし時代が、彼を優しいだけの人間でいさせてはくれなんだ。
彼には兄がいた。弱き者に優しく、人望もあり、人間的にもすぐれた兄でござった。彼は兄を尊敬していたが、すればするほどに兄の影に押し潰されてしまいそうだと時折こぼしておいでだった。
そうして余りに強大な影に飲み込まれまいと抗い身を投じた先は、兄やその仲間達が最も嫌った暴力の世界・・・。
私はなんとしてもお止めしたかった。何度も言った。あなたが本当に望んでいるのは、暴力に身を置くことではないはず、と。
しかしその彼こそが、本当は苦しんでいたのだ。
では、どうしたら兄を超えられるか教えて欲しいと詰め寄られ、私には何も言い返せなんだ。
そしてこんなことになって初めて、私は彼への想いに気付いたのだ。
本当は優しいのに誤解されがちな不器用な人だが、そんな彼が心から愛しいと。
だが『ならばお前、俺と共に来るか』と差し出された手を、何度も迷いながら、ついぞ私は受け入れられなんだ。
私と彼の志は、随分前から袂を別っていたからだ。
私たちは彼の手で国外へと追いやられ、思いがけず私は日本へ帰る運びと相成った。
お前がアイツの傍にいてやれば、何かが違っていたかもしれないとGにはよく言われもうしたが、違っていたかもしれないし少しも変わらなかったかもしれない。それは誰にもわからぬこと。
――なのにそうして自分を納得させながら一方で常に・・・そう常に、私の心はあの人を思い、後悔の涙をこぼしていたのだ。愚か者だと笑えるであろう?
けれど思わずにいられないのだ。あの人と共に苦しみに身を投じていれば、せめてあの人の魂くらいは救ってあげられたのではないかと。
いまでも、あの時どうすれば一番良かったのか迷わぬことはない。
山本武、お主には死んだ後までこのように思い悩んで欲しくは無いでござる。
結果はどうあれ、それが一番正しかったと思えるよう、己の気持ちに正直になられよ』


ふ、と目を開けた時には、そこには涼風の名残すら無かった。
けれど雨月が言いたかったことは何となく伝わってきた。


後悔だけはしないように。


明日学校に行ったら、雲雀に聞こう。あの夜の口付けの理由を。
そして伝えよう。女の子に告白されただけじゃ動かなかった気持ち、そこには雲雀がいつもいたことを。


言ってしまおう。雲雀が、好きなんだと。






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あきゅろす。
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