リクエスト・企画小説
燕様リク pieces
 まだ冬は明けないが、珍しく晴れわたったイタリア、ボンゴレ邸の窓からの温かい日差しを燦々と受けたその部屋で、山本武はいつものように微笑んでいた―――。




  「原発性悪性骨腫瘍」

 山本がその病気に倒れたのは一ヶ月前のこと。その随分と前から『なんだか膝が抜けるような感じなんだよなぁ』と困ったように笑っていた山本に、痛いのなら早く病院へ行けと言っていたのは獄寺だった。
 が、ボンゴレファミリーは抗争中のジェノベーゼ一家とガンビーノ一家の仲介を買って出ていた所で、幹部である山本が病院など行っている様な暇はなく、結局そのことで山本の病気は進行が進み、手の施しようがなくなるまで誰にも分からなかった。



「あ、ひばりお疲れ」

 仕事の報告に綱吉のいる執務室に寄ったその足ですぐに、守護者のため宛がわれている棟の山本の部屋に訪れた雲雀は、昨日までは無かった筈の、ベッド脇の小さなチェストに飾ってある甘やかな花に目を移した。

「それな、今日ヴァリアーの奴らが持ってきてくれた」

 別に花の束はそれだけではなく。山本が病気になってからというもの、何処から聞きつけてくるのかひっきりなしに見舞いの客は訪れ、花や果物、果ては何故かぬいぐるみまでが、もともとの殺風景な部屋を飾っていた。

「君の人望の厚さには辟易するよ。これじゃ眠っている暇もないね」

 あきれたように薄く笑う雲雀に、はは、と山本も笑顔を見せる。

「・・・僕にまで無理に笑って見せる必要は無いよ」

 少しだけ肉の削げ落ちた頬に手を伸ばすと、猫のような仕草でそれをすりつけて山本は微笑んだ。

「無理なんて、してねぇよ」

いつのまにか肺にまで転移していた癌。『化学療法で進行を遅らせる』と説明する医師に、延命治療はいらないと言ったのは山本だった。
 もって3ヶ月、そう聞いてしまえば殺風景な冷たい病院で只死ぬのを待っているなんて冗談じゃないと、山本は止める綱吉をも振り切って自分の宛がわれている部屋に戻り、時折ふらりと執務室に顔を出したり天気のいい日は庭に出て部下と談笑したりといった日々を過ごしていた。
 けれど最近はモルヒネを飲む間隔は徐々に短くなっており、少しずつ呼吸もつらくなってきているらしく、一日の大半を部屋で過ごすことの方が多くなっている。

「・・・笑って、いたいんだ」

 少し前に、山本が言った。山本の病名を知っているのは当主である綱吉と守護者、そしてヴァリアーの5人のみ。けれど噂を伝え聞いてこの部屋を訪れる皆は(山本は見舞いの客を絶対に断らないから)一様に今の山本を見て言葉に詰まった。

「けど、俺が笑ってると皆『お前は大丈夫』って言ってくれるからさ」

 何をして大丈夫だと言うのか・・。それでも雲雀にも漠然と、彼らがそう思ってしまう理由がわかってしまう。みんな、山本ならば、と思いたいのだ。彼は、病気に負けたりしないと、きっと大丈夫と。



 ―――以前沢田綱吉が言ったことがある。

 『もしもこの世界が、誰かの命と引き換えに助かると聞いたとして、俺はやっぱり誰かが手を上げてくれることを待ってしまうと思うんです。でも、山本ならそういう時『じゃ、俺が行くぜ!大丈夫何とかなるって』って、笑って肩を叩いてくれる気がする。山本は、俺にとってのヒーローなんです』

 彼の笑顔は誰もを安心させてしまう。だから忘れてしまうんだ。僕達と同じ人間なんだということを・・・。
 雲雀が一日の終わりにこの部屋を覗くと、煌々と明かりのついた中で、痛みに掻き毟ったのか咽喉や胸の皮膚が薄く破れ血が滲んだまま、失神したように眠っている山本に出くわすことがある。そんな時、笑顔の裏でどれ程苦悩し、泣いているのかとその胸中を思わずにはいられない。それでも自分に出来ることは、その傷口を軟膏とガーゼで治療し、山本が目覚めるまで傍にいて手を握っていることくらいしか・・・無い。

「あのさ、ひばり。俺こんなことひばりに頼むの本当はすげー嫌なんだけど・・」

 おもむろに口を開いた山本に、雲雀は目を細めてその顔を見つめる。

「なに?」

「うん・・あの、さ。俺は死んだ後の俺の骨、海にでも撒いて貰えればうれしいんだけど、親父の墓、日本にあるだろ?」

「・・・そうだね」

「・・俺が死んだら、親父の墓守する人間がいなくなっちまうのな。・・・けどさ・・無縁仏にはしてやりたくないんだ・・」

ツナに言ったら、泣かれちまって・・・。

「わかってるよ。僕がちゃんと面倒見る。君は何も心配しなくていい」

 自分が居なくなったときの事まで心配する必要なんて、ないよ。雲雀の返事に安心したらしい山本は、そのまま目を閉じる。その目の下にははっきりと分かるくらいの隈が出来ている。
 『もって3ヶ月―――』今更ながら、山本の命の終焉が近づいているのだ、と雲雀は目を閉じて深く息を吸った。胸のうちの悲しみを彼に悟らせないために―――。



 その日は朝からとても冷え込んでおり、霧の多いこの地方だったがボンゴレの屋敷一帯は一面の雪に覆われていた。
 冷えて体調が悪化すると悪いからと、任務に赴く寸前まで心配していた雲雀に言われていた獄寺は、足元に入れてやろうと湯たんぽを手に持ってその山本の部屋をノックした。

「・・・?おい、どうした具合悪いのか?」

 返事が無いことにいぶかしんでドアを開けると、部屋の中は花の甘い香りが漂うだけで、その部屋の主の姿は何処にも見えない。

「・・・・え・・?」

 チェストに湯たんぽを置いてシーツを探る。まだ少しだけぬくもりを感じる―――気がする。どうした、トイレか?トイレに行ったのであればすぐそこのドアから顔を出すはず。獄寺はいてもたってもいられず、ドアに手を伸ばした。

「・・・・・・くそっっ!!!」

 もぬけの殻のその場所を素早く後にして綱吉の元へと走る。
(くそっ目を離すんじゃなかった・・・!!)
バタバタと足音を立てて広い廊下を走りぬけ、すでに起きているであろう自分の当主の姿を二つ目の角を曲がった執務室の前で見つけ出し、獄寺は叫んだ。

「10代目!!あの馬鹿がいません・・・・っっ!!」




「悪いが兄さん、この先は車は入れねぇわ」

 タクシーの運転手が後ろに座る山本を振り返った。山の麓にある小さな街を抜けて雪の深い道路へ差し掛かったときだった。

「・・・ああ、いいよここで。悪かったな朝早くから」

山本は上着のポケットから財布を出すと、その財布ごと運転手の手の中にポンと収める。

「に、兄さん?」

「お礼だよ。こんな所まで送ってもらったんだ。あんまり入ってねぇけど、帰りのガソリン代分くらいのイロはつく筈だ」

 自らの手でドアを開けると雪の降りしきる山の中へ分け入っていこうとする。「兄さん!危ないよ!」そう叫ぶ運転手の声を後ろに聴きながら、山本は一歩、また一歩とゆっくりとした足取りで、この冬未だ誰も足跡をつけていないその山の中に姿を消していった。



「屋敷内にいる者を総動員して山本を探すんだ!」

 朝早い時間だったせいで、連絡を受けてこちらに向かっている最中の者が殆どであり、その者たちも昨夜から降り続いた雪のせいで交通渋滞に巻き込まれ、屋敷の中にいる者はホンの十数名だった。
 おまけに守護者は獄寺を残して皆出払っており、綱吉の心はあせるばかり。
(はやく・・早く見つけないとあんな体じゃ・・・!)
ヴァリアーに連絡を取り、山本の捜索を一緒にして欲しいと頼んだボンゴレ10代目の願いは、ザンザスによって無下に断られた。

『死に場所を探しに行ったんだろ』

 ブツリと切られた電話を握り締めて、その言葉の冷たさに綱吉は自分の体が震えているのがわかった。けれど、それが憎しみのせいなのか、哀しさのせいだったのかその時の綱吉には分かるはずが無かった。

「・・・いいのかぁ、刀小僧を探さなくて」

 一人掛けのソファに長い足を組み、頬杖をつきながら大きな窓の外、降りしきる雪を眺めていたザンザスにスクアーロの遠慮の無い声がかかる。

「死に方くらい自分で決めてぇ―――俺ならそう思うだろうな」

 ボソリとそう呟いて、ザンザスはもう興味は失ったような顔を執務机の上に向けた。そこには先日山本を見舞った時に手渡されたオレンジが、艶々とした健康的な光を放っていた。




 どれくらいの距離を歩いたのだろうか、視界が悪いのは決してこの雪のせいだけではないはずで、何度も山本は雪に足をとられ躓き転んだ。
(もう、ここら辺でいいかな・・・)
 大きくせり出した、きっと岩の上にでも雪が降り積もったのだろうそこに、山本は既にかじかんで力の入らなくなった体をドサリと凭れさせた。寒さも痛みも息苦しさも今はもう感じない。
 
 ―――ああ、死ぬ時というのは何て静かなんだろう。

(変なの、ちっとも怖くなんてねぇのな)
父も母も亡くなっている自分に心残りがあるとすれば、綱吉達に黙って来てしまったことだけ。けれど、その他には何も思い残すことなんて無い。
 野球部で成績を残し、プロになることもできた。ファミリーの一員として、綱吉を一所懸命護って来た。雲雀を好きになって、愛されて、与えるだけじゃなく与えられる心があることも知った。
 
 ―――ずっと、笑っていられた。

 見舞いに来てくれた誰もの中に笑顔の自分を遺して行ける、もうそれだけで充分だった。
(いつか、誰かがふと俺を思い出したとき、苦しんでたりつらい顔なんて嫌だもんな)
あいつはいつも笑ってた――俺を思い浮かべてそう言うそいつにも、笑っていて欲しい。
(雲雀、雲雀・・あんたのおかげで、ずっと笑っていることが出来たんだぜ・・・。ほんと、ありがとうな・・)
 無様なトコ沢山見せたけど、ずっと傍にいて手を握っていてくれた、その温かさだけ胸に抱えて俺は逝くから。けど、あんたはまだこっち来たらダメだぞ。あんたには親父の墓を守ってもらわなきゃならないんだからな・・・。
 風が強くなってきたような気がする。もう何の音も聞こえないと思っていた山本の耳に、低く甘くそして優しく自分の名前を呼ぶ雲雀の声が、風のうねりの中でかすかに聞こえたような気がした―――。



 ボンゴレ邸からの呼び出しでタクシーを一台手配したというタクシー会社の証言を得て、山本の足取りを掴んだ綱吉たちが山本が消えて行ったという山を捜索して数時間と経たぬうちに、山本の亡骸は見つかった。
 それは凍死したというよりは、命の灯火がそこまでだったというような、そんな死に方だった。
 自分よりも大きな山本の体を両腕で抱き上げると、その体はとても冷たく、そしてとても軽く感じられて綱吉は溢れ出る涙を止めることができなかった。
 その日の夕方、連絡を受けて任務先から急遽引き返してきた雲雀は、ひしめく部下達に大丈夫かと声を掛けられながら山本の安置されている部屋に入ったが、まるでそうなることがわかっていたかのように一切取り乱したりはしなかった。
 ベッドの上には死化粧を施された山本が、ひっそりと横たわっている。雲雀は山本の脇に立つとそっとその頬に触れた。いつも自分の手を、体温が低いと言っては温かな両手で包んでくれていた陽だまりのような笑顔はもうそこには無い。

  それでも、それでもなお僕は君を―――。

 冷たく、既に硬くなってしまっている少しこけた頬に雲雀は最後の口付けを施し、『やっと、僕だけのものになったね』と一言だけ呟いた。



 その後、山本の遺言を守ることなく雲雀は荼毘に付した遺骨を日本に持ち帰り、父親の眠る墓に一緒に納骨したという。そして彼の眠る並盛の地を守ることに生涯を費やしたそうだ。




     おわり

 燕様リク『山本大怪我or病気』・・・つか、死にネタになっちゃってる・・!!私以前『死にネタ』だけは絶対書かないとか言ってなかった・・!?山本って死ぬときも笑っていそうだなぁーなんて思ったところから、病気〜死まで一気に行ってしまいました・・・燕様ごめんなさいっ(><)きっと甘いお話をご想像なさっていたことでしょう。かくなる上は切腹・・・!!タイトルはラルクから。そして作中のツナの言葉はミスチルの『ヒーロー』から貸していただきました。 

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あきゅろす。
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