リクエスト・企画小説
チョコレートパラダイス 1
 正月も明け、冬休みも終わって、世の中が平常を取り戻した頃、嬉々としてそいつはやって来る。
「もうすぐバレンタインかー」
学校帰りにスーパーへ立ち寄った武とたけしの双子の兄妹は、赤とピンクに彩られたお菓子コーナーの一角に足を止めた。
「今年も手作りすんのか?」
一枚78円の板チョコを手にした隣の妹を武はやや見下ろす。
それこそ中学生になる前から、幼なじみに毎年2月14日にチョコをあげていたたけし。
当時は特別な意味は無かったようだが(同情的なものはあっただろうが)、やはりきちんとお付き合いするようになった今、気合いの込めかたは違うだろう。
「・・・今年は受験があるから、応援もしたいな」
「あ――あ、そうか」
ポツリとこぼしたたけしの柔らかな焦げ茶色の髪を、武はポンポン軽く撫でるように叩いた。


 たけしの恋人雲雀恭弥は、並盛では知らない人はもぐりと言われるくらいの有名人だ。
藤間流の流れを汲む日本舞踊雲雀家の跡取り息子で、日本一の女形と謳われた祖父雲雀藤五郎の名を近年中に襲名できるだろうとその評価は高い。
公演が決まれば、流し目王子の舞台を一目見んとチケットセンターは長蛇の列が出来、彼の写真が載った雑誌は月の半ばには本屋から姿を消す。
そんな中、雲雀は来春から並盛を離れて埼玉の高校に通い、本格的に踊りの道へ進むことを決めた。
『ここにいては学べない物を、踊り発祥の地で直に触れて来るんだ』
静かな闘志を燃やす幼馴染を、武は頼もしく思わずにはいられなかった。
けれど恋人であるたけしは、それだけではないのは至極当然だろう。
なにせ側に居られるのは、今年が最後になってしまったのだから。


 それでもたけしは寂しさなどおくびにも出さずに、雲雀を応援していた。そんな妹の健気さが、兄には少々切なく映る。
「頑張れって、伝わるようなチョコにしたいなあ」
ほんのり微笑んだ妹の胸の痛みは、一卵性の双子故か、ダイレクトに武に伝わった。
「うん、そうだな」
殊更に明るい口調で同意を示そうとした武は、しかしとなりの妹の更に隣でこちらを見ている少年とバッチリ目が合って、口を半開きにした間抜けな顔で黙ってしまった。
学生服を着た少年は、少し癖のある髪を跳ねさせ、耳に青いピアスを付けている。みたところ自分と似たり寄ったりの年代のよう。
いつまでも視線が外れないので首を傾げたら、ハッとしたように一瞬頬を赤らめた。
「あの・・・!」
「はい?」
「さっき言ってた“頑張れって伝わるようなチョコ”ってどんなの?!」
「え?」
唐突に話し掛けられ、戸惑いがちに見た彼の手元には、たけしと同じ数枚の板チョコが。
もしかして、流行の逆チョコって奴だろうか?
「えーと・・頑張れって言ってあげたい人が居るの?」
たけしが尋ねれば、少年は『うっ!』と口ごもり視線をウロウロ彷徨わせた後、顔を赤くしながら頷いた。
「俺の好きな人が・・・学校卒業したら演奏家として世界に出るんだけど・・・。やっぱ厳しいだろうし、辛いこととかも一杯待ってると思うんだよ。でもやり始めたら絶対弱音なんか吐かない奴なんだ・・!だから俺、遠く離れたってちゃんと頑張れって応援してるって伝えたいんだ・・・!」
チョコを握る手に力が入ったのが判った。余程大切な人なんだろう。恋人だろうか?それとも片想いの相手?これだけ想われる相手は幸せものだ。
それにしても、世の中ってなんて狭いのだろう―――結構同じような想いをしている人っているものなんだ。
たけしも同じように思ったのか、何となくジ〜ンとしているよう。
「・・・そっか。うんとさ、まだどんなのにしようか考え中なんだけど、もし良かったら一緒に作る?」
たけしが言うと、彼の顔がパアッと明るくなった。
「本当か?!」
「うん、いいぜ。チョコ作り、人数が多い方が楽しいし、同じ目的があると俺も頑張れるし!」
ニッコリ笑ったたけしが、手にしていたチョコを売り場に戻し、取り敢えず住所と名前と電話番号を交換しようとした、まさにその時。


「感動したーーーーっ!!」


「「「うわっ!?」」」


 突然ガシッと三人まとめて抱きしめられて、驚いたたけしは危うく相手を殴りそうになった。
その相手は、綺麗な青い瞳に何故か感極まった涙を浮かべている。
「偉い君たち!!」
「あ、あの」
「俺なんてカオルちゃんはドーナツ屋さんだから甘いものなんか食べ飽きてるだろうしチョコはチロルでいっかーとか考えて・・・毎日働いて俺を養ってくれてるカオルちゃんにこそ、感謝の気持ちを表さなきゃならなかったっていうのに・・・!エライッ君たちはこんな若いのに何てエライんだーーーーーーーーっっっ!!」
「あの、あの」


感動してるのは判ったからとにかく離してくれ。


 息が詰まりそうになり青い顔をしていた三人に、漸く気付いてくれた青年は、ゴメンゴメンなんて笑いながら腕を離した。
「・・・ああ、苦しかった」
「一瞬花畑が見えたぜ・・・」
やっと一息つけた三人にサッと手を出して。
「俺は西隼人。チョコ作り、俺も混ぜてくれ」




 大きな手で武の手を握りブンブン振りながら握手する子供みたいな笑顔を見てしまったら、ダメですなんて言える訳がない。
「――ていう訳だからさ、相馬空海って奴と西隼人さんて人を入れて総勢五人になったんだ。こまちさん平気?」
武は電話の向こうの柔和な笑顔を思い浮かべた。


 “こまち”とは、父の行き付けであり、雲雀家御用達の和菓子屋『菓子輔小町』の娘さんである。
幼い頃から顔見知りではあったが交流が出来たのは中学生になってからだ。
物静かな彼女とは正反対の活発な姉まどかと、山本家の娘たけしは大変うまがあったらしく、たまにまどかの愛車にタンデムさせてもらっている。
秋元家妹こまちの方は、闊達で面倒見の良い兄武と相性がよく、たまに彼氏に作るお弁当の作り方を享受してもらっていた。


 そんな関係で、バレンタインも一緒にと言っていたのだが。
ふふ、穏やかな笑い声が心地好く耳を擽った。
『私は全然構わないわよ?皆で作れば楽しいもの』
「良かった!こまちさんなら、そう言ってくれると思ってた」
『詳しいことが決まったら、また連絡ちょうだいね』
「りょうかい」
じゃあお休み。
挨拶をして電話を切ったら、風呂から上がったたけしがほんのり色づいた頬を機嫌よく和らげて近付いて来た。
「大変そうだけど、なんか楽しみだな」
「そうだな。湯冷めしないように頭しっかり乾かして電話しろよ」
「はーい。武はこれからザンザスさんに電話?」
「いや、ザンザス明日早いって言ってたから、俺も今日は寝るわ」
「そっか、お休み」
「お休み。長電話にならねえようにな」
部屋に入るなり聞こえて来た、妹の甘えた声。冷えた廊下が二人の会話で暖まり、父が驚くんじゃないだろうかと武は布団の中で一人笑う。


 何はともあれ、2月13日の日曜日、山本家のキッチンは賑やかになりそうだ。





つづく
バレンタインに向けて、Dear mineヒロインズのチョコレート作りがスタートしました
武&たけし→リボ双子ヒバザン山
こまち→プリ5しろこま
空海→しゅごイク空
西→フレプリかおる西

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あきゅろす。
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