リクエスト・企画小説
梅の子様リク sweet リベンジ
ガツンガツンガツン
ボンゴレ邸内の長く広い廊下に重たい靴音が響き渡る。そのボンゴレ邸の当主である沢田綱吉の執務室をノックもせずに大きな音を立ててドアを開け、『冥府の王』『怒りの獅子』など恐ろしげな異名がこれほどまでに似合う男ザンザスは、深く息を吸い己の仕えるドン・ボンゴレに女子供であれば震え上がってしまうその声で自分の物のありかを尋ねた。
「アレはどうした」
重厚な椅子に腰掛け書類に目を通している綱吉は、少しだけ愁いを帯びるようになった顔を上げておかかえ暗殺団の首領、ザンザスの顔を見やる。
「まずは、お疲れ様。あなたの御蔭で何の支障も無く、無事に交渉は済みました」
後ろ隣に控えている獄寺にその書類を渡し、そっと目配せして彼を呼ぶように促す。
「・・・アレ、の話なんですけど、今やっと治療が終わったばかりなんであんまり虐めないでやって下さいね」
どっかりと綱吉のまえのソファに腰を降ろした屈強な男を見据えて釘を刺す。と、その噂されていた人物が静かにドアを開けた。
「よ!ザンザス お疲れ」
治療が終わったばかり―――そう言われた山本を顔を上げジロリと見やれば、そのザンザスの顔色が僅かに変わったような気がして綱吉は顔に出さずとも「へぇ」と驚いた。
「・・・何だその格好は」
「あー・・・ははは。んー・・・と、なぁ?」
山本の顔はところどころどす黒く腫れ上がり、両手の手首から指先まですっぽりと包帯で覆われていた。
「・・これでも、随分マシになったんだぜー・・・?」
言い難そうに口端をゆがめてはははと眉根を下げると、包帯でガッチリ固めてある手で、それはそれはやりずらそうに首を掻こうとして「いてっ」と小さく呟いた。
チッ、ザンザスは小さく舌打ちしていきなり立ち上がると、山本の自分よりは幾分細いその身体をおもむろに担ぎ上げ足早に立ち去ろうとする。
「ぅわっっ!?イテテテ ザ、ザンザス!?」
「るせぇ大人しくしてろ。オイ こいつは暫く預かるぞ!」
ガァン!!と重いドアを蹴破る勢いで開け、さっさと出て行こうとしたザンザスだったが、その扉の向こう側に立つ顔を見ていきなり立ち止まった。
「・・・あてー・・・どした?ザンザス」
肩に担ぎ上げられて進行方向の反対側を向いていた山本は、いきなり動きを止めた男の背中に向かって話しかけた。
「・・・・何だ」
低い、地獄の底から響くような声が背中を通して聴こえる。一体何事かと首を捻って振り返ろうとするが、「ズキリ」と響く痛みに山本はわずかに呻いてもう一度肩にその傷ついた身体をのしかけた。
「・・・・その馬鹿、置いてってくれない?」
よく通る低い声、その声の持ち主は、山本の怪我と深く関わりのある人物であったため、山本が痛みに歪めていた目を僅かに見開く。
(雲雀・・?)
「テメェの言うことなんぞ聞かなきゃならん謂われは無い」
けんもほろろに過ぎ去ろうとする大きな身体をしかし雲雀はスイ、と突き出した鉄の棒で進路を塞いだ。
「じゃあいいよ。・・・ねぇ山本、君何で僕を助けたの?」
ザンザスに、ではなく自分が問われているのだと知った山本は、痛みをおしてザンザスの肩に肘を掛けると半ば無理矢理「せーの」で身体を起こした。
「おい」
「・・や、平気。なに雲雀、俺に用だったのか」
「・・・・君以外に用事なんてないよ」
「どした?」
困った子供を宥める様に、眉を寄せて口元に少しだけ微笑みを形作って山本が雲雀を見つめる。
「・・・僕は、君の庇護の対象じゃない」
屈辱を滲ませたような雲雀の口調に、僅かに山本の表情が曇った。
「そんなつもりじゃねぇよ・・・仲間だったら助ける。そんなの当たり前だろう?」
ここ数ヶ月の間に部下の間でどこからか麻薬が横行し始めた。薬の売買は綱吉が当主となった時点でキッパリとやめたはずだったのに、どうやらボンゴレを潰そうとする外部組織の犯行らしいと潜入捜査することになり、山本がその役目を負うことになった。
山本の仕事は相手側の尻尾を掴む所までで、その後の取引現場に踏み込むのは他の人間の役割となり、すぐに姿を消す手はずとなっていた。
しかし思わぬ小競り合いが起きて逃げるかどうするかと迷っていた所、応戦中の雲雀に出くわしてしまった。雲雀を助ければ仲間だということがばれてしまう、けれどそこで山本は何の躊躇も無く雲雀の背中を押し彼を逃がし、そのままホールドアップ。
―――拷問を受ける羽目になった。
『自分達の秘密を知られた以上、そちらのことも吐いて貰わねば』
当主が出てくる前に何とか少しでもこちら側の弱みを掴もうと短時間の間で締め上げようと、あの手この手で責め立てるが、山本の口は堅かった。当然だろう、山本が不利になることを口に出すはずは無い―――当主である前に親友である綱吉の。
「あの場合一緒に捕まるよりも、俺一人なら拷問にも耐えられるって思ったし、それにひばりがすぐ助けに来るって信じてたからな」
二人揃って拷問されていたら、おそらくは山本のほうが根を上げてしまっただろう。自分の痛みならいくらでも耐えられるけれど・・・。
「でもそのことがひばりのプライド傷つけたんなら謝る。ごめんな?」
山本の薄茶色の瞳にじっと見つめられ、雲雀は居心地の悪さを感じて益々イラつく。
なんでこんななんだろう、この男は。なんで人を助けておきながら理不尽に詰め寄られて笑っている?なんでそんな風に頭を下げられる?
僕はどうして彼を見ているとこんなに腹の底から怒りが湧いてくるんだろう―――?
「おい、もういいな」
言葉にならない気持ちを持て余して雲雀が山本を睨みつけながら黙り込んでいると、こちらももう待っていられないとばかりにザンザスがふらつく山本の身体をもう一度抱え上げようとしている。
「わぁ!痛ってて・・いやあのザンザス腹も痛いのな?担ぎ上げられるのはちょっと・・・って別に・・!うわぁ!?」
山本の声にピクリと僅かに眉を上げてザンザスがやったのは、肩に背負い上げようとしていた手を途中で山本の脇の下から背中に回し、山本からの要望に従って(?)大の男がそりゃないだろう、といういわゆるお姫様抱っこ。
「るせぇ。落としゃしねぇから大人しくしてろ!」
怒鳴りつけられ首をすくめた山本は、珍しく赤面して痛む身体を仕方なくザンザスの腕の中に預けると、そのままぐったり力を抜いた。
「・・ひばりー?俺行くけど、あんまりイライラすっと身体に悪いぞー?」
どす黒い顔を痛みに歪めながらも、立ち尽くす雲雀に、そんじゃあなと笑いかけながら、山本はザンザスの腕に抱えられたまま前をすり抜けて行ってしまった。
――― ポツンと、広すぎる廊下に一人残された雲雀は考える。
(僕は何で彼を見るとこんなにイライラするんだろう)
(ずっとそうだ。中学生の時からずっと、ああして誰かのために身体を張ろうとする彼を見ているとイライラする―――ここが)
雲雀は己の黒いスーツの胸の辺りをギュッと掴み、視線を落とす。
(・・・あの男は、そうならないんだろうか)
自分のこの思いは一体何なのだろう、他の誰とも同じではないのだろうか。雲雀は山本を抱えて出て行ってしまったあの男になら、このもやもやとした気持ちを知っているのではないかと、ふと思った。
ヴァリアー邸三階の一番奥、ボスであるザンザスの寝室で、往診して貰った医者から絶対安静を言い渡され痛み止めの点滴を注入されている山本は既にベッドに沈んでいた。
両手の爪を剥がされ、顔面から体の至る所に殴られた跡があり、内臓こそ無事であったものの肋骨にも数箇所ひびが入っている。
(これでは担ぎ上げられたら痛いわけだ)
ザンザスは熱を持った体を丸めるように眠っている山本の髪をくしゃりと一度だけ撫で付けると、自分の仕事の為に執務室へ行こうとドアを開け、そこで意外な人物の顔を見つけてその三白眼を僅かに見開く。
「・・・こんな所へ何の用だ」
ドアの外で立っていたのはボンゴレの気まぐれな雲の守護者雲雀だった。
「・・・彼、あなたの部屋で寝てるの?」
「――ああ、何だ?アレにまだ何か言ってやりたいことでもあったのか」
「・・・・まあ」
「生憎だが今眠ったばかりなんでな、目が覚めるまで数時間かかるだろう。別に待っていてもかまわんが」
そのまま薄暗い廊下へと目を移してカツン、と音を立てて雲雀の前を移動しようとして、何か思いついたようにザンザスは立ち止まった。
「アレは止めとけ、並大抵の神経じゃ体がもたねぇぞ」
「・・!!」
静かに空気を震わせたその言葉の意味がはっきりと分かってしまって、雲雀は目の前の背の高い男を凝視した。
そうか。そうなのか―――だから僕は彼を見るとイライラして仕方なかったんだ。誰かを守って傷つく彼を見るのが、耐えられなかったんだ。
山本はどんな人間にも自然に心を開き、その人間を当然のように懐に入れる。けれど彼からの信頼を得る人間は哀しいかなホンの一握りしか居ないから、彼はそれらを守るために自らを盾にする。
(あんな風に助けて、さも特別に見せかけるけれど、彼にとってそれは誰にするのにも同じで)
そうして傷つき倒れた姿を見せるのは、強くて自分が守ってやらなくても己を守ることが出来る―――そう、綱吉や例えばこの男のような人間だけ・・・。
(だがそれでは僕では安心して身を預けることが出来ないと・・・ボンゴレ最強の守護者と言われている僕が弱いと、そう言っているのか?この僕が―――!?)
ギリギリと奥歯を噛み締めていた雲雀に、この男にしては珍しく楽しげな色を含ませてザンザスが口を開いた。
「ああ、そういや変なこと言ってたっけな」
「・・・・何」
「自分が先に逃げてお前を助けるって手もあったじゃねえかと聞いたら、“ひばりの綺麗な顔がこんなんなっちゃ、可哀想だろ”だと」
お前、綺麗って言われてたぜ。くくく、と咽喉を震わせて「テメェみてぇなおっかねーのを綺麗だと表現するのはアレくらいのもんだろ」と思い出しては笑う。
この誰からも恐れられる男を、猛獣のような、炎のような男を
(彼だけが、こんな顔で笑わせることが出来る。彼が傍にいたら、僕もこんな風に笑っていられるのだろうか?)
そして彼は、僕のことを綺麗だと・・・こんなに血で汚れている僕のことを綺麗だと思ってくれているのか。
「・・・欲しいな」
「やらん」
ぽつり、と口から漏れてしまった思いに、すかさず返されて雲雀は思わず口元を緩ませる。
「・・・あの子を傍に置いておくのは根性が要るようだけど、それでもいいよ。試されるのは嫌いじゃないし、耐えるのが恋の極意だよね」
「マゾか」
バッサリと切り捨てて、これ以上話していても無駄だと踏んだのか、ザンザスは雲雀を置いてそのままいなくなってしまった。
冷たい廊下に佇む雲雀は、山本が眠っている扉を見つめ、だが扉に手を掛けることも無く―――
(山本武、僕はもう絶対に君に守られたりなんかしない)
自分の気持ちに気付いてしまった以上、もう後戻りなどしない。
「君を守って、可愛いねとでも言ってあげようか―――」
雲雀は薄く口元に笑みを引くと、静かに暗殺者達の根城を後にした。
「・・・あれ?」
もうとうに陽の落ちてしまった薄暗い部屋で目を覚ました山本は、キョロキョロと天井や壁を眺めたが、何故自分がここに居るのかということに思い当たり、傍らで折り立てた片腕に頭を乗せてベッドに寝そべり自分を見つめるザンザスを見つけて、ふ、と吐息のような安堵の息をついた。
「痛いか?」
「・・・痛み止めが効いてるせいか、そこまで感じねぇよ」
大分熱も引いてきたようだが顔が腫れてくるのはこれからだ。ザンザスはとりあえずまだ腫れに埋もれていない眦に唇を当て小さく音をたてた。
「真っ直ぐ病院行きゃいいものを」
「・・・あそこにいりゃ、あんたが来るのわかってたからな・・・」
ザンザスは仕事が終わると報告に寄る。そしていつも綱吉の後ろに控えている両腕の、特に片方のことを確認しているのを山本はよく知っている。
「・・・もしも雲雀が俺の奪還に失敗しても、あんたが来てくれるだろうって・・思ってたぜ?」
別件で動いていたのは知っていたから、もしかしたら助けに来てくれた頃にはもう自分はこれ以上ないほどにボロボロになっていたかもしれないけれど。
「あんたは、どんな俺でもこうして傍に置いてくれるだろ・・?」
とろとろと、また眠りに落ちていこうとする山本の耳に届く、低い、どこまでも硬いその声。
「・・・・アホなことばっか考えるな」
山本の耳に僅かに触れる、ザンザスの力強い胸の鼓動を子守唄のように聞きながら、山本は安心して力を抜き、寝息を立て始めた。
おわり
雲雀って自分の想いに気付いたら絶対片想いじゃ終わらせないような気がします。然し10年かかって自分の気持ちに気付くなんて・・遅っっっ!!梅の子様「ヒバ→山で片想い」リクありがとうございました!それにしてもザン山祭りのようですな。そのうち落ち着くと思いますので・・・。
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