拍手ログ
雨にキッスの花束を
   『雨にキッスの花束を』


 三月桜の芽吹く頃、雲雀恭弥もめでたくこのたび並盛中学を卒業する運びとなった。

 冬は明けたとはいえ、雨が降ればまだまだ寒い。並盛中からのこの道を、二人で一緒に帰ることが出来るのもあとわずか・・。
 山本が話す言葉に雲雀が相槌を打つ。いつものようにいつもの道を歩く青と透明のビニール傘―――そんなささいな幸せを山本は噛み締めていた。
 後数メートルで、雲雀の住むマンションと山本が父親と共に暮らす並盛商店街の入り口へと、二人を分け隔てる交差点。
(俺は信号の向こう側、雲雀は渡らずに、左に曲がる)


 笑って「またあした!」って言えるのは、後何回―――?


 信号の前で二人して立ち止まる。まだ青にはならない。あと少し、後5秒。
 けれど、音楽が鳴って人波が商店街に向けて動き出しても山本は立ち止まったままだった。
「・・どうしたの?」
 二歩程度後ろにいた雲雀が、いつまでも動かない山本の背中を見て後ろから声を掛ける。いつも信号が変わったと同時に、こちらを振り返りながら駆けて行く山本に『真っ直ぐ向いて走らないと転ぶよ』と、まるで子供にするように声を掛けるのが常で。
 ―――そうすると安心したように笑う山本を見るのが雲雀のちょっとした楽しみで。
 だのに今日はいつまで経っても山本は駆け出すどころか、その傘はずっと自分を隠すように山本の頭から肩甲骨の辺りまでを覆っている。

  (また変なこと考えてるの?)
  (僕はここにいるじゃないか)
  (ねぇもういい加減君も覚悟決めちゃいなよ)

 雲雀は山本へと手を伸ばす。と、ひやりとしたその感触に山本が振り返った。
「・・ひば」
「結婚しよう」
「・・・・・・は?」
「結婚しよう、そうしよう今すぐしよう!」
「へ?な、いやあのひばり?!」
 ちょっと裏返った変な声。驚いているらしいけれど、僕はずっとそう思ってた。僕は以前言っただろう?有言実行の男だって。
(そりゃまだ旭山動物園には連れて行ってあげてないけど、それは君が『ただで連れて行ってもらうわけにはいかないから、せめて自分の飛行機代くらい貯まるまで待ってて』なんて可愛い事言うからだよ)


「・・・っていう気持ちで付き合ってるんだから、卒業するくらいでそんな顔するんじゃないよ」
 驚きに目をまん丸くしていた山本が、顔を赤くして笑いたいのか怒りたいのか(まぁこの子に限って怒るってことはまず無いんだけど)非常に微妙なおもしろい顔をした。
「・・・へんな顔」

 ―――ああだけど、そんな君の顔も僕には可愛く映ってしまうから困ってしまうんだよね。

 雲雀のボソリとした呟きにまたしても山本のいつも凛々しい眉が八の字になる。さて、ただいまの時刻は6時37分、山本武父にはお茶漬けでも食べていただこうか。


 雲雀は自分のビニール傘をぱちんと畳んで山本の青い傘を奪い取ると、素早くその頬にチュッと音を立てて吸い付いた。そして反対の手でまっかっかの八の字眉毛の腕をがっちり掴み、遠慮なく自分のマンションへとお持ち帰りさせてもらうことにした。




  フリー小話第二弾『雨にキッスの花束を』今井美樹。

[*前へ][次へ#]
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!