拍手ログ
いつかの話
「着物ならば自分で着られるのだが・・・どうも洋装は苦手でござるなあ」
山本は声に振り返った。はて?これは夢の中だろうか。


・・・何故ここに、初代守護者朝利雨月が?


とはいえ、どちらかといえば楽観的な性格が幸いし、山本はすぐに人懐こい笑顔を浮かべて雨月に駆け寄った。
いつもの装束と烏帽子は何処へ行ったか、マフィアの戦闘服だという黒いスーツ姿の雨月は、ぴんと伸びた背筋と100年以上前の日本人にしては長い脚で、似合っていないとは言えないが、着慣れてない感じがありありと見て取れる。
「どうしたんだ雨月」
「ああ、お主は山本武・・そうか、ここはお主の夢の中でござったか」
「あ、やっぱ夢なんだ」
「詳しくいえば時空と時空の狭間に置き忘れられた私の思念なのでござるが、まあそれは置いておいて」
「置き忘れ?」
「ええ――それはともかく、私はこのネクタイとやらを結ぶのが苦手なのでござる。しかし毎回Gやアラウディに嬉しそうに手を貸されるのも癪なので、今日こそはと頑張っているのだが・・・」
雨月はそう言って、やや項垂れた。
視線をその胸元にやれば、黒いネクタイは、たま結びがいくつも繋がっている。「・・雨月って、意外に不器用なのな」
「お恥ずかしゅうござる・・・」
数珠のように繋がった結び目の一つを突けば、白い頬が薄く染まった。
山本は肩をすくめて笑うと、固い結び目をほどき始め。
「俺がやってやるよ」
「お主ネクタイを結べるのでござるか!」
パアッと鮮やかな花が開いたような笑みは、子供の無邪気さを思わせる。
雅な雨月はともかく、自分は現代人なのだ。ネクタイの一つや二つ、おちゃのこさいさい・・・の、はず。
目一杯期待している眼差しに、山本はキリリ顔を引き締め、『任せとけ!』と力任せに胸を叩いた。





が、数十分後
「・・・悪い雨月・・」
黒く艶のある上質なシルクは、一つの皺も刻まぬまま光沢を放っていた。
山本はいくらやってもまともな形にならないネクタイを、諦めたようにキュッと結ぶ。
考えてみれば、父が寿司屋の会合に出るときにネクタイを結んでやった記憶なんて1つも無いし、学校のネクタイだって、雲雀に結んでもらっていたのだった・・・。
「いやいや・・・やはり人任せではいけないということでござるな。でもまあ、これもまた、趣があって良いのでは?」
雨月は微笑み、2つ出来た輪を両手で摘まんでみせる。
そう、結局山本に作れたのは、黒いリボン。
「趣って・・・ただのちょうちょ結びだし。悪い雨月・・」
胸まで叩いて見せたくせに、このていたらく。
恥ずかしくて・・いや、もう“ごめんなさい”しか言えない。
「山本武らしくて、良いではありませぬか」
「雨月・・」
「如何なものでござろうか?きっちり結ぶより、可愛く見えるのでは?」
軽くウィンクする雨月に、申し訳無さそうに上目遣いで俯いていた顔を山本は上げた。
すると、再び雨月はにっこり楽しそうに笑い、それに伴い辺りの空気が、仄かに淡く色付いて。
ポッと、胸に温もりが灯る。
「可愛いって・・・はは、雨月って面白えなあ」
「ふふ」
「あはは」





「ははは・・・―――あ」
布団に横になりながら、自分のたてた笑い声で目覚めた山本が、枕元の目覚ましを見ればまだ4時になる前だった。
三月の早朝は空気もひんやりしていて、布団からはみ出ていた肩が冷たい。
やはりあれは夢・・・?
時空の狭間に置き忘れられたと雨月は言ったが、ネクタイ一つでムキになっていた自分を他の守護者に知られたく無かったということなのだろうか。
雨の守護者の負けず嫌いは、時代が変わっても同じらしい。山本は天井を見上げて口許を綻ばせる。
学校へ行ったら、獄寺にネクタイの結び方を習おう。そしてもしもまたネクタイ結びに苦心している雨月に会えたなら、今度こそちゃんと結んであげるのだ。
そして、自分で出来るように教えてやろう。

きっと雨月は、自分で結んだネクタイを、Gやアラウディに得意気に見せて微笑むだろう。




おわり


[*前へ][次へ#]
[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!