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ユニと足長おじさん完結編 少女のための子守唄
数日緑の芝生に降り注ぐ細やかな雨は、ミルフィオーレとの戦いのせいで建て直しを余儀なくされたヴァリアー邸の工事の進行を僅かずつ遅らせていた。
もうすぐ秋も終わるというのに。
極寒の冬が訪れる前には絶対完成させるようにと、ウ゛ァリアー当主から脅しを含んだ檄を飛ばされ、工事を請け負った建設会社の責任者は、毎日空を見上げては胃薬を飲み下している。


「大分出来てきたな〜」
邸宅から少し離れた場所に設けられた、仮住まい。二階のザンザスの部屋(ザンザスのみ1人部屋で、後の幹部はいっしょくたにされている)から建設中の屋敷を眺めて、山本は呑気そうに呟いた。
「せっかくツナが、屋敷が出来上がるまでボンゴレ邸にって言ってくれたのに、アンタ断るんだもんな」
「アイツと一つ屋根の下で寝起きするなんざ、御免だ」
「はは、俺はちょっと期待したけどな」
山本は新しくなったソファーに横たわり本を捲るザンザスの側に寄り、絨毯も何も敷かれていない床に座り込むと、頭をその腰の辺りに預ける。
僅かな重力に異を唱えもせず(これが山本以外であったなら、殴り飛ばされるか、蹴り出されるかのどちらかなのだが)ザンザスは本を持つ手はそのままに、空いている方の掌で、短く苅られた山本の髪を撫で始めた。
「・・・アンタの手は、気持ちいいな。良かった・・・失わなくて」
「バカか?俺がそう簡単に遣られるか」
「うん、だよな」
さらりさらりと滑らかに動く手は、時折気まぐれのように額や耳の辺りを優しく温めてくれる。
白蘭との戦いで多くの者が傷つき、倒れ。それは人だけでなく、この広大な山々の樹木や、そこに住む動物たちの命も奪った。
そうして、白蘭は消えた。


―――たった1人の少女の命では、贖いきれない罪を遺して―――。


 幼い頃から過酷な運命を背負った少女。その生い立ちも、人並みの幸せなどとは程遠かった。
産まれてすぐに人里離れた場所に隔離されるようにして育ち、甘えたい盛りに母に会うことすら叶わず、夜が怖いと泣いても子守唄すら歌ってもらえず。
子供でいる為の全てを諦め、儚げな笑みを浮かべて、ただひたすら自分以外の誰かの幸せを祈り。
どうか。
悲しみのなかにあってなお健気に人を愛し続ける少女の細い肩に、どうか幸せの花びらが降るようにと思わずにはいられなかった。

だがしかし、その願いは、聞き届けられる筈もなく。


「確かナターレを祝ってやってたな」
「うん。ケーキ一緒に作ったんだぜ」
「待ってろっつったのに、いつの間にか居なくなったと思ったら花火見てやがって」
「そうそう、アンタの誕生日な」
「インフルエンザもうつされて来やがった」
「あの年のは強力だったんだよ」
「ハロウィンもした・・・俺まで駆り出されてな」
「・・・アンタのおかげで、姉貴に会わせてやれた」
「流星群まで見せられたぜ。寝ようとしてたところを邪魔されまでしてな」
「うん。ユニも喜んでた・・・・・ありがとうな」
ザンザスは、言ったきり口をつぐんでしまった山本の腕を引くと、ソファーの自分の胸元へ抱き寄せた。
10年前の山本達は、ユニの力により、この時代とは別な未来をこれから歩んで行く。
だが、一度道筋が通ってしまった世界を無かったことには出来ない。今自分達がいるこの世界は、いくつもあるパラレルワールドの中の一つとして先々も続いて行くのだ。
この世界で山本は姉を喪い、父も、そして姪までをも喪ってしまった。
愛する者を失い、それでもボンゴレは、山本が壊れることを許しはしない。だからこうして、暗殺部隊長であり、恋人でもある自分のところへ押し付ける。わざわざ有給まで与えて。俺の傍に入る限り、俺がこんな山本を離す訳が無い事をよく解っているのだ。
―――そして俺以外の誰も知らない。山本とあの少女に接点があったことを。山本の哀しみの理由は、父親の殺害のみと誰もが思っている。


『お父さんの死で山本が傷付いているのは皆知ってる。だけど山本は絶対弱音を吐かないから、ここに居る以上、組員たちは山本をどうしたって頼りにしてしまうんだ・・・。今はとにかくボンゴレ再建に向けて人手が足りないって山本も分かってるし・・・でも、ずっとこんなことしてたら山本はそのうち倒れてしまうよ。・・・だけど、だけどそれが分かっていて、俺達に休めとは言えないんだ・・・山本は、大丈夫だって笑うから』


 つい先日まで棺桶に眠っていた奴からの突然の電話に驚かないでも無かったが、内容を聞いてしまえば断る訳にもいかず了承して受話器を置いた。
けれど父親は予定外だったとはいえ、姉であるジッリョネロファミリーの女傑や、その娘であるユニがそうなるのは、もうずっと昔から運命付けられていたもので、山本は姉からそれを聞き知っていたはずだった。
理解した上で、世話を焼いて来たのだ。それをしたくても出来ない、姉の―――少女の母親の代わりに。
放っておけと、何度言ったか分からない。手を出すなと、関わるなと口を酸っぱくしてあれ程言ったのに、聞かなかったのはコイツだ。
自業自得だと、鼻で笑ってやっても良いのだが。
「最後は電光のγと笑って逝ったじゃねえか」
「うん」
「お前の側にいる時は、ガキらしい顔してたじゃねえか・・・それで十分だろう」
「・・・・・・ザンザス・・」
「そういうことに、しておけ」
ザンザスはそう言うと山本の顔を抱えるように抱き締める腕に力を入れた。
恋人といえど、悲しみを知ったところで理解してはやれない。そうするには、自分は多くの罪無き血を流しすぎていた。
かといって山本が自分以外の誰かの為に涙を溢す姿など見たくは無いし、それではとうわべだけ慰めの言葉で取り繕ったところで、何の足しにもなりはしないだろう。
彼らは、彼女らは、二度とこの世界に還らない。山本は信じたくないと言いながら、きちんと理解し、諦めている。
大体、本来自分が慰める義理など無い筈なのだ。あの少女の存在を知ってからというもの随分ないがしろにされ、憤慨していた感もなきにしもあらずだったのだから。
これからは誰に何も邪魔されずに居られて、喜ばしい限りではないか―――。


 雨は降り止まず、工事は多少難航していても、それは山本が羽を休める時間稼ぎくらいにはなるだろう。
傷付いた世界を、癒しの雨が包む。くすぶった木々に緑を再び芽吹かせ、獣たちの喉を潤して。
けれど山本にその癒しは届かない。なぜならば、その雨こそが山本自身だから。誰かの為に笑い、誰かの為に手を差し伸べ、己の負った傷は決して誰にも教えずに、そうして身の内で流し続けた血は、やがて優しい雨となる。


 世界の秩序は戻ったらしいが、何の感慨も湧きはしない。あの少女に言わなければならないことがあるとすれば、よくぞ山本を俺の元へ返してくれた。ただ、それだけだ。
癒しの雨は山本には降り注がない。己の手では癒しにはなりはしない。山本はよくザンザスの手を『優しい』そう表現するけれど、自分の手が、奪う以外の行為など出来ないことをザンザスは嫌というほど知っている。
けれど、深い哀しみに疲れ、血を流しすぎて冷え切った体を温める熱源くらいには、多分、己の体は成り得るだろう。
「・・ザンザス・・眠い・・」
「寝ちまえよ」
「うた・・・歌、うたって。子守唄」
「いくつのガキだ、テメエは」
「・・・頼むよ・・」
胸の辺りに擦り付けた頬から伝わる、じわりとした温もり。子供のようには泣けもせず、声を枯らして叫べもせず、ただ彼等を思い目を瞑る事しかできないと言うのなら。
「・・・それがお前の望みなら」
「・・・・・・ありがとう」
花が開くより緩やかにザンザスを見た山本の目蓋は、やんわり硬い掌で覆われ、まるで荘厳な鐘のような低音が雨音を退けると共に、山本の体を包む。
腕の中で胎児のように丸くした背中を抱き締め、ザンザスは歌う。


決して癒されはしない心に、せめて優しい眠りを。




願わくば、あの少女にも。





THE END
『ユニと足ながおじさん』完結。

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あきゅろす。
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