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ユニと足長おじさん(3月8日)
黄色い小さな花束を1つ、もう片方の腕にはケーキを携えてやって来たおじさんから手渡されたのは、たわわな花弁が可憐なミモザ。
「世界女性感謝デー?」
大きな瞳を興味深そうに輝かせるユニの前、テーブルの上のシンプルなチーズケーキにナイフが入れられた。


3月8日世界女性感謝デー。イタリアでは男性から日頃の感謝と愛を込めて、恋人や妻は当然のこと、職場の同僚である女性たちにも、贈り物をしたり彼女たちを労い、敬ったりするのだそう。
皿に大きく切り分けられた一片と芳しい紅茶の香りに、自然と頬が綻ぶ。
この人は私が甘いものやふわふわしたものが大好きなのを知っているから、来るときは大抵、そういうものを持って来てくれる。それがとても嬉しくて、そしてとても待ち遠しい。
「ユニはいつだって頑張ってるからな。これはご褒美。そしていつも笑顔を見せてくれる感謝の気持ち」
夜になるとやって来るその人は、恋人(あの目付きのめちゃめちゃ怖い人だ)が作ってくれたのだというチーズケーキを前に、ふんわり微笑んだ。
いつも楽しそうではあるが、今日は殊更笑顔が眩しく感じる。強いて言えば春の温かい日差しをギュッと集めたような、そんな感じ。一体何がそこまでおじさんを嬉しくさせているのだろう。
「それは、このケーキが俺の為に作られたもんだからでーす!」
それが言いたくてたまらなかった!そんな感じで破顔したおじさんは、「だからあんまり甘くないのな。その代わりに紅茶は甘いミルクティーにしといたから」と言って、皿に乗せたケーキをフォークで掬い、私より先に口に運んで、これまた幸せそうに微笑む。
(そんなに美味しいのかな?)
ユニは男に倣って、白いチーズケーキを一口パクり。
「・・・わ」
食べてみて驚いた。
しっとりなめらかなクリームは確かにあまり甘くはないけれど、レモンの香りが効いていて、凄く上品な味に仕上がっている。
それにケーキの上にパラパラ控え目に散らばる黄色い花びら。これはきっと今日、愛や感謝と共に贈る花束の代わりなのだ。あの怖い目付きの人がこんな繊細な飾りを施すなんて、いくら考えても想像が追いつかない。
「あいつな、あんなんだけど結構何でも出来ちゃうんだぜ」
例えばソースでもドレッシングでも、一度食べたらその味を再現出来るくらい舌が肥えていて記憶力も良いのだそうで。
「あまり作ってはくれないんだけど、『今日は特別だ』っつって朝からキッチンに立ってくれてさ」
「朝から・・・・て、え?もしかして」
「・・・うん」
うっすら頬を染めて口元を綻ばせたその人は、そっと大きな手を持ち上げて見せてくれた。
左手の薬指に、控え目に光る個人の所有である証。銀色の―――指輪。
「一緒に暮らしてんだ今」
男は本当に幸せで仕方がないような顔をして、照れているのか、紅茶を咽喉を鳴らして飲み込んだ。
そうか、ではあの恐ろしげな人の指にも同じ物が輝いているのか・・・。ユニは何故だかその様子を眺めているだけで、甘酸っぱいような胸の奥がきゅうと優しく締め付けられるような、嬉しいのに涙が出てしまいそうな気分。
兄のようで、父のようで、友達のようで


ちょっとだけ、恋人のようだったその人―――。


「よかったね、おじさん」
幼く切なく、仄かに甘い寂しさを言葉の裏に閉じ込めて、ユニはおめでとうと笑って祝福のキスをした。
「ありがとな。いつかユニにも、こんな小さいのじゃなくてでっかいミモザの花束をくれる人が現れるよ」
柔らかい羽のように額を掠めた唇に、また胸がしくりと痛む。
「じゃあ俺帰るな」
半分になったチーズケーキを『明日食べな』と冷蔵庫に入れて、窓辺に立っていた彼の背中が夜に溶けた。
微かに聞こえる話し声に闇色の男の気配を感じて、恐怖よりも切なさを覚えた。
やがてカサカサと風に揺れる葉のざわめきに消され何も聞こえなくなり、ユニは窓を閉めてベッドの上、再び訪れた静寂の中目を閉じる。


初めて男の人に贈られたキスは、初恋の味だった。
胸が今頃しくしく泣いている。


(・・・本に書いてある通りなのね)




――初恋は実らない――




おまけ



そうして今、手の中には――いいえ、まるで屋敷を埋め尽くさんばかりの黄色い花に囲まれ、私は笑っている。
孤独で寂しかった少女時代がまるで嘘のように、振り返れば誰がと目が合い微笑みを交わせる。
母が遺してくれたもの。それはいつも笑顔を絶やさずにいれば、きっと幸せは向こうからやって来るという、おばあちゃんの言葉。そして―――


「姫、今日はそこにすわってじっとしていてくれよ」
「γ・・・でも、料理は」
「いいから!あ、おい太猿お前がつまみ食いしてどうする!?」
「いいだろう兄貴?俺達だって手伝ってるんだからな。見てくれよ姫、この可哀想な傷だらけの指を」
「お前がおろしがねで自分の指まで料理しちまったんだろうが!言っておくが、その料理はお前が自分で片付けろよ?姫が食中毒でも起こしたら大変だからな!」
「ひでえな兄貴!!」
「あはははははは!!」
「情けねー顔すんな太猿、姫の御前だぞ」
みんなの笑い声が開けた窓から春の日差しに解けていく。嬉しい、楽しい、優しい、温かい―――なんて素敵な毎日。


母が遺してくれたもの。それはいつも笑顔を絶やさずにいれば、きっと幸せは向こうからやって来るというおばあちゃんの言葉と



私を守ってくれる大勢の騎士たち、そして大好きな貴方。



おわり
微妙にバレンタインエンゲージの続きだったり。
ユニちゃんは学校以外に人との接触があまり無いので、たまに来るおじさんに疑似恋愛的な感情を持ってしまっていたのを気付いていた山本。やんわり、遠ざけました。あんなかっこいいおじさんじゃ、好きになっても仕方ないよ!!!
ジッリョネロは、一番幸せになれるファミリーだと思います。
ていうか、ならなきゃ!!!

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