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武誕生日 2009 みんな
並盛町二丁目のバッティングセンターは、毎朝6時に開園する。所々が錆びれ朽ちているトタン板が、古くからそこに存在していることを思わせる。最近はバッティング専門なんて流行らないらしいが、店主は様式を替えるつもりはなかった。なんせ10年近く毎日のように通ってくれる少年がいるからだ。
シャッターを開けた後入り口の清掃をし、何時ものように機械の微調整を行ってから一息着くために新聞を広げた頃、その少年はやって来る。
「おはよ おっちゃん!!」
小遣いの殆んどが野球に費やされているのではないかと思わせる少年は、ここ数年で随分と背が伸び体格がしっかりとしてきた。
「おお 今日は何球だ?」
何時ものように130キロのベース上に立つ背中に呼び掛ければ、ピッと指が二本立てられた。
小気味良いテンポで快音を響かせ最後の一球をネット上段に叩き付けた山本は、ポケットから今日の分の賃金を取り出そうとした。普通は球数ごとに小銭を機械に投入するものだが、小さい頃から通い詰めている山本は200なら200、300なら300の球を打ち終えた時点で料金をまとめてカウンターで支払うのが、いつからか通常になっていた。
「いいよ今日のは俺のおごりた」
「え?」
「お前がプロの選手になったらここドーム型のすっげえのに作り替えてもらう予定だからな、先行投資って奴だな!」
「あはは 何だそれ?でもいいのか?」
「俺がいいっつってんだ!子供が遠慮なんかするもんじゃねえよ!」
しっしっと手を振った店主は、さーて俺はこれから朝御飯だとレジの下からパンと牛乳を取りだした。
袋を破り食べ始めた店主を少し不思議そうに眺めていた山本だったが、その頭の上に掛かる丸い時計の針の短針が7を差しているのを目にして駆け出した。
勿論店主には先行投資の礼とドーム型のバッティングセンターを約束するのを忘れずに。


一人に慣れた朝食の後片付けも終えた山本は、仕込みの父の背中に挨拶をして裏口のドアを出た。藍色の傘を開けば、一応バッティングセンターから帰って玄関に広げておいたものの乾いてなどおらず、滴が頬に少し飛んだ。
「おっす!山本」
「おー。雨だし今日の部活屋内だなー」
「陸トレやだよなー」
通学路で会う見知った友人たちとの道中の会話はやっぱり野球。昨日の野球の巨人の誰々がどうとか、ヤクルトの誰は凄かったとか。尽きない話の間にも校門は見えてきて、隣から相槌が無くなり“はれ?”とその驚愕した視線の先を辿れば。
「ネクタイを着用していない者は、ここに学年・クラス・名前!」
今時時代遅れの長ランにリーゼントが学生玄関に立ち並び、すれ違う生徒たちを選り分けていた。その筆頭は当然並盛一怖いと評判の風紀委員長雲雀。
「山本武」
「うっ!やべ」
「服装の乱れは心の乱れって言葉、知ってる?」
生徒玄関の階段下にいた山本は、引き返しグランド側から忍び込もうとし背中を呼び止められ、空を仰いだ。
「・・・知ってるっす」
なんせ一年入学時から、山本は大概この服装検査で捕まっている所謂常習犯なので、先程の服装の乱れ云々は幾度も聞かされしっかり頭に入っている。
――入っているだけで、実行されていないけれど。
ああまた応接室に呼び出され説教喰らうのだろうか、それともトンファーで一発やられるんだろうか。
仕方ない、ネクタイをして来なかったばかりか、鞄の中にすら入っていないのでは言い訳の仕様もない。
ぱたぱた雨が傘を叩く音に暫く耳を澄まして雲雀がどういう行動に出るか待っていた山本の前、しかし風紀委員長は肩から羽織る学ランを翻してもういいよと言って。
「は?へ?ひ、ひばり?」
拍子抜けした膝が思わずかくんと折れた。その拍子抜けさせてくれた雲雀はといえば、山本と雲雀の背後を通り抜けようとしていた学生の一人の襟首を、あの細腕で感心してしまうくらい力強く締め上げている。
ぽかんと佇んでいる山本を涼しげに横目で一度だけ見て。
「今日だけだからね」
シャツが破けてしまいそうなくらい持ち上げられている学生を真下に落とすと、リーゼント達に放り投げ学ランを靡かせ校門の外へと行ってしまった。


何だかよく分からないけれど、許されたみたいだからまあいいかと教室の中に入り自分の机の上を見て、山本はまた首を傾げた。何と山本の机は真っ白なタオルで埋め尽くされていた。
「うは、なんだこれ!」
近くにいた女子たちが少し顔を赤くしている。
「山本部活で汗かいてタオルいっぱい使うでしょ?あたしたちからのプレゼントだよ」
「へー サンキュな!」
またしてもよく分からないけれど、確かにタオルはスポーツするには必需品だ。沢山あるに越したことはない。山本はみんな優しいなあ、これで暫くは買わなくても済むななんて思いながら、野球部練習用ユニフォームが入ったエナメルバッグに山のようなタオルを詰め込んだ。

しかしどうもおかしい。


朝から何だか良いことばかり起きている気がする。
(はて?今日って何かあったっけ?)
数学の授業中、くるくると鉛筆を指で回しつつ考えていると、背中をつんと突っつかれて振り返ると、そっと手渡された小さく畳まれた紙片。
立てた教科書に隠れて中を開いた山本は、あ、と漏らしてしまいそうになった口を慌てて大きな手で塞いだ。


部活が終わったその足で、山本は仲間たちへの挨拶もそこそこに水溜まりを跳ね上げながら走り出した。
『沢田』の表札が掛かる玄関の呼び鈴を押せば出迎えてくれる、優しく穏やかなソプラノ。
そして
「お帰り 武」
「え?親父?」
玄関先、ニコニコ笑顔の親友の母の後ろからひょっこり顔を出したのは自分の父。
「寿司の配達頼まれてな。少ししたら戻るんだけどよ」
後ろ頭を掻いている父の前で、どうぞと手招きする綱吉の母に着いて玄関口を上がる。何度か来た事のある階段を上ってドアの前に佇めば、中からは大勢の話し声。
「いいですか、せーのーで行きますよ!」
「ちょっと!ランボそれまだ手突っ込んじゃダメだってば!!」
「十代目!アホ牛は俺が押さえてますから、ケーキに蝋燭を!」
「ああ・・・って、ちょっとディーノさん持たないで持たないで危険だからーーーーっっ!!」
「大丈夫それがダメでも私がもっと美味しいケーキを作ってあげるから」
「リボーン!!止めてそれだけは止めさせてーっ!!」

山本は教室で渡された小さな紙を取り出し、もう一度書かれた文字を口の中で反芻すると目を細めながらドアを開け、まだ準備万端整っていないというのに登場してしまった主役に驚き固まった友人達の1人1人をゆっくりと眺めて笑う。


「サンキュな」



照れくさそうに、とても嬉しそうに――。










おわり
武誕生日おめでとー週間これにて終わりですー。あれこの段階ではまだディーノさんとか会ってないんじゃないの?とか雲雀さんとはまだ付き合ってないの?とか色々突っ込みは無しで。
皆に愛されてる山本が書きたかったんですよー。
武誕生日おめでとーーーーーっっっ!!!!!





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