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武と姉
大切にしまいこんだ記憶がある。温かくて懐かしくて、けれどそれは誰にも―――そう、大好きな父親にすら、話すことのできない想い。


「武ー準備できた?」
朝の眩しい光が窓から差し込み、まだ布団の上がっていない畳敷きの八畳間を照らす。10cmほど開けられた衾からアルトに近い少女の声。


 4月桜の芽吹く頃、今日は武の保育園の入園式。母は近所の美容室へと早くから出ていて、幼い武を揺り起こすのは姉のまだ小さな手。
「・・・おはよ、おねーちゃん」
目をこすりこすり、モゾリと布団の中起き上がったもうすぐ4歳になる男の子は、ぺたんと座り込む。
「早く支度しないとご飯食べそびれちゃうよ!あたしもうすぐ学校行かなくちゃいけないんだから」
武と比べると幾分か年の離れた少女は、髪の毛を後ろ手に結びながら小さな弟をせかした。
「やあだあ、もっと寝てたい〜」
なかなか目が開かずに、眉をハチの字にして駄々をこねる武に、姉は笑う。
「もうー、しょうがないなあ武ちゃんは」
きれいに結った長い髪を揺らして姉は武の布団を優しく捲り上げると、小さな弟を膝に抱っこして、ほらバンザーイとパジャマを脱がせてくれる。
「武ちゃん甘えん坊は小学生になったら卒業しようね」
耳元で明るく囁いて、今度はズボンを脱がせて。
「やーだ、ずっとおねーちゃんにしてもらうんだもん」
枕元に置いてある着替えに手を伸ばす姉の頬に、武はほんの少し背伸びしてモモのようなほっぺたを擦りつけ、微笑む姉を見上げて自分も笑う。
「甘えんぼ。可愛いなぁ武ちゃん」
「おねーちゃんもかわいいー」
「好き好き」
「おれなんて、だーいすき!」
布団の上でころころ鈴がなるように響きあう笑い声。そんなことをしている間にも、姉は手早く武の着替えをすませると、その手を取って台所に連れて行き、ご飯をよそって学校へ向かうギリギリの時間まで側に居てくれるのだった。


 母に手を取られ離ればなれになる時、母も泣いていたが、姉は両の目からボロボロと大粒の涙を零して泣いていた。
いつも笑顔で明るくて可愛くて、大好きだった姉の涙を見たときから、武は泣かなくなった。
おねーちゃんの分まで俺が笑ってあげる。
だから泣かないで、泣かないで。


 再び会うことはかなうだろうか、母に、姉に。小さな心にしまいこんだ大きな想い。けれどそれを父に問うのは余りにも酷な気がして、武には聞けなかった。そうしているうちに、掛かってきた一本の電話。廊下で父の後姿を見ていた武は、電話を置いた父の肩が小刻みに震えているのに気付いて、そして知ってしまった。
母の死を。


 今姉はどうしているだろう、笑顔でいるだろうか。
そうならいい、そうであって欲しいと、いつも願っている。




ねーちゃん



会いたいな



おわり
捏造。γさんとこのボスと武が姉弟だったら・・・という沢木のえへへな妄想ですー・・・。

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