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ユニと足長おじさん 純心
イタリアの市街地を少し外れた広い森林公園の向こう側に、その屋敷はあった。
代々女性がボスの座を次ぐそのファミリーで、次代の当主となる資格を母から継承した少女は、細身の身体にしっかり芯の通った、けれど“ファミリー”を背負うには余りにも幼く、そして優しい心の持ち主だった。


「ほら脇が空いてる。相手から目を逸らすな!」
屋敷の裏手にある駐車場横の、雑草茂る空き地。半ズボンから伸びるスラリとした白い脚は、腕を組んで前に立つ男に掠りもしない。歯を食いしばり繰り出した足を下げると共に体を反転し腕を突き出す。が、腰を引いて短いリーチをやり過ごした男は、いきなり間合いを詰めてユニの懐へ飛び込んだかと思うと額をトンと優しく小突き、再び低く地を蹴り大きく間合いを取った。
(また・・・!)
押しては引く、まるで海の波のように一度として同じ形を取らないその攻撃に、ユニは翻弄されるばかり。
「よし、今日は此処までにしよう」
パッと腕を解いたその男は、終了の合図に反応が遅れて振り上げられた脚を大きな掌で軽く受けとめ、そのまま軸足を蹴り上げると落ちてきた背中を抱き止めた。
「はあ、はあ、・・・あ、りがとうございました」
「ん!じゃあ俺帰るな。次はいつにする?」
男は穏やかに微笑むと、少女の足を草の上にそっと降ろす。
「早い方が良いです!」
元気よく、けれどどこか必死な瞳の少女の黒髪を、軽くポンポンと叩くように撫でて。
「じゃあ明後日、な?ユニお前は飲み込みが良いから上達も早い。けど、焦りは禁物だ」
優しく目を細めた男が今はもういない誰かの面影を深く残しているように思えて、ユニは握りしめていた手をほどくと、はい、とニッコリ綻んだ。


 手を振るユニが見えなくなった頃、木の影に隠れるようにして着いて来ていた男が姿を現した。
「余計な真似するんじゃねえ」
屋敷の敷地内に入った瞬間からぶつけれていた視線に気付かないほど鈍らではない。
それはかつて少女の母親であった女を愛し、今現在もっとも少女の側にいる男―――。
立ち止まり振り返ると、苛立ちの形相と出会い山本は薄く笑う。
「・・・よぉ電光のγ」
通り名で呼ばれた男は、いかにも嫌そうな顔つきをして見せた。
「姫は何があっても俺がお守りする。・・・姫の手を汚させるなど、絶対に・・・」
「ユニはやるぜ」
山本のはっきりとした口調に、γの眉間がきつく寄せられた。
「ユニの目はあの人とそっくりだ。何かを守るためなら、何を犠牲にしても敵に立ち向かうだろ。・・・それが例え自分の身体であろうとな」
その時に、ただ無防備に身を晒すのと、多少の闘いの仕方を知っているのとでは訳が違う。
「・・・ユニは、自分で選んだんだ。ボスを継ぐのも、ファミリーを守るのも。その為に、強くなることも・・・」
自重気味に笑って、男はじゃあなと手を振り、長く続く森林公園への入り口までの道を歩き始めた。
曖昧な笑顔で真意を隠す男の背中に、吐き捨てるように舌打ちするとγも屋敷へと踵を返す。
(俺はもう絶対に・・・)
誰よりも愛しかった、なのにこの手で守りきれずに散らしてしまったあの人の命。
忘れ形見であるユニを、もう決して自分の落ち度で亡くしたくなど無い。γはきつく目を瞑ると目蓋の裏に浮かぶ面影を振り払うようにかぶりを振り走り出した。あの日手を離してしまった少女の傍を、もう一瞬たりとも離れていたくなどないから。
二度と後悔など、したくないから。
 

 森林公園の入り口に差し掛かった場所で、左右に大きく開かれた背の高い門に、同じように背の高い男が寄り掛かっているのを見つけて、山本は微笑み駆け寄った。
「帰ってたのか」
「ボンゴレに任務完了の報告をしに行ったら、オマエはいないと聞いたんでな。大方こんなことだろうと踏んで来てみりゃ・・」
背を預けていた門からそろりと離れた全身闇に包まれたような男は、その首を少し傾けるように己より僅か低い山本の薄茶の瞳を見下ろして。
「・・・余計なお節介ばかり焼いていると、いつか痛い目を見るぞ」
男の低い声に、思い当たるふしありありの山本は、口角を弓なりに引き揚げて見せた。
「俺に痛い目みせようってんならいくらでも。けど、あの子がそんな目に逢うのはやっぱ嫌なんだよな」
大事な大事なあの人の忘れ形見。この手で守って上げられるのならばいくらでもそうしてやりたいけれど、自分とあの子は違うレールの上を行く。そんな自分にしてやれることといえば。
「あの子は自分の傷よりも、人の傷に心を痛める子だ」
何も出来ない自分の為に、もしも誰かが倒れるような事があれば、どれ程傷つくだろう、どれ程自分を責めるだろう――。
山本はふわりと目を細めて公園の眩しい緑を見つめる。キラキラ輝く新緑の葉は、成長期の伸びやかな少女と重なる。
「女の子ってのはどうして一足飛びに大人になっちまうのかねぇ・・・」
γを見つめる少女の目は、既に大人の女の目だ。彼女はあの男のためなら、いつかきっと命すら投げ出すだろう。未だ自分の母を想う男を見つめる健気な瞳の奥に、静かな情熱を読み取ってしまった山本は、黙って見ていても仕方がないと悟った。
誰が手を差し伸べなくとも、彼女は自ずと自らを強くする方法を探そうとするだろう。だからその役を買って出た。どうせ彼女の周囲の連中には、彼女を大切に思うあまり、籠に入れておくことしか考えられない事は分かっていたから。
「俺が痛い目見たら、仇とってくれとは言わねえぜ」
「当然だ。そういうのを自業自得って言うんだアホ」
「でも手当てはしてくれよな?」
「ふん・・・ああ手厚くしてやるぜ。あっちもこっちも怪我してないとこまで念入りにな」
「あはははは、よろしくー」


公園内の煉瓦で出来た通路を肩を並べ歩く二人の髪を、柔らかな春の風がくすぐっていった。
緑の葉を生い茂らせ、蕾をたわわに付けたバラたちに、咲けよ咲けよと囁きながら――。



おわり



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あきゅろす。
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