キリ番リクエスト
3000番ジョイント!  学校へ行こう!<後編>
「・・ええと、そうじゃなくて」

 気を取り直した八重がこまちに向かってまた兄の手を引く。雲雀は武の手を離さずにいたので、武も引っ張られる形になり自然立ち上がるはめになる。
 どうやら八重は兄恭弥をこまちと仲良くさせたいらしい。

「ねぇ恭兄様、秋元先輩はさっきも話したとおり「菓子舗小町」のお嬢様なの。読書家でいろいろなお話に精通していらっしゃるの。兄様も読書が好きでしょ、とても話が合うと思うのよ」

ーーーまぁ俺小説よりは漫画の方が好きだしね。

「とてもおしとやかで何処かの誰かみたいにがさつじゃないし」

あー、それを言われるとちょっと、ねぇ?

「男より腕の太い女なんて、私が男だったら嫌だわ」

・・・仕方ないじゃん、筋力つけるために筋トレでバーベルだって持ち上げるんだから!・・・って俺、雲雀より腕太かったっけ?!

 次から次へと出てくる武へのあて付けとしか言いようの無い言葉に、さぁつぎは何だ!と身構えたときだった。

「第一、たかだか商店街の寿司屋風情が雲雀家の跡取りと付きあおうだなんて身の程知らずもいいところ。秋元先輩のような老舗ならともかく、伝統も何も無い
あんな小さな店のむすめ・・・」

 そのとき図書室に硬質な音が響いた。お茶を飲んでいたまばらな人影も、カウンターの中でこちらの様子を伺っていたナッツもその音にビックリして見ている。

「いい加減にしろ 八重」

 八重は一瞬何が起きたのかわからなかったが、頬に手を当てるとだんだん熱くなってきていて、自分がぶたれたのだということが解った。静かだった図書室がざわざわし始め、衆人環視の中 口を開いたのは

武だった。

 武は雲雀に繋がれているのとは反対の手で八重を叩いたのだ。八重の小さな顔にピッチャーである武の手はさぞや痛かったことだろう。だのに、こまちには何故か、武のほうが痛そうな顔をしているように見えた。

「ーーーー八重、雲雀のお父さんお母さんが俺を良く思ってないのは、俺ががさつなせいじゃないの?寿司屋じゃ釣り合いがとれないから?それなら俺は雲雀と付き合うのやめる。俺は親父のこと誇りに思ってる。お袋亡くしてから男手一つで俺のこと育てて、立派に店切り盛りして、そりゃ家は大きく無いけどすっごく幸せだ。俺は親父のこと世界一の父親だって思ってるよ。 頑張っている人を見下すような人間とは付き合えない。・・・ひばりは違うと思ってるけど、爺さんもそんな人じゃ無かったって思ってるけど、でも八重が言ったことがひばりの両親の本心なら、俺は・・・」

 いつものような笑顔も無く、八重を見ているのかどうかも解らないどこかぼんやりとした表情で、武はただ「そんな人間になるなよ八重」そういい残して、雲雀の手を振り払うと いつの間にか出来ていた人垣を掻き分けて出て行ってしまった。

「・・・・・八重」

 重苦しい雰囲気の中さらに地を這うような低い声が聞こえ、一同は固まった。真っ黒な暗雲を背負った雲雀が八重の着物の襟を掴んで締め上げようとしていたのだ。

「や、やめて雲雀さん」

「おい、やりすぎだ!」

 あわてたこまちとナッツが抑えようとするが、二人とも非力なため、怒りに我を忘れている雲雀を抑えることは難しい。なんとか引き離そうとするのだがこの細身のどこにこんな力があるのかと思えるほどにその腕は硬く、強かった。

「兄様・・・くるし・・」

 八重が息苦しさに目を潤ませて懇願するが 雲雀は聞き入れてくれない。というより、忘我のあまり届いていないのだ。ナッツもこまちもどうして良いか解らずにただその腕にすがり、雲雀が何とか落ち着いてくれないかと考えていると

「駄目だって言ったでしょひばり。ひばりの手はそんなことする為の手じゃないって」

 人垣のさらに向こうのほうから、アルトの声。

「お前が妹じゃなかったら噛み殺していたよ」

 雲雀は彼女の声を聴いた途端 八重の襟を掴んでいた手を離し、ナッツとこまちの手を振りほどくと 人垣の向こうへわき目も振らずに駆けて行った。

 
 八重のことなど一度も振り返ることなく武を追い駆けて行ってしまった雲雀の背中を ただボーゼンと見送ったナッツとこまちは、そこにくず折れてぼろぼろと泣いている八重をそっと起こして椅子に座らせた。
 野次馬たちは雲雀がいなくなったと同時に いつの間にか姿を消していたので、ナッツは嗚咽を漏らして泣いている八重の為に ぬるめのお茶を用意し、こまちは隣に座ってそっと震え続けるその背を撫ぜた。

「お兄さんを大切に思う気持ちはわかるが、さっきのはいただけないだろう」

 泣き濡れ、武に叩かれたために紅くなった頬に濡らしたタオルを当ててやりながらナッツが言う。

「・・・彼女は君に対して何も言い返したりしなかった。それを良い事にさんざん嫌味を言って挙句家族のことを持ち出して、彼女を傷つけた。誰がどう見ても君に非がある」

 八重の目から新たに涙がこぼれる。
 ナッツの歯に衣着せぬ物言いに初めこそ傷ついたこまちだったが、それは彼の正直さであり美徳であることを知っているこまちは 何も言わずにただ八重の背を撫ぜる。

「誰にも、人の心を傷つけていい権利など無いと俺は思う」

 そうして、ナッツの言葉をどこかぼんやり遠くに聴きながら、後悔しているのか ただ叩かれたことに腹を立てているのかわからないままの八重に こまちが言った。いつもの優しく涼やかな声。

「私、思い出したことがあるの。山本さんて「竹寿司」の山本さんだったのね・・・」

 こまちがまだ小学生の頃、父も今よりは少し若くて先代であるお祖父さんとしょっちゅうぶつかっては、試行錯誤しながら独自の菓子を作ろうと苦労していた。そんな中一昨年から春だけの期間限定で始めた「うぐいす餅」が好評を博し、今年は五月に入る前に材料が無くなり 嬉しい悲鳴を上げていた。

「ええっ、うぐいす餅無くなっちまったのかい!?」

 外で遊んでいたこまちが、店から響く大きな声に何事かと店の暖簾越しに中を覗くと、背の高いおじさんがショーケースに張り付いて中を見ながら叫んでいた。
 売り子のお姉さんは困った様子だ。

「申し訳ございません、大変ご好評いただきまして四月中に終売となってしまいまして・・・」

「なんとかならねぇかい、うちのやつが此処のうぐいす餅が大好きなんだよ。明日命日なんだ どうしても仏前に供えてやりてぇんだ」

頼む、この通り!

 今にも土下座せんばかりのその迫力にたじろいで売り子がおろおろしていると、

「どうしたんだい」

 菓子作りの手を休めて父が顔を出した。そのおじさんから一通りの話を聴いた父は

「うちのうぐいす餅を気に入ってくれたのはありがたいのですが、何分季節商品で終売の札を掲げた以上また作るわけには・・・。他に奥様が好きだったものは無いのですか?」

眉根を下げて、そう尋ねた。

「・・・うちは一昨年こっちに引っ越してきましてね、恥ずかしい話それまでは店を構えるのにとにかく節約節約で とてもじゃねぇが好きなもんなんて食ってる余裕無かったんでさ。そんなあいつがお得意さんからいただいた こちらのうぐいす餅を気に入っちまってね 「うまいうまい」って、まぁにこにこ笑いながら食ってましてね。来年も次の年も またこれが出たら自分で買って食べるんだって、そりゃ楽しみにしてたんですよ」

 真剣な顔で一所懸命話すおじさんの顔を見ながら、父はとても難しい顔をしていたけれど、ふと眉間によっていたしわを解いて ポンとおじさんの肩を叩いた。

「わかりました なんとか頑張ってみます」

 そう言って微笑んだ父の顔を私は一生忘れない。

 それからすぐに父はあちこちに電話を掛け 何とか材料を揃えて 出来上がった餅をわざわざ そのおじさんの下へ届けてあげたそうだ。

「とてもよろこんでくれたよ」

 もともとおしゃべりではない父は たった一言そう言って目を細めて笑っただけだったけれど、きっとあのおじさんは物凄く喜んだに違いない。だって次の年もその次の年も、命日が近づいてうぐいす餅を買いに来る時は いつも重箱一杯にそれは綺麗なちらし寿司を持ってきてくれるようになったから。
 あのとき、自分はあのおじさんと父の背中を見て「後悔しないよう最後まであきらめずにやってみること」を学んだのだ。


「優しくて素晴らしいお父さんだと思うわ。亡くなったお母様のこと、とても大切にしていらっしゃったのね。そして山本さんのことも。・・・あんなふうに堂々とお父さんを誇れるって、凄いことだと思う・・とても、素直な人だと思うわ」

 こまちは決して八重を責める事はしなかったが何故かとても居心地が悪かった。
 泣き止んだ頃合いを見計らって そろそろ良いだろうと、二人揃って休憩に来た人のため再びお茶を用意しようとカウンターへ向かうと、その横をつむじ風のように八重が追い越して行き、二人は顔を見合わせて少しだけ笑った。


 大きなスライドで歩く武に追いついて、武の名前を呼ぶと武が「ぎっ」と睨んできた。

「雲雀のおたんこなす!」

「わぉ それって褒め言葉?」

「・・・おたんちん」

「おもしろいね もっと言って」

「・・・・・・土手かぼちゃ」

「・・つかぬ事を聴くけど君、歳ごまかしてないよね?・・ま・いいや 他には?」

そっと繋いだ手をしっかり握りなおして 近くにあったベンチに腰掛けるように促すと、おずおずと付いてきた。


「・・・・・ごめんひばり」

 繋がれた手に視線を落としたままの言葉にいつもの元気は無く。

「何が?八重を叩いたこと?そんなの、君がやらなきゃ僕がやってたよ」

雲雀の言葉に、少しだけ言いよどんで

「それもあるけど。・・・ひばりの親のことを悪く言った」
「・・・ひばりとも、付き合わないって」

 激高して心にも無いことまで口から飛び出してしまった。

「・・・それくらい、頭に来たってことでしょ?いつも武は自分のことじゃ怒らないじゃない。剛さんのことあんな風に言われたら、武が怒るのは当然でしょ」

だからって、あんなことを言われて雲雀だって嫌だったに違いないのに。

「でも!それじゃひばりよりも親父が大事だって言ってるみたいじゃないか!!」

「良いんだよ」

 罪悪感が拭えない武に雲雀はきっぱりと言った。雲雀の、よく通る低い声。

「僕はね、いずれ剛さんを追い越して君をさらうつもりだから。障害は大きいほど燃えるってものでしょ?」

 人の悪い笑みで物騒なことを言って、だけどそうしていつの間にか雲雀は武の心を軽くしてしまう。

「・・・・ひばりのええかっこしい・・・」

「だから君は一体いくつなの」

 あはは、と何となく笑いあって額をつき合わせていると、ふと誰かのぶしつけな視線に気付き、二人してそちらを振り向く。

「八重・・・・」
 
 校庭の出入り口のところで、目に一杯涙をためて、真っ赤な顔に「ごめんなさい」を貼り付けて立っている八重がいた。



 「そう、あれからそんなことがあったの」

もうすぐ閉幕となる学園祭の最後の締めである、在校生・来校者参加のフォークダンスの前に図書室へ立ち寄ったかれんが お茶をすすりながら興味津々な顔をする。

「あんな泣きはらした顔じゃかわいそうだってナッツさんがもう帰してしまったんだけどね」

「かわいそうとは言っていない!そんな顔でここに居ては来た人が驚くと言ったんだ!」

どこをどう聞いたらそうなるんだ、とカウンターにもぐってしまったナッツを横目で見ながら

「・・・良かったわね」

かれんが目元だけで微笑んでこまちに言う。

「本当は私も少し心配だったの、こんな格好させたら男の子が放っておかないんじゃないかって。だからナッツがいてちょっと安心した。あの人が後ろで睨んでいれば誰も声を掛けたりしないでしょ」

こまちはかれんを見て、ああやはりと思った。責任感の強いかれんは、学園祭の成功を念頭に置きながも、こまちのことを心配していたのだ。色々と背負い込んで時に潰れてしまいそうになって、それでも弱音を隠す、強くて脆いかれん。どうかいつかこの大切な彼女にも大きく包んでくれる誰かが現れますように。

「ふふ、でも何のお誘いも無くてちょっと残念だったかもね」

おどけてそんなことを言うこまちを、向こうでむっつりしながら皿を拭いているナッツと見比べて、かれんは声を立てずに楽しそうに笑った。




「それでは皆さん、サンクルミエール祭はこのフォークダンスをもって終了いたします、心行くまでご堪能ください。本日はどうもありがとうございました!」

 聡明な会長の挨拶と共に音楽が流れ出し、ライトに照らされた大きな輪が二重の円を描いて動き出した。
 輪の中に混じって、りんもうららも、もちろんのぞみも楽しそうに踊っている。そして、結局帰ることが叶わなかった雲雀と武が、何故か女の子たちに「自分と踊って欲しい」と囲まれていて、雲雀の機嫌をすこぶる損ねていた。

「会長!大成功ですね!」

 副会長がその労をねぎらい、そっとマイクを受け取り かれんの好きな葡萄のジュースを手渡す。
 沢山の笑顔を目にして、かれんは満足げに微笑むと、「あなたも、お疲れ様」そう言って彼女の反対の手の中にあるオレンジジュースを自分のそれと軽く音をたてさせながら触れ合わせた。


「よかったわ、無事に終わって」

 図書室の前の廊下の窓から下の様子を眺めながら、これでやっと肩の荷を降ろすことができた親友を想う。

「こまちは行かなくて良いのか?」

 片づけを終えて帰り支度をしながらドアに手を掛けナッツがこまちに尋ねる。
 フィナーレくらい、皆と過ごすことを咎める様なそんな狭量なことはしたくなかった。ふふ、とこまちが笑う。

「何だかおかしな一日だったけど、とっても楽しかったわ」

ナッツに向き合うと
「また一つ素敵な思い出になった」

 ホンの少し寂しさがよぎった様に思えたのは、今はまだ見なかったことにして。
 ナッツは着物を着たままのその手をこまちに差し伸べて一礼し、目元を和ませると

「最後に踊っていただけませんか?」

 そう言って、恥ずかしがるこまちの手を取り、音楽に合わせてすべらかな動作で彼女を誰もいなくなった図書室へといざなった。



 校庭ではダンスが続いている。明日からまたあわただしい毎日が始まるだろうけれど、今はこのままーーーかれんは夜空を見上げて心地よい疲労感に酔い続けた。



                おしまい

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あきゅろす。
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