キリ番リクエスト
50000ヒット猫鍋様リク 逢いたいから リボーンと山本
 コンコンと軽いノック音に男は目を覚ました。石畳の続く坂道、狭い小路を入った一角にある安いアパートメント。10畳ほどのフロアの端にベッドだけを置いて、金の尽きる頃合を見計らって仕事を請け負う、その日その日の気ままな一人暮らし。
 アルコバレーノの呪いが解け、フリーのヒットマンに戻ったリボーンのアパートに、何の連絡も無しに気安く足を運ぶ人間など、この世にたった一人しかいない。
「こぞー?居んのー?いねーのー?」
朗らかな明るい呼び声。マフィア界最強の殺し屋という肩書きを持つ自分を未だにそう呼ぶ男は、名を山本武と言った。
 かつてリボーンの教え子であった現ボンゴレ10代目沢田綱吉の、親友にして雨の守護者、そして今やボンゴレの双璧と呼ばれ綱吉の懐刀として名を馳せている。
 山本相手に警戒しても仕方が無い。リボーンは手にした銃を枕の下に隠すと、いつものように「ちゃおっす」と挨拶しドアを開けた。
「buonasera小僧!」
柔らかな笑みをたたえて立つ長身の男は、何故か大量の荷物を抱えていた。



「相変わらずなんも無い部屋だなー」
部屋に申しわけ程度についているキッチンらしき場所に手にしていた荷物をどさりと置くと、山本は部屋の主がベッドに座ったのを目の端に捉えながら、ぐるりと部屋を見渡した。
「小僧ちゃんと食ってるのか?たまにはボンゴレにも来いよ。いくらフリーに戻ったからって少しくらい顔見せてくれればいいのにってツナがぼやいてたぜ」
数年前まで野球少年だった山本の長いけれど先の丸い爪が、大きな発泡スチロールの入れ物から何某かを取り出していく。見ていると魚介類や野菜などの食材の他に、調味料から果てはカセットコンロまで飛び出した。
「おい、一体ここで何するつもりだ?」
ポケットから出したタバコに火をつけながら、怪訝そうに尋ねるリボーンに、山本は楽しそうに笑って。
「んなの、二人揃ったら鍋食うに決まってんじゃん!」
カシャンとコンロに小さなボンベを差し込んだ。



 もうもうと白い煙を吐いて煮えている鍋の中、入っているのは鱈や白子、ホタテに牡蠣。そして白菜にねぎにしらたき豆腐。
 思えば日本で綱吉の家に家庭教師として暮らしていた時分、よくママンは欠食児童のように食べる子供達のためにこうして鍋をしたものだった。肉は高いからと言って何故か麩が入っていたり、たまにパンの耳が入っていたりして驚かされたが、それがまた美味しかった物だから余計に驚いて。
 山本は備え付けの狭いキッチンに、申し訳程度にあつらえてある台の上で、白子のポン酢あえを作っている。
「やっぱ新鮮な白子は生で食べたいよな〜」
慣れた手つきで山本が作る料理は、きっと寿司職人であった今は亡き父親譲りのものなのだろう。山本はフリーになってから各地を点々とするリボーンを、どうした訳か住所も教えていないというのに見つけ出しては、こうして食材片手にやって来た。
「今日のこれは何なんだ?」
小鉢が無いのでコーヒーカップに入れられた白子の和え物を口に運びながら、鍋の具の煮え具合を確かめている山本にリボーンは声を掛ける。
 紙袋の中から皿を二枚取り出して鍋をよそう山本は、煙の向こうで手を休めることなく、正面の黒尽くめの男にイタズラっぽく片目を瞑る。
「折角日本から取り寄せたのに、一緒に食べようと思ってた奴が急に仕事入っちまったから。やっぱこういうのは新鮮なうちに食べないと旨くないだろ?」
「・・・・だんなか」
「はは、だんなって言うなよな〜」
ほい、と手渡された皿に、きちんと箸で手をつける。魚にも野菜にもだしがよくきいていて、山本の父親の味なのだろうにそれは懐かしいママンの味がして、遠い所に置き忘れたはずの郷愁が甦るような気がした。
「だんなとは上手くいってるのか?」

 何度となく問いかけた言葉。

「相変わらずってとこかな。心配してくれてサンキュな。でも大丈夫だぜ、ああ見えてアイツ優しいし」

 そして、何度となく繰り返されてきた、山本の返答。


 どんなに、どんな方法で何度問いかけても、あの頃から少しも変わる事がないその返事―――ぐるぐると、まるでダンスの輪のようだ。踊る相手は代わるというのに、お前は差し出す俺の手だけは受けてくれない・・・。


「小僧は?誰か一人に決めねーの?まぁ俺の言うこっちゃねぇけど」
いつも真っ直ぐに、話す相手の目を見る山本。その視線を逸らさずに居られるほど強い男でなくては、こいつとは渡り合って行けないことも、俺は知っている。
 こんなに血と欲にまみれた世界で、その世界を映し出す山本の薄茶色の瞳だけは汚してはいけないと、濁らせないで欲しいといつしかそう願うようになっていた。
 以前、最強と謳われた風紀委員長にそれとなく釘を刺そうとした自分に、雲の守護者たるそいつは“言われるまでもなく彼のことだけは守って見せる”と言った。だというのに、度々山本はその男のために顔を曇らせることがあって。
 ある日喧嘩をしたのだと寒い川原で頼り無げに背中を丸めた山本を、どれ程この手で抱きしめたいと思ったか、どれ程この呪われた小さな体が疎ましいと思ったことか。けれど優しくしようとするその手を、山本は受け取ろうとはしなかった。いいんだと、寂しそうに笑ってやんわり拒絶して・・・。
 俺とお前はいつも近そうで遠く、そうこうしている内にお前は手の届かない所に行ってしまった。自分の手を真っ赤な血で染め上げてもなおかつ傍にいたいと思う人間を、自分の唯一の存在を心に決めて、薄茶の瞳に映る背徳の世界にそいつだけを住まわせて。
 俺のものになる気がないのなら傍に来ないで欲しい、誰かを映すだけの瞳など見ていたくはない。だから俺はボンゴレファミリーを抜けた。もともと9代目と契約を結んでいた俺を引き止めこそすれ、留まらせるなど、ツナにはできない事だった。
 見送るお前の手を掴み、何もかも捨てて俺と一緒に来いと言えたならば。もしもお前が俺の手に入るのなら、何もかも投げ捨てて構わないと、本気で思ったのに―――いや、今でもその気持ちは変わらないのだと告げたなら、お前はどんな顔をするのだろう。


「小僧、・・・・こぞう?」
苦い春菊をごくりと飲み込んで手を伸ばす。もう俺はあの頃の赤ん坊じゃない。体は元の大きさを取り戻し、声だってボーイソプラノはとっくに廃業した。お前の頬を包む手はふにゃふにゃとした頼り無い子供の手じゃないんだぜ山本・・・。

なぁ、山本武―――。

「急いでかっ込むからだ。汁飛んでんだよ」
無造作に拭ってやれば、大人のくせに恥ずかしいよなと顔を赤らめながら笑う。

 もう来るなよ

 (けど会いたい)

 抱きてえ

 (俺のものにならねえのは十二分に分かってる)

 笑ってくれ

 (その笑顔が例え俺に向けられるものじゃなくても)

 どんなに押し込めても湧き上がって来るこの感情が凪いだ頃に、また山本はやって来るのだろう。こうして沢山の食材を抱え、親しげに幼なかった頃の自分の愛称を口にして。その度にもう止めよう、もう来ないでくれと自分から告げようと決意しながら、なのに、なおも、それでも―――。



「じゃ、俺帰るな」
来た時と同じように発泡スチロールの大きな箱を左肩に下げて。けれどその中には保冷剤しか入っていない。
「他のは置いてくから、少しは飯作って食えよ!」
またな小僧!と坂道を振り返りながら手を振る山本を視線だけで追い駆ける。決して手に入ることのない、優しくて強くて残酷な 愛しい男。


  逢いたい 逢いたい 逢いたい


  愛  が  いたい


 そう唄っていたのは何番目の愛人だっただろうか。二兎を追うもの一途も得ず、たった一人の愛する男を手に入れられないのは、愛情の矛先を1つに絞れず何人もの女を愛人にしてきた罰なのかもしれない。
 鍋で温まった体に冷たい霧がまとわりつく。見上げれば霞んだ空に、白い月がボンヤリと光を放っていた。



「あ、もしもしビアンキ?おう、ちゃんとこぞ・・リボーンに食わせて来たぜー。アンタの調べた住所で間違いなかったぜ。相変わらずきっついタバコ吸って、不健康そうな生活してたなー」
 黒塗りの車を走らせながら、携帯で電話する先は、いつもあのヒットマンに心を砕く獄寺の姉。
「・・・そろそろアンタが行ってやった方がいいんじゃね?」
勘のいい殺し屋の事だ、実はもう誰の差し金で山本が動いているか気付いているかもしれない。
『・・・いいのよ。たとえ気付かれていたとしても、彼が笑ってくれるなら私はそれでいいの』
静かな声で囁くように。気まぐれに立ち寄るだけの男に、愛情を惜しげもなく注ぐ哀しい女。
「・・ビアンキ」
 ・・・なぁ、アンタはいい女だよ。小僧にゃもったいないくらいに。
『・・馬鹿ね。あの人にだからこそ、そうなれるのよ』
遠く離れた恋人を追って日本にまで来た激しさはなりを潜めたが、今もなお、その胸の内には静かな恋の炎が青白く燃えているのだろう。
「・・帰ったら内緒で撮った写真見せてやるから、楽しみにしてるといいぜ」
「・・・ありがとう」
電話越し、微笑むような吐息が聞こえた。



 山本は車の窓を全開に開けた。山本はタバコを吸わないし、この車の所有者も吸うのは本人曰く気分がイラついたときだけ。けれど山本の髪にも衣服にもリボーンのきついタバコの臭いが纏わり付いて車の中に充満してしまっていたから、皮のシートに染み付いてしまわぬうちに飛ばしてしまおうと。
「焼きもち妬かれるのは、まんざら嫌いじゃねえけど」
自分と彼との関係を邪推されるのは、何となく面白くないから・・・。
 黒尽くめの子供が自分に向ける感情が、周囲の人間に向けるものと少しだけ違う物である事に気付いたのはいつだっただろう。そんなに最近の話ではない事は確かだけれど。
 自分は卑怯なのだ。愛する人は一人と決めておきながら、向けられる好意を断ち切ることはしない。何も知らないふりをして、ずっとこのままの関係でいたいと思っている。
 だって、彼は。友達の家庭教師で、信頼の置ける殺し屋で、中学生の頃から生徒であるツナよりも自分を可愛がってくれて。いつも、いつもどんな自分でも受け入れようとしてくれていた、たった一人の―――。
 例えば彼が失恋したんだ慰めてくれと頼ってきたなら、その肩を抱いて朝までとことん付き合ってやるだろう。どんなに酷いやり方で誰かの命を奪ったとしても、赦すだろう。
 恋人とは違う。けれどやはりとてもとても大切な、『友人』と言うにはあまりにも深すぎるこの思いに、何と名前をつけたらいいのか、多少あの頃より年を重ねた今でも山本には分らない。
「俺達って・・・なんなのかな?なぁ小僧」
 少しだけ苦い物を飲み込んで、山本は髪に染み付いているリボーンの香りを振り払うように一度だけかぶりを振った。
 アクセルを踏み込む山本の髪を、霧に濡れた夜風が揺らす。メールの着信音に、設定された人物が自宅へ帰って来たかと山本は片眉だけ顰めるように笑うと、バックミラー越しにまたいつ逢えるか分からない最強の元家庭教師の住む町に別れを告げた。
 彼が無敵のヒットマンに向けるその感情が、それもまたひとつの愛の形だということには気付かぬままに―――。

 

   おわり

 50000ヒットを踏んでくださった猫鍋様のリクエスト、『リボーンと山本』でした。
 リボーンは男の哀愁とでも言うのでしょうか、『背中で泣いてる』(byルパン3世)という言葉がとても似合う人だと思っています。そしてビアンキは愛する男をそのまま包み込んで上げられる包容力のある女だとも。そんな男の美学のような感じが出ていたらいいなぁと思いながら書かせていただきました。山本はリボのことは特別だと思っているんじゃないかなー、とは思うのですが、いかんせん一線は踏み越えちゃいけない、とも。それはビアンキのためであったり、恋人の為でもあったり。しがらみが無ければとびこんでしまうかもしれませんね(笑)作中の山本の旦那はさあ誰でしょう。あえて名前は書きませんでしたけれど、雲雀でもザンザスでもお好きな方で想像していただければいいと思います。猫鍋さま、リクエストありがとうございました!
 タイトル『逢いたいから』古内東子。

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