キリ番リクエスト
9999上総様リク 君の好きなトコ <中編>
「残り5分」
腕時計を見ながら片瀬がテスト中の山本の机を人差し指でトンと叩く。山本は一通り問題を解き終わり、見直しをしようか、と上から答えを目で追っているところだった。
すると
「もう終わったんだろ?」
監督していた片瀬が話しかけてくる。
「・・・・」
まだ時間が残っていることと、テスト中は口を開いてはならないことを一応気遣って黙っていると、いきなりバン!!と机を叩かれ、驚いて頭を上げる山本に片瀬が掴みかかってきた。
「お前が誰を庇ってここにいるか俺は知ってるぞ!この偽善者め!!・・・じゃあ何でお前が此処でこうしていなきゃならないか教えてやろうか?」
目を瞠った山本に憎々しげに言葉を吐く。
「俺はお前みたいな奴が大嫌いだからだ!」
「ちょっと人気があるからって何してもいいと思ってんだろう!?教師に対して平気でタメ口ききやがって、俺が階段踏み外した時も楽しそうに笑ってやがったよなぁ!?」
「・・・は?」
山本はそんなことしたっけ?とガクガク揺さぶられながら考える。
上下関係のある運動部に小さい頃から所属していたので、「〜っす」とは言うが、けして同等な口を利いている訳ではない、と自分では思っていた。人気があるからと何しても良いなんて、そんなことがあるはずは無くて、人気がある分、行動を制限されることだってあるのだ。そして何より・・・
「俺、先生が階段踏み外したとこなんて見てたっけ・・・?」
山本のぼそりと言った言葉がさらに片瀬の怒りを煽ったらしい。
顔を紅潮させた片瀬は、いきなり自分の着ているジャケットのポケットからシャーペンを取り出すと「映画で面白いのを見たんだ」と言った。
「これで自分の手の甲に“俺は嘘つきです”と次のテストが始まるまで書いて反省するんだ」
「は・・?!」
「いいか、次のテストが終わった後も同じように書くんだぞ」
「何で・・!?」
訳がわからない、とシャーペンを持ったまま片瀬を見上げた山本の頭頂部を乱暴につかみ、楽しそうに口を歪めるとその耳元に囁いた。
「本当にカンニングした奴をバラされたくなかったら言うとおりにするんだな・・・!」
3限までのテストが終わり、部活動も休止中であるため皆一斉に帰り支度を始める。雲雀は応接室で山本が来るかと、今か今かと待っていたのだが一向にその気配は無かった。
中間の時もテスト期間中は一緒に帰っていたのに、まさかまだ片瀬に説教でも喰らっているのだろうか?一人別室でテストを受けている山本の所へ行こうとすると、教室棟の1階の廊下を歩いている当人を見つけて雲雀はその足を速めた。
『外出中』
ドアに下げてあるカードを見て、山本はホッと息をついた。鍵は開いていたので勝手知ったるなんとやらで傷薬と絆創膏を取り出していると、後ろからいきなりそれを奪い取られ、驚いて振り向いた山本の目に、その自分の手を凝視する雲雀の顔が。
「・・・なに、それ」
急いで隠そうとするが、雲雀の馬鹿力にがっちりと押さえられピクリとも動かすことが出来ない。
血がにじんで醜くミミズ腫れになったそこを、山本はあわてて反対の手で覆い隠した。
「べ、別になんでもないから!ちょっとぶつけただけだから!」
必死に言い訳するが、打ち身などで無いことは一目瞭然だ。雲雀は傷口に重ねられた手をグイとはがすと、何がしか口を開こうとする山本を制し、消毒液を浸した綿をピンセットで取り、傷口に当てていく。
「片瀬なの?」
「・・・・・」
傷薬を塗布されるが、そこまで刷り込む必要があるのかと思うほどの丁寧さは、雲雀の怒りの深さを思い知らされているようでなんとも居心地が悪い。
「・・・わかった」
絆創膏では収まりきらない傷口にガーゼとテープをきれいに貼り付けると、いきなり袖口から物騒なものを出して立ち上がった雲雀に山本はあわてた。
「ちょっ・・どこ行くんだよひばり!!」
「自分の恋人を傷物にされて黙っているほどお人よしじゃないんだよ僕は」
酷く怒っている様子にドキリとするが、ここで雲雀に出て行かれては困る。
「ま・・・駄目だってひばり・・!!」
止めようとした山本を雲雀は勢いよく撥ね付け、鋭い相貌で見つめた。
「君を傷つけられて!君からその理由も話してもらえないで!僕は君の一体何だ!!」
「ひばり・・」
激しい怒りを叩きつけられ、山本はひるんだ。雲雀が自分のためにこんなに怒るなんて・・・。
少しだけ思案したが、覚悟を決めたように1つ頷くと、山本は雲雀のトンファーの先をそっと握ると、「話すから、これしまえよ」と言ってベッドに腰掛けるよう促した。
「荒井とは、小学校も同じだったんだ」
5年のときクラス替えで一緒になった、色白の気の弱そうな奴だった。
虫歯で腫れ上がった頬を見せびらかして、ふざけて「親父になぐられたんだ〜」なんて言って笑っていたら、休み時間に「山本くんも、お父さんに殴られてるの?」とおずおずと聞いてきた。
「も・・・って、荒井、親父さんに殴られるのか・・?」
荒井の父親は、もと大きな病院の外科医だった。手術中のミスで指の筋を切ってしまって、二度とメスを握れなくなってしまい、病院をやめざるを得なかったそうだ。だから、自分の夢を息子に託した。
「毎日毎日、マンツーマンで勉強させられるんだって」
答えが間違っていると「こんな問題が何故できない!」と殴られるらしい。それでも、彼は中学受験目指して頑張っていた。山本がリトルで真っ黒に日焼けしている時も、祭りで友達と射的に夢中になっている時も、塾に通い、父と共に勉強し。
「でも、落ちたんだ・・・」
―――あの日、荒井が受験の為に学校を休んでから数日後、山本はよく行く河原にふらりと足を伸ばした。
丸い真っ黒なものが落ちている・・・と思ったらそれは人間で、蹲って泣いているというのが解った。
どうしよう、慰めるべきかと迷っているとその人物が顔を上げて、こちらを見た・・・そうして、山本はその見知った人物にかけるべき言葉を失った。
彼の泣きはらした顔はところどころが真っ赤に腫れ上がり、口元には血が滲んでいた。
「・・・荒井、なんで・・・」
彼は何も言わなかった。けれど山本にはわかった、父親がやったのだと、あんなに頑張ったのに、そのことを褒めるよりも受験に失敗したことを責めて殴ったのだ!山本は自分の腹の中が怒りで熱くなるのを感じた。
「荒井の親父は最低だ!!」
言うなり山本は荒井の家に向かって走り出そうとした、だが
「やめて!やめてよ山本君!!俺が、俺が悪いんだから・・・!」
後ろから弱々しくも自分を捕まえる荒井の手を振り払うことが出来ずに仕方なく立ち止まる。
「俺が、合格できなかったのが、悪いんだ・・!父さんは一所懸命勉強を教えてくれたのに、俺、期待を裏切って・・」
ボロボロの自分を差し置いて、それでも父親を庇うその姿が、やるせない。
「そんなの!!親が子供に一生懸命になるのは当然だろ!?だけど受験に合格しなかったからって、だからってこんなになるまで殴っていいのかよ!お前がどんなに頑張ってたか、一番よく知ってるのはその親父じゃねえのかよ!?」
「それでも!俺が悪いんだよ・・・!!」
山本はわからなかった。剛は悪いことをすればそりゃあ鉄拳を振るうことが無いわけじゃなかったけれど、こんな風にまるで自分の憂さ晴らしのように子供を殴るようなことなど一度も無かったから。
「あいつさ、それでも、親父のこと好きなんだって。尊敬してるんだって」
だから、並盛中に入ったばかりの当時から、すでに高校受験を見越して沢山の塾を掛け持ちしていた。それでも、テストの後に顔を赤く腫らしている姿をたびたび見ている。
「・・・だからって、君が庇って彼のためになるの?」
「・・・そうだよ。本当に俺の自己満足なんだ。だから放っといて欲しい。どうせ後3日でテスト終わるんだからさ、点数出りゃ俺がカンニングなんてしてないってわかるだろうし。あ、でもひばりが、教えてくれたトコ、俺ちゃんとできてるって自信あるから、片瀬に何されたって赤点なんか取らねえよ!」
山本はそう言ってハハッと笑った。―――彼の、こういう一度関わってしまった人間に対してどこまでも許してしまう姿勢が僕には無性にやりきれないときがある・・・。
雲雀はイラつく気持ちを抑えて山本の傷ついた手に、そっと触れるか触れないかわからないくらいの軽さで口づけを落とした。
山本はその日もテストを受け、自分の手に傷を刻み、痛みに耐えて放課後を迎えた。帰ろうとする山本を片瀬の声が止めようとする。
「痛いんだろ?その手」
面白そうな、軽く嘲笑の混じったその声。山本は一度振り返ったが、黙ってドアを開けようとした。
「そういう態度が気にいらねえって言ってんだ!!」
ガツン!片瀬の蹴った椅子が太ももの裏側に直撃して痛さに山本は蹲った。
「・・っつー・・・」
「あんときもそうだった。俺が荷物で前が見えなくて階段踏み外してこけた時、すぐ傍にいたお前は手助けもせず笑って俺を見ていやがった・・・!」
「・・だから、それいつ・・」
「るせえっ!」
興奮した片瀬は山本の言葉など聞く耳を持たず、そのまま腹部を蹴り上げられて、せり上げるものを押さえようと山本は口を塞ぎ、そういえば、と思い出していた。4月、沢山の資料を抱えた先生が階段を一段踏み外したので、「ばっかだなーセンセ、気ぃつけろよー」と笑った覚えはあった。けれどそれが片瀬だったかも、手を貸さなかったという覚えも、無い。
「・・・このこと、しゃべったら、どうなるか解ってんだろ?」
腹を押さえたまま蹲っている山本の顔を楽しげに見下ろして、「あと二日、我慢できるかな?」そういい残して片瀬は出て行った。
気持ち悪さにえづいていると、その教室にバタバタと駆け込んでくる影が。
(ひばり・・・?)
山本がふらふらと視線を上げると、そこにいたのは泣きそうに顔を歪めた荒井だった。
「なんで・・・なんで俺がホントの犯人だって、言わないんだよ!」
荒井はテストが終わった後、山本を待っていたそうだ。職員会議で山本がテストを受けられることになったと聞いてホッとしていたのもつかの間、教師にピッタリ張り付かれている上、たった一人で受けなければならないと、しかもその監督はいつも山本を目の敵にしている片瀬だという。
「心配で来てみたら・・・こんな・・・何でだよ、俺のことなんかバラしたっていいじゃないか、山本は悪くないのに・・!」
荒井の目からぱたりと涙が落ちた。山本はまだ気持ち悪さを引きずっていたが、よろりと起き上がると荒井の肩をポンと叩いて、わずかに笑う。
「なあ、お前あの紙、見たの?」
あのときの、カンニングペーパー。山本が荒井の行動を見たときはまだその紙は荒井の手の中に落ちたばかりだったはず。
「・・・君のさわぎで、それどころじゃなかった・・・」
「じゃ、その他のテストでは?」
「見てないよ・・。・・見てないし、これからだって・・見ない」
その荒井の答えを聞いた途端、山本はニッコリと笑った。それは嬉しそうに。
「んじゃ、カンニングしてねえんだから犯人でもなんでもねえじゃん!!」
「だけど!だけど俺のせいで山本は・・・!!」
「誰のせいでもねえよ、荒井。俺はこうしてテスト受けるチャンスをもらってるし、片瀬のあれは・・・多分、ただの逆恨みだ」
「でも・・・」
言い募る荒井を真剣に見つめて、山本は言った。
「お前が頑張ってるの、俺はちゃんと知ってる。どんだけ殴られたって父親のこと悪く言ったこと無いお前のこと、俺はえらいと思うよ。・・・だからさ、つらくなったら言えよ。大したことしてやれねえけど、寿司奢ってやるくらいはできるぜ?」
「な?」と、相好を崩してバンバン背中を叩いてくる。
「山本・・・」
そんな山本につられて、荒井も涙を拭って笑った。
次の日も、その次の日も山本はただ黙々と問題を解き甲を削った。
1つだけ違っていたのはテストが終わると真っ直ぐに応接室へ向かい雲雀に傷を治療してもらうこと。「馬鹿だよ」「ほんっとに、馬鹿」眉間に皺を寄せ、そう言いながらも傷に障らないよう手当てしてくれる雲雀は優しかった。
「今日で最後だな」
2限目の音楽のテスト中、窓辺に座って山本の方を見ながら、また片瀬が話しかけてくる。
「手、痣になるかなぁ?」
腹立たしいほど楽しそうなその声を聴きながら、山本は無視を決め込んでいた。あと、もう一問で終わる。
(このテストが終わってしまえばこうして二人きりになることも、自分の手を傷つけることも無くなるんだ)
山本が問題を解き終わり、ホッと息をついて鉛筆を置いた、すると「よーし、終わったな」という声と共に、立ち上がった片瀬が山本を蹴り上げようとした。
とっさにその足を左腕で受け止めたが、ちょうど文字を刻んだ甲にヒットし、その痛みに顔を歪める。
「・・ってぇ〜・・」
痛みに蹲っている暇は無く、がむしゃらに振り回されるその腕をかわしながら後ずされば、すぐにドアにぶち当たってしまった。
(まずい!でも、ここで俺が反撃すれば荒井の事をバラされちまう・・あいつはやっていないのに俺のときみたいに父親が呼び出されて、また、あいつ・・・)
誤解された上に、大好きな、尊敬する父親に殴られたらどんなに痛いだろう。身体だけではない―――その、心が。
大きく振りかぶる片瀬が見えて、山本は覚悟を決め防御の腕をだらりと垂らすと静かに目を閉じた。
まだ続く・・・
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