キリ番リクエスト
1880自分祭り!君は僕の太陽だ (ひば女の子武)
並盛中学ただいま昼の1時すぎ。山本武は友達の黒川花・笹川京子と共にお昼ご飯の真っ最中。
「相変わらず美味しそうよねー あんたの弁当」
隣の武の弁当を覗き込んで、母親が作ってくれた自分の弁当と見比べながら花は言った。
「たけちゃんて入学してからずっと自分でお弁当作ってるんだよね?お母さんも朝からお仕事してるの?」
京子の無邪気な問いに花が顔色を変えて京子の口を塞ごうとするが、武はたいして気にもしていない様子で
「いんや、俺のお袋って俺が5歳の時交通事故で亡くなっちまってんの。だから小学生のころから朝と夕飯は俺が作ってんだよ。親父いそがしいからさ。」
もにもにとだし巻き卵をほおばりながら説明する武にすこし申し訳なさそうに京子が謝った。
「ご・ごめんね あたし知らなくて・・」
「いいよぉ!言わなかった俺もわりぃんだから。なんかお袋亡くなってから随分経つから皆が知ってるような気持ちになってたんだよな。わるいわるい!」
武は あはははと大きく笑う。
こうして絶対に人に気を遣わせまいとする彼女の気質を、花と京子はとても好ましく、そして少し哀しく思っていた。
「そういえば年忌 そろそろじゃない?」
部活が終わり、校内の巡回をする雲雀に付いて歩く武に雲雀が問うた。歩みを止めてこちらの方を向いている雲雀の顔が西日に照らされてまぶしい。
「まだだよ。年明けの5月だもん」
雲雀の顔からそっと目を逸らして ポツリと言った。
雲雀が武と初めて会ったのは雲雀が5歳の時だった。近所の商店街の空き店舗に寿司屋がオープンし美味いと評判になり、美味い物好きの祖父が
「よし恭弥!一緒に行くぞ!」
と、日舞のお稽古に勤しんでいた雲雀を私服に着替えさせ、半ば無理矢理そこに連れて行かれたのだ。「竹寿司」と描かれた暖簾をくぐると威勢のいい声が二人を迎えた。
「いらっしゃいませ、あらまぁ可愛らしいおぼっちゃん」
綺麗な女の人にそう言われて赤くなった雲雀に、小さな子供が熱い手拭をよこした。
「おしぼりどーぞ!」
「こら武!子供がお店に出てくるんじゃないっていつも言ってるでしょう」
女の人は武と呼ぶその子を抱きかかえて奥へ連れて行こうとしたが、ジタバタ暴れて するりとその手を抜け、カウンターで寿司を握っているおじさんに助けを求めた。
「とーちゃん!かーちゃんがいじめるーー!!」
(かあちゃん・・てことはあの綺麗な人この子のお母さんなのか。そういえば似てるかも)
椅子に登って今にもカウンターを越えようとする子供をスッと抱き上げ、
「おいおい 武もずっと一人で遊んでてあきちまったんだろ、仕方ねぇじゃねぇか。いいか武お客様にそそうをするんじゃねぇぞ?」
そう言うと調理場の暖簾をくぐってお客の相手をしている母親の元へ降ろした。武という子はにっこり笑って大きな声で言った。
「うん!おれ ちゃんと手伝いする!」
「まったく ほんとに武に甘いんだから」
苦笑する母親の後ろをピョンピョン跳ねるようについて行き、その様子を店内の他の客たちも微笑ましげに見ていた。なんとなく自分と似た様な年頃のような気がする。
(武っていうんだから男の子なんだろうな。友達になれるかな・・)
日舞をやっているせいか、男の子に見えない顔立ちのせいなのか、雲雀には遊ぶ友達がいなかった。華奢でおとなしく、加えて怪我をさせようものなら物凄く怒られるとあっては誰も怖がって近づこうとしないもの。雲雀が沈んでいると
「お兄ちゃんお寿司できたよ!」
と武が小さな手で子供用のちらし寿司を運んできた。 パッと花が咲いたように色鮮やかなそれに、お昼も食べずに稽古に勤しんでいたことに気付いて、急にお腹が空いてきた。
「うちのお父ちゃんのお寿司はおいしいよー!」
にっこり笑う武に ついついこちらもつられてしまう。
「・・・珍しいモンを見たなぁ、恭弥がわらうなんて。ここ最近むっつりした顔で稽古しとるとこしか 知らんかったぞわしは」
祖父にからかわれて 持っていた割り箸が変なふうに折れてしまった。すると
「お稽古ってなぁに?」
無邪気な顔で武が聞いてきた。後ろに立っていた母親が
「もしかして商店街を抜けた突き当りの大きなお屋敷の子?日舞の教室なさってる・・・」
僕を見ながらそこまで言うと
「日舞ってなーになーに?」
武がまた口を挟んでくる。
食べながらしゃべるのは行儀が悪いので目の前に置かれた美味しそうな寿司に箸をつけることも出来ずにどう説明しようかと思案していると、
「何だ坊主 日舞観たことないのか?そんなら連れて行ってやろうか」
横から祖父が言った。
「ほんと?見たい見たーい!!」
目をまん丸にしてはしゃぐ武に
「何言ってんの武は!すみませんねぇ子供の戯言ですから、気になさらないでください」
母親はこつんと頭を小突くと
「やっぱりあんたはあっちに行ってなさい」
と小声で言った。しかし祖父は
「いやいや、恭弥の笑顔なんちゅう久しくお目にかかってないものを見せてもらったお礼じゃ。遠慮はいらんよ。食べ終わったらこの子を連れて行ってもいいかな?」
そう母親にきいた。
「やったー!じいちゃんありがとう!!かあちゃん行っても良いって!!」
喜んで目をキラキラさせている武に もう何を言っても無駄だと踏んだのか、母親は祖父に
「悪いことをしましたら引っ叩いてくだすって結構ですから」
と言い、そして隣の雲雀へ
「この子よろしくね」
とにっこり笑った。
お腹一杯食べ、祖父が会計を済ませている間に
「はぐれると悪いから手をつなごうね」
僕が右手を出すと武は
「うんっ!!」
といささか興奮気味にぎゅっときつく握り締めてきた。三人で連れ立って竹寿司の暖簾をくぐろうとすると
「ぼっちゃん!家の娘くれぐれも宜しく頼んますよ!!」
心配そうな大きな声が聞こえた。僕と祖父は驚いて
「女の子だったのか・・」
思わず顔を見合わせてしまった。
その時から武はちょくちょく家に顔を出すようになった。初めて僕の稽古風景を見たときは目をキラキラさせていたのに「一緒にやってみよう」と誘ったら「おれ、おこられるのキライ」と言って逃げてしまった。どうやら師匠である父さんに僕がビシビシ注意されているのを見て嫌になってしまったらしい。
(まだ4歳だもんなぁ)
それでも天気のいい日は庭で水遊びをしたり、雨の降る日は公園で泥んこになってあそんだり、一緒に笑って一緒に叱られて一緒に泣いて。
武は僕に色んな気持ちを教えてくれる。太陽のようなその笑顔が僕は大好きだった。そんな僕たちを武の両親はいつも温かい眼差しで見つめていてくれて、ずっとそんな日々が続いていくのだと思っていた。
武と僕の誕生日は近くて、今年はお互いの家でお互いに誕生日をお祝いした。五月雨の中、お気に入りの赤い傘をさして僕の家に遊びに来ていた武と「誕生会たのしかったねー」「何回もあればいいのにねー」二人向かい合ってよろこんでクスクス笑いあって。そのとき、階下がドタバタとさわがしくなったと思うと、顔色を変えて飛び込んできた祖父が言った
「武・・・藤子さんが事故にあって病院に運ばれた」
病院に着いた時には既におばさんは亡くなっていた。
雨の中、醤油を切らしてしまって、傘も差さずに自転車で買い物に出たおばさんを前方不注意のトラックが撥ねたのだという。
即死だった。
おじさんの隣でおばさんの傷だらけの手を握り締めながら、おばさんが死んでしまったことを理解できない武は、ずっと
「おかーさん起きてよ」
「おかーさん武言うこと聞くから黙ってないでよ」
と困った顔をして必死におばさんに呼びかけていて 聴いている僕らの方が、泣いてしまった。
お通夜のときもお葬式の時も、武は泣かずに、おじさんの側にぴったりとくっついて弔問客に挨拶していた。そんな武を見て心無い大人の中には「母親が亡くなったってのに涙もこぼさないなんて・・・」と言う人も居て、僕はその言葉が武に聞こえてやしないかとドキドキした。
(子供だからって何も考えてないなんて、思わないでくれ)
武はあの時、必死だったんだ。武のおじさんおばさんは二人とも身寄りが無かったらしくて、葬儀の指揮はすべておじさんが執り行わなければならなかった。 おじさんがおばさんのことを大切にしていたのは武が一番よく知っていたから、そのおじさんが泣かずに気を張っているのに自分だけが泣いちゃいけないと思っていたんじゃないだろうか。武はその小さい胸にきっと沢山の悲しみを閉じ込めていたに違いないんだ。
葬儀が終わって、誰も居なくなったところにぽつんと二人だけが残った。僕は遠くからそれを見て、また悲しくなって 泣いてしまった。
あれから僕らは少しずつ離れていった。僕が小学生になってから塾に入ったこともあったけれど、何よりあの娘溺愛の父親が、武が小学生になった途端、家事をさせるようになったからだった。
妻を亡くしてからも小さな子供を抱えてたった一人で店を切り盛りしてきたおじさんは、武が小学生になったのを機に家の中のことを全て教え込む気でいるらしく、放課後は遊んでいる暇も無い。武も武で忙しい父親の気持ちを察して黙々とこなしている様だった。 僕は相変わらず他の子に馴染むことができず、そんな僕がからかわれていたりすると見かねて武が助けてくれたりするのが、嬉しかったけど本当は少し情けなくて恥ずかしかった。
ある日、いつものように僕を助けてくれた武が突き飛ばされて怪我をした。腕から赤い血が流れて、痛くないはずは無いのに一言も泣き言を言わないし、涙も流さない。だんだんと血の気の無くなっていく顔を見つめながら、僕はこのまま武が死んでしまったらどうしようとそればかり考えていた。
なのに。
あろうことか武はその僕に向かって弱弱しくも笑ったのだ。「大丈夫だよ」「だから泣かなくていいよ」と。
それを見た瞬間僕は走っていた。
「この子のこと よろしくね」
そう、おばさんに頼まれたのに。
武はいつだって僕を守ってくれたのに。
笑ってくれたのに。
僕ときたら、守ってやるどころか、武に何一つしてあげていないじゃないか!君が死んでしまったら僕はまた暗闇の中に戻ってしまう。そんなのは絶対に嫌なんだ!
「おじさん!!」
僕は竹寿司の戸を破る勢いで仕込み中の父親を呼んだ。
その後、僕は彼女を守りたい一心で格闘技を身につけ、不本意ながらも並盛最強の男と呼ばれるまでになった。それでも自信があるわけじゃないんだ。明るくてかわいい彼女を狙う男は多いし、何より彼女は僕を一人の男として見てくれているのかどうか・・未だにおじさんを越えていないような気がするのは気のせいじゃないはずで。
ぼんやりと行く彼女の隣をその歩幅に合わせてゆっくりと歩く。
「年忌の後、お墓参りに僕も行くよ。おばさんにはお世話になったしね」
周囲には心配させまいと どんなに悲しくても辛くても笑顔で接してきた彼女だったが、少しずつ自分の前では肩の力を抜くようになってきた 雲雀にはそれがうれしかった。
雲雀は思う。この先どんなことがあっても彼女を守ってみせる そしていつかあの父親の背中を追い越して、武の視線の先に自分の姿を映すことができるといい。そのときはこの腕の中で、あの日我慢した涙を思う存分流させてあげたいと。
そして思い切り泣いた後は
あのまぶしい笑顔で
ずっと僕の隣で
笑って
おわり
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