小説<ヒバ山僕シリーズ&ヴァリ山>
鰤パロ I'm here
「好きだ」
「あー俺も好きですよー」
「おい好きだっつってんだろ」
「はいはい、ほら好物の甘納豆。食べますか?」


 何度も何度も事あるごとに、まるで呪文のように聴かされ続けてきた言葉。小さな子供が真っ直ぐな目でくれる甘い誘惑は、もう既に人としての酸いも甘いも通り越してしまった感のある大人の自分には、何だか勿体無くて到底受け取れるような代物ではなくて。
 随分とはぐらかしてきたのだけれど、最近はもうネタも出し尽くしてしまった。



「好きだ」
「俺はだめです」
山と積まれた書類にさらさら名前を記しながら、顔すら見ることもせずに言ったいつものセリフに、返ってきたのが常のふざけた切り替えしでなかったことに、ザンザスは筆を走らせる指を止めて山本を見た。
 いつもだらしなくソファに腰掛け、どうサボろうかと画策している表情はそこに無く、きっちり座った薄茶の瞳が自分を見上げていた。瞬きもせず。
「・・・何が、だめなんだ」



 隊長が俺の背を追い越したら返事してあげます

 隊長の手が俺より大きくなったら好きになるかも

 俺に体術で勝てたら惚れちまうかな



 ここ数年で俺はお前の目を見下ろすようになった。卍解した氷輪丸を使ってもそうそう霊力が無くなったりはしないし、そして昨日、俺はお前との組み手で自分の手がお前のそれよりも大きくなった事を知り、あんなにしょっちゅう投げられていたお前の体を組み伏した。言っちゃなんだが、こんなに将来有望な男は尸魂界広しといえどもそうはいねえぞ。


「だからっすよ」
山本は寂しそうに笑っていた。自分や他の隊士と話しているとき以外、一人で歩いている時とか、土手で水面を眺めながらこの男はよくこんな顔をしていた。たった一人の男にいつまでも囚われて、きっとそいつを思い出すたびに。
「隊長はいい男になった。知ってますか?隊長、瀞霊廷の女子隊員達の間で『結婚したい男性隊士bP』なんですよ。そんな未来の明るい青年がこんなの好きなんて言ってちゃダメです。大体隊長わかってます?俺男なんですから」
あんたには髑髏もいるし、そして俺は
「・・・まだ雲雀が好きか」
真剣に見つめられて、山本は暗赤色の瞳を見返した。
「わかんないんです・・・」
ゆらりと、山本の瞳が翳る。もう好きなのか情なのか、ただの執着なのかも分からないくらいに離れてしまって、時間ばかりが流れて。なのに今でも夢に見てしまうのだ。自分を置いて、六道と共に消えたあの背中を。
「こんな宙ぶらりんな気持ちのままの俺には、隊長みたいなすげえ人、勿体無くって」

 ―――だから、俺はだめです。


 山本はお茶淹れて来ますとソファを立った。ザンザスは給油室に消えるその背中をただぼんやり見つめていた。
 いつも見上げていた均整のとれた逞しい背中。体術ともなれば長い手足で簡単に押さえつけられてしまうような小さな自分の背後を、常に護り、信頼を寄せ、時にからかいながらも笑顔で励まし。
 好きだと言えばはぐらかされて、どれほどに年の差を埋めたいと思っても叶う訳も無く。


大きくなれば


ただそれだけで、心身ともに成長する為にどのような過酷な鍛錬も厭わなかったと言うのに。



 ただ、お前だけを求めて、一心に―――





「あーーーっっ!!やめたやめた!!」

 
 いきなり執務室に響き渡ったザンザスの大声に、急須を持っていた手がぶれて山本の手を濡らした。
「ぅわっち!!・・・な、なんすか隊長どうし」
振り返った山本は驚きに目を瞠った。何故かって先ほどまで机に向かっていてたはずのザンザスが、自分の真後ろに突っ立っていたから。それも真顔で。
「何で瞬歩!?」
びっくりして目をぱちぱちさせている山本の火傷した手を目ざとく見つけた男は、赤くなったその場所に向けて大きく口を開ける。
「わーーーーっっ!!何してんですか、何やってんですか!!」
「るせぇ!!人が年数かけてゆっくりじっくり攻めてやったってのに、まだぶちぶち言いやがって!!いつまでも女々しいってんだよ!!」
「・・・・な・・っ・・言うに事欠いて女々しいって、ってちょっと!舐めるな舐めるなー!!」
「振られた男の事をいつまでも未練たらしく思い続けてるってのが女々しいって言ってんだ!!」
「そんなん俺が一番よく分かってますよ!!じゃなくて、いてて、舐めるなってば!!」
「分かってたらもう振っ切って俺のものになっちまえ!!!」
言った途端火傷から離れた唇は、非難の言葉を口にしようとしていた山本の唇に重なり、思い切り開けていたものだから当然簡単に舌を絡め取られていて。
「・・・ッん!・・・ふ・・」
隊士達が交代で昼食に出てしまった為に山本たち二人しかいない静かな執務室に響く、熱い吐息となまめかしい水音。逃げ出そうとして伸ばした腕は、いつのまにか逞しい背に回り、白い羽織を握り締めていた。山本の困惑し逃げ惑う舌を、執拗に追いかけ絡め強く吸い上げる。こんな凶暴な行為に出たことなど無かったザンザスに、山本の背筋が震える。けれど、抱きしめる腕にその震えは伝わっているのだろうに、ザンザスは緩めるどころかもっと深く口を合わせてきた。
「・・・・・た・・いちょ・・!!・・」
やっとの思いで絞り出した吐息とともに呟かれた己の称号。そんな名前ではない、あいつのことは違う名で呼ぶではないかとザンザスは責めるように口内を貪る。
 堪えきれずに溢れる唾液が山本の顎を伝う。短く切りそろえられた項に手を掛けていた己の手首を濡らすのを目の端に捉えたザンザスが僅かに目を細めると、背に回っていた山本の腕がゆっくりと伸び、自分の頭部を撫ぜる。そして長い指でしがみ付くように髪を掻き抱いて、自らもザンザスを求め始めた。


 ほらな、もう大体こっちに傾き始めていたのは分かっていたんだ。紳士に振舞ってやりゃあいい気になって逃げ回りやがって。 
 もうなりふり構っていられるか。こちとら気が長いほうじゃねえってのに、ここまで待ってやったんだ、ありがたく思って欲しいもんだぜ。こうなっちまったら、押して押して押し捲るのみ、そうすりゃほら、な。


「・・・た・・たい・・ちょ・・」
背後の壁伝いにずるずるずり落ちながら、やっと離れてくれた唇が首筋を吸い上げ、今度はだらしなく開かれた袷から覗くさらしの上を、自分よりも僅かに大きくなった手が這い回るのに耐え切れなくなった山本が甘い声を漏らす。
 力の入らない身体を床に引き倒せば、震える腕でぺちりと額を叩かれて。けれど、真っ赤に染まった山本はそれ以上何も出来ず、もう潤んだ瞳で睨みつける事しかできない。そんな情けなくもしどけない格好の副隊長を間近で見下ろしながら、ザンザスは熱く囁く。
「わかっただろ。お前が何を言おうがどう思っていようが、お前ん中はもう俺で一杯なんだよ」

 わかったらもう観念して俺の手の中に堕ちちまえ―――。

 山本の頭はもう沸騰寸前だ。目の前で不敵に笑う自分の隊長、こんな顔をした男など知らないというのに。

 “お前ん中はもう俺で一杯なんだよ”

 (ああそうなんだろうか)

 グラグラする頭で考える。雲雀の後姿ばかり見つめてきた俺は、背中合わせで戦う小さなアンタの背中を護るのに必死で、いつの間にかアンタがこんなに大きくなっていた事に気付かなかったんだろうか、いつの間にか囚われていた事に気付かなかったんだろうか


 護っていたつもりで護られていたことにすら、気付いていなかったんだろうか



 山本の頬に温かな何かが伝う。火照った頬には、それが汗なのか涙なのか判別できずに。手を止め、山本の顔を見つめて困ったように笑ったザンザスが、それを優しく拭った。
「・・たいちょ、俺、わかんねえけど」
「ん?」
「アンタの、笑った顔は、好きです」


 ちっさい頃から変わらない、眉を寄せて仕方無さそうに笑ってくれるその顔が好きです。大好きなんです。


 顔を歪めてぎゅうっと抱きついてくる、自分よりも相当な年月を生きているくせに子供みたいな仕草の山本の頭をクシャクシャとかき混ぜたザンザスは、嬉しげに「誰にも渡さねえよ」と笑って同じように抱きしめた。




   おわり

髑髏ちゃんは雛ってことで。ボスとはまーったく繋がり無いんですけど、藍染骸なら、やっぱり雛森は髑髏かな、と。ところで原作はあと何年かかって決着が付くのでしょうか・・・?
 

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