小説<ヒバ山僕シリーズ&ヴァリ山>
桜の雨、いつか <高校同棲編>
 部活が終わって校門を出ようとする頃、とうとう空が泣きはじめた。並盛高校野球部に入って3週間、期待の新人とはいえすることは新入部員の皆と同じで、部活前のグラウンド整備をしている頃から雲行きが怪しいなとは感じていたのだが。
(まぁ部活が終わってからでよかったよな)
 この4月から山本は恋人雲雀恭弥のマンションで一緒に暮らしている。毎年この日は父と共に親子二人の慎ましやかな誕生日を過ごしたものだったが、今年は父が再婚した事もあり、そんな訳にはいかないだろう。とは言うものの雲雀もどうやら、3年を引き摺り下ろして君臨した並盛高校風紀委員に草壁が入った事で、また広範囲の取締りを計画しているらしく、しばらくは忙しいと言っていたし事実ここ最近帰りも遅い。
 マンションでただ待っているだけというのもアレだけれど、ツナや獄寺の家に行くにはもう7時を過ぎている、迷惑だろう・・。
山本は生徒玄関の屋根の下、手を翳し温かな雨に手を伸ばす。春の雨は柔らかく、6月の梅雨時期のようなむせるような匂いもなければ、11月の射す様な冷たさも無い。伸ばしていた掌をそっと握り締めると、山本はゆっくり階段を降り雨の中駆け出した。


 並盛町のはずれにある、山本家の墓がある寺の暗い境内を、雨にぬかるんだ土を踏みしめながら進む。手には途中の花屋で買った、かつて母の大好きだったピンクのカーネーション。
 寺に咲き誇っていたはずのソメイヨシノは葉桜の様相を見せており、八重桜のたわわな花びらが重たげに枝をしならせている。その八重桜の下、山本家の墓は他の墓所から少し離れて、雨の中ひっそりと佇んでいた。たった一本だけセロファンで包んでもらったカーネーションを供え、手を合わす。
 優しかった母、綺麗だった自慢の母。母の時間だけは10年前のあの時から止まったままで。
(母さん、親父が再婚したんだよ。きっとここにも報告に来たんだろ?随分一人で頑張ってくれてさ、俺感謝してるんだぜ、照れくさくって言えねぇけど)
泣き虫だった山本に、父はあまり泣くなと言ったけれど、母はいつも優しく涙を拭いて抱きしめてくれた。けれど事故の当日の朝、保育園に行く自分の手をきつく握り締めて。
『武、沢山沢山泣いたっていいんだよ。でもね、その後は立ち上がって笑っていなさい。どんなに泣いたって最後に笑って立ってる人間が一番強いんだよ』
信号待ちの交差点、幼い自分に言い聞かせるように、どこか寂しげに見えた母の顔。思えばあれは虫の知らせだったのかもしれない。
母が亡くなってから何故か一緒に涙も出なくなったけれど、母の言う通り、どんな時も最後には立ち上がって笑う事だけは忘れなかった。そのおかげなのかどうかは知らないけれど、今沢山の友人と、仲間と、そして怖いけど優しい雲雀が自分の側にある。
 父は再婚し、自分はまた一つ歳を重ね、母だけが変わらずにいることを寂しく感じないわけではないけれど。
(それが、生きて行くってことなんだよな?母さん)
母の変わらぬ笑顔、それさえ覚えていれば、きっと母は喜んでくれているに違いない、そう思う。


雨脚が弱くなって来たように感じて、山本はスポーツバッグに無造作にぶら下げてある腕時計を見ようとして、その頭を後ろからパカリと叩かれ驚き振り返った。
「・・ひ、ひばり!?」
「まったく。ピッチャーは肩冷やしちゃいけないんじゃなかったの?」
雨でずぶ濡れになった山本の後ろ、肩から何時もの学ランを下げ、手には100円のビニール傘を持った、並森最強の風紀委員長が半ば呆れた顔つきで立っていた。
「な、何でここに?」
墓参りになど一緒に来たことも無ければ、その場所すら教えたことも無かったというのに。
「マンションの電気は消えてるし、竹寿司に電話したら来てないって言われるし。で、お父さんに心当たりを聞いて来たって訳」
どこから取り出したのか、山本の頭からタオルを被せ掛けて乱暴にかき混ぜる。
「いてて・・あ、そなの?」
へらりと笑えば横目で睨まれ、今度は額にデコピンがとんで来た。
「そなの、じゃないよ。大体可愛い彼氏の誕生日くらい僕だって早く帰って来るよ!その辺君はまったく分かって無い!」
「いてぇってー!え〜、だって最近忙しがってたから今日も遅いだろうと思って・・」
山本が額をさすりさすり言えば、今度は大きなため息。
「・・まったく・・君って子は、遠慮深過ぎって言うか、欲が無さすぎってうか・・」
なんだか肩を落としてしまったように見える雲雀。遠慮とかそういう訳じゃ無かったんだけどなあ。
「だってさ、誕生日は確かに今日だけど、俺が生まれた日っていうだけで、別に特別な日でも何でもないだろ?お祝いだったら雲雀が忙しく無くなった頃・・例えば雲雀の誕生日に一緒にしちまうとかさ」
結構本心だった。だってわざわざそんなの、もう高校生だしなんか照れ臭くね?だけど雲雀は、俺の頬っぺたを緩くつまんで。
「特別な日だよ?君が生まれて来てくれた、僕にとっては何より大切な日だ」
雲雀・・そう口を開こうとして、けれど雲雀は俺の唇を頬をつまんでいた手を解いてそっと押さえる。
「ねぇ知ってる?4月24日の並盛町はね、いつも雨が降るんだよ。朝からじゃなくても、夕立だったり、時雨だったりね。・・・君の気持ちに呼応しているみたいだ」
雲雀は俺の口を押さえたまま、いつに無く優しい顔・・・いや違う、雲雀は俺と話す時いつだってこんな顔してくれてる。
「そんな風に一人で寂しくなるんじゃないよ。お父さんが再婚したからってやっぱり大切な一人息子に変わりは無いんだし、君が傍にいて欲しいと思うときに一緒にいるのが僕だろう?」
手を離されて、別に寂しいなんて思ってないとか、傍にいてなんて考えてもいなかったとか言おうとして言えなかった。だって、きっとその通りだったから。そうして、俺の口から出てきた情けない声は、伸ばした手と一緒に雲雀の学ランの袖に力なく絡み付いて、ただ一言、たった一言、言うのがやっとで。
「・・ごめん」
自分でもこうして言われるまで気づけなかった気持ち。だけど雲雀は笑ったりしないで、いつもの通り『ばかだね』って言って優しく頬を叩いてくれた。


「じゃ、行こうか」
学ランを翻して境内の階段を下りていこうとする雲雀の背中を、水浸しの靴をグチャグチャ言わせながら追いかける。
「行くってどこへ?」
「竹寿司」
「はー?」
ちょっと待ってとスポーツバッグの肩掛けに引っかかっている時計を見れば、もう9時をまわっている。今から顔を出したっていいネタなんて残ってないぞ。
「お父さん、ちゃんと今年もケーキ型ちらし用意して待ってたらしいよ。電話口で泣きそうになってた」
「えっ、うそ・・」
「嘘じゃないよ。再婚なんてするんじゃなかったかなぁって落ち込んで、奥さんと喧嘩になってた」
「ええっっ!・・・どうしよそんな」
別に再婚自体は俺にとっては喜ばしいことだったんだよ、親父が幸せになってくれるのは俺だって嬉しいんだよ、この誤解は解かなくちゃ・・!!
「っていうのは冗談だけど」
俺は階段を転げ落ちそうになった。こんな時自分の運動神経が良くて本当によかったと思う、じゃ無くて!!
「雲雀っっ!!」
「でも寂しがってたのは、本当」
俺より3段くらい前を歩く雲雀にじっと見つめられて立ち止まる。そうだよな、俺部活だなんだって全然家に帰らなかったから、心配してただろうな。・・ちょっとは遠慮してたってのも、確かにあるし・・。
「だからね、顔出して、お寿司もらって帰ろう」
パチンと傘をたたんで雲雀が手を差し伸べてくれる。自分ひとりじゃ何となくできないことでも、誰かの手を借りればできることがちゃんとある。
「うん。寿司貰って、親父のことちょっと冷やかして、マンション帰ろう」
「遅くなっちゃったけどお祝いしようね。ケーキも買ってあるから」
「ホントかよ・・なんか至れり尽くせりで後がコワイんですけど」
「じゃ要らない?ラ・ナミモリーヌの甘さ控えめ生チョコケーキ」
「ええっ!いるいる!食べるって!!」
 

 手をしっかり繋いだまま、泥を跳ね上げながら走って帰る。少し前を走っていた意地悪で優しい雲雀が、俺の隣に並んで何事かを呟いたんだけどよく聞き取れなくて、もう一回と頼んだらあの馬鹿力で襟首を掴まれて。
「誕生日おめでとう」
耳元僅か3ミリの距離で囁かれた言葉に思わず顔を赤くして雲雀を凝視すれば、その雲雀の背後の空、いつのまにか雨は上がって、雲の切れ間から星が瞬いていた。



  おわり


 誕生日おめでとう。やっぱひば山で〆でしょう。山本はなんとなくお母さんを『母さん』とかって呼ぶイメージが。男の子ってお母さん大好きですしね(^_^)vタイトル松たか子

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