小説<ヒバ山僕シリーズ&ヴァリ山>
ハミング・ライフ(ひば女武)
「ひばりー!魚焼けたよ、ご飯にしよーーっ!!」
並盛町並盛山付近の高台にある大きなお屋敷『通称雲雀御殿』の二階奥、今朝の六時まで抱き合って眠っていた和室に向かって、武はその少し低めの声で、いまだ幸せな夢の中にいるであろう恋人の名前を呼んだ。
雨の守護者としてイタリアの沢田綱吉のもとで右腕として働くようになって既に二年。何故か日本支部を任されてしまった雲雀とは、とりあえず何の用事も無ければ、週末ボンゴレ専用ジェットを飛ばして会いに来る遠距離恋愛中である。
武が日本を出て二年後の16歳の誕生日を過ぎたころ、本当に二年で舞踊界のトップに文字通り躍り出た雲雀。何をどう画策したのか、イタリアでの公演を果たし武と再会後、そのまま駆け落ちのように姿を消して日本舞踊界は一時騒然となった―――実際は武と一緒にヴァリアー邸に身を隠していたのだが。
ゴーラ・モスカの後釜がいなかったこともあり、なぜかすんなりとその位置についてしまった雲雀は、18・19歳の誕生日をイタリアで迎え、日本での高校生活を終えた沢田綱吉がイタリアで当主となったのを機に守護者としてボンゴレ邸に武と共に移った。
・・・ところが、そこで当のドン・ボンゴレの怒り(?)に触れてしまったらしい。
『雲雀さん、あなたが山本を心配するのは非常によくわかるつもりです。・・・で・す・が!!』
守護者になった途端、とりあえず人当たりのいい山本は何かと交渉の場に顔を出させられるようになった。
・・・それはいい、それはいいのだが。問題は雲の守護者・雲雀だ。彼女に影のようにつき従うのは良いが、やれ相手の男が色目を使っただの、彼女の体に触れようとしただのと言ってはいらぬ揉め事を増やしてくれる。
『日本支部を任せます。しばらく山本とは離れて頭を冷やしてください!!』
中学生の頃とは想像もつかないような厳しい口調の綱吉に、さすがに山本も雲雀を庇うわけにはいかず、ギリギリと今にも噛み付きそうな雲雀をどうどうとなだめて飛行場まで見送り、今に至る。
「・・・・おはよう」
大きな卓袱台に並んでいるのは、雲雀の好きな和食。ご飯にわかめと豆腐の味噌汁、鯵の開きを焼いたもの、南瓜の煮つけ、ほうれん草のおひたしに、剛直伝のちょっぴり甘味の強い卵焼き。
「顔洗ってきたら味噌汁よそうな」
初夏の明るい日差しを浴びながら、借りた雲雀のシャツの袖を捲り上げた武のすっきりとした腕に抱えられているのは、早朝屋敷に届く各種新聞の束。
「哲さんも一緒にたべようぜ!」
振り返った先に佇むのは雲雀のためならば東奔西走することも厭わない忠臣草壁。
「いえ、私は」
「だって沢山作ったからさ、食べないと昼飯も同じメニューになっちゃうのなー」
そう言ってたはは、と眉を寄せる武。雲雀は彼女の幼い頃から変わらない、さりげない優しさを見るたびにホッとする。
「哲、武の言うとおりに」
自分以外の人間の言う事をきくことを善しとしない草壁に、雲雀がやんわりと声を掛けると、遠慮がちに食卓へと近づいて来る。
「はい、座布団」
にこにこと差し出されたそれに、無骨そうな顔を少しだけ和らげて、こくりと頷くように頭を下げてから草壁が座布団にすりあがったのを見届け、雲雀は洗面所へ足を向けた。
ぬるま湯で洗って顔を上げた鏡の横に、置きっぱなしの武の歯ブラシ。そんなことにさえ幸せを覚えて、雲雀は他人からはきつい、と言われがちな目元をゆるめた。
「お昼、親父のとこ行っていい?」
雲雀の屋敷から少し離れた所にあるボンゴレの支部へと足を運びながら、長い足でくるりと雲雀を振り返り武が問う。
武の父剛は、武と同じくイタリアのヴァリアーの屋敷で世話になっていたのだが、雲雀が日本支部に転属されるのと一緒にこちらに戻り『竹寿司』を再開していた。
「ふん ふふ〜ん」
上機嫌の武の鼻歌を聞きながら、気温の上昇に伴って薄着の女性が目立ち始めてきた商店街の入り口近くの大通りを歩く。
と、武のジーンズのポケットからメールの着信音が。
「ん?あ、ザンザスだ―――・・・んな顔すんなよ雲雀」
「・・・あのボス猿なんだって?」
「あのな、美味いスコッチが手に入ったから近いうちに飲みに来いって」
わーいラッキーなどと喜んで返事を打っている携帯を取り上げて壊してやりたい。離れていた二年の間に何があったか知らないが、何故か武に懐柔されていたあの男・・・ザンザス。「兄貴みたいなものだから」と武は言うが、君は知らないんだ。あの男は僕がもしも死んだりしたら、その後釜を虎視眈々と狙っていることを。
「まーたひばり ここに皺寄ってるぞー」
携帯をパタンと閉じて、眉間を女性にしては硬いその指でグイグイと押してくる武。
「あーわかった!お腹減ってきたんだろ。人間腹が減ると機嫌が悪くなるもんな!」
「・・・・君と一緒にしないでくれる?」
雲雀の心中などちっともわかっていない、のん気な彼女の横顔を見つめて、小さくため息をつく。
「こらこら!ため息つくと幸せが逃げてっちまうぞ」
「・・・・それは困るな」
武が笑いながら言うそれに、僕も少しだけ笑って返す。
(だって、僕の幸せは君そのものなんだから)
「あ、親父店の前で待っててくれてら!」
くい、と僕の手をおもむろに掴んで走り出す武。真っ直ぐに前を向いて、そして笑っている。
「おやじーーーー!!」
ぶんぶん手を振って子供のように笑う様は、とてもじゃないけれど、女だてらにマフィア界の『二大剣豪』などと呼ばれている雨の守護者とは思えない。
・・・そう。誰がどうとか、そんなことは今はいい。こうして君が、僕と一緒にいて幸せそうに笑っていること。
それこそが僕のハミングライフ
おしまい
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