小説<ヒバ山僕シリーズ&ヴァリ山>
もっと泣いてよ My Dear    <後編> 
 部屋の中で談笑する男女をぼんやりと眺めやる。一人は良く見知った、他人の言い方を借りれば、「並盛最強の不良風紀委員長」そしてその委員長が相手をしているのは、先日雲雀に告白をしていたように見えた髪の長い女生徒そのひとだった。



 応接室の前で、中に入ることが出来ずに立ち尽くしていると、いきなりドアが開いて雲雀が顔を覗かせた。

「何してるの?君が話があるって言うから待ってたのに」

 雲雀の目は楽しそうに孤を描いていて、(そんなに、女の子と話してたのが楽しかったのかな)と山本の心を波立たせた。

「いつも、ノックなんて無しに顔覗かせるくせに」

そう言って自分の前を歩く雲雀の背中に、「そんなことない」と言おうとした時だった。

「え、すごい。雲雀君相手によくそんなことできるのね」

 衝立の向こうからきれいなソプラノ。思わずそちらを凝視すると、こちらを見ながら雲雀が口を開く。

「ああ、彼女は同じクラスの相川さん。僕ら受験希望校が同じらしくてね。成績優秀なんでちょっと教えてもらおうかと思って」

「・・・・受験勉強・・?」

「そう。並盛高校じゃ ちょっと僕にはレベルが低すぎるからね」

 じゃあ、どこに?そう続けようとしたが、今まで自分に向かって話していた雲雀が、話をさえぎるように後ろを向いて、相川という女生徒のところへ行ってしまった為に、山本は口を開けたままその場に置き去りにされ、そして今に至る。



 目の前の光景を見ながら、どうしてだか山本は胸の辺りが痛くて痛くて仕方がなかった。雲雀の中から自分の居場所が無くなってしまった気がして、此処に居てはいけないんじゃないか、そう思った。−−−なのに、

    ひばりの側にいたいよ

 ずっと胸の奥底でこんな声が響いている。

「・・・ねぇ、突っ立ってないで話が無いなら教室に戻りなよ」

 雲雀の声にハッと頭を上げた山本は、笑顔を取り繕うと「ごめん」と言い捨てて、そのままはじかれたように応接室を飛び出して行った。そしてその乱暴に閉められた応接室のドアを見つめながら、「ごめん」と言った山本の顔が泣きそうに歪んでいたのを雲雀は見逃してはいなかった。

 教室に戻ってきた山本の顔を見て、綱吉と獄寺は驚いた。

「どうしたの山本、すっごく顔色悪いよ・・」

 綱吉はハラハラしながら椅子に座った山本に近づき、獄寺もめんどくさそうな様子で側によってきた。

「へへ・・・ごめん昼飯にでもあたったかな・・腹痛くて・・・」

 そう言って力無く笑う山本の手が、痛いという腹部では無く胸の辺りを押さえているのを見た獄寺は、綱吉に「ちょっとコイツ保健室連れて行ってきます」と言い残し、山本の腕を引いて教室を後にした。



「・・あいつと、なんかあったのか?」

 外出中の札が掛けられた保健室に勝手に入り、無理矢理ベッドに山本を寝かしつけた獄寺が、少し遠慮がちに口を開く。
 ベッドに横になったとたんに頭からすっぽりと毛布を被ってしまった山本の表情は見えないが、普段こんな態度を取る人間ではないことを知っている獄寺は、子供っぽいその態度を怒ったりはしなかった。

「・・・・おれ」

丸まった毛布の中からくぐもった声が聴こえる。

「もう、ひばりのとこ、行かない方がいいのかな・・・」

 初めて聴くんじゃないだろうか、こんな自信の無さそうな、消え入りそうな声。
(こいつときたら、気に入った相手にはしつこい位くっついて来る癖に。)
つまりそれだけ、堪えてるってことか・・・。

「なぁ、お前さ、さっき聞いた事と似たようなこと聞くが・・あいつとさ、どうなりてえ訳?」

 天然な癖に一部分ではひどく聡い山本。けれど、年相応に幼い所も持ち合わせている彼に理解できるように、出来るだけ噛み砕いて話すように務める。

「あいつは大体誰かとつるむような奴じゃねえだろ。それがお前のことあんだけ近くに置いてたってこと自体が俺らにしてみりゃ不思議だったっつーか・・。もとのつかず離れずに戻る、それだけの話なんじゃねえのかよ?」

もぞりと、毛布が身じろぎする。

「・・・いいか?よく考えろよ?お前俺に馬鹿だの離れろだの言われたって全然こたえねぇくせに、何で雲雀にあしらわれるだけで泣きそうになってんだよ」

 毛布の中の山本は何も応えない。それはそうだろう、自分でもどうしてそうなのかサッパリ解っていないのだから。
 獄寺は一つだけため息をつくと、そっと椅子を離れ、もう一度山本に声を掛ける。

「―――ま、俺にはお前が、雲雀のことを優しいって言ってんのさえもが不思議だったけどな。いいか、俺はもう口は出さねえ。最後は結局自分できめなきゃいけねえ話だぞ。」

 そのまま振り向きもせずに保健室を出て行ってしまった獄寺を、追うことも言い返すこともできずに、山本はただ先程獄寺が言った言葉を反芻し続けた。


 結局、獄寺の言った意味の半分も理解できないまま部活へ出ようとした山本は、既に同じクラスの野球部員が顧問に「山本は今日具合が悪いらしい」と伝えていたことから、「どうせ雨で筋トレだけだし、大事をとってゆっくり休め」と休息を言い渡されてしまった。
(動いていた方が気が紛れるのに・・・)
 せっかく休ませてもらったのに申し訳なかったが、山本は学校の道具をロッカーに詰め込むとその場でジャージに着替え、校内から飛び出した。



「ええっ」

 母親から電話を受け取った綱吉は、その電話口の声にまず驚いた。

「いやね、学校に電話したら「今日は部活休んで帰ったはずだ」って言われたんだ。もしかしたらツナ君とこにいるかと思ったんだが・・・」

 剛の心配そうな声に、思わず壁に掛けてある時計を見やると8時47分。中学生が遊んでいるような時間ではない。第一、父親をとても大切にしている山本が、一つも連絡を入れないでいるのはおかしいのではないか。
(なにか、あったんじゃ・・・)
 綱吉は「心当たりを探してみます」そう言って受話器を置くと、獄寺に連絡し すぐに靴を履いて並盛中へと向かった。



 その少し前、8時を少し過ぎたころ、風紀委員の仕事を終えて校門を閉めながら、雲雀は昼休みの山本を思い出していた。
「ごめん」と顔を歪めた彼を可哀想にと思いながらも、その表情は自分の嗜虐心を煽るものであり、それを見て満足する自分と慰めてあげたくなる自分がいる。
(本当におもしろいよ彼は)
もう少しこの状況を楽しみたい気はするけれど、これ以上いじめて収拾がつかなくなっても困る。

「そろそろやめてあげようか」

そんなことをつぶやいた時だった。


「ひばり!!」


楽しい妄想に浸っていた背中に思い切りぶつかってくる影があって、普段は動じない雲雀も一瞬驚いてしまった。

「あ、ご・ごめんっ!」

 パッと離れたその影は先程自分が思い浮かべていた人物であったが、なぜか制服ではなくジャージ姿で肩で息をしており、おまけに頭からずぶ濡れで―――何かを必死に握り締めている。

「・・・何してるの?」

 雲雀は純粋に ただ問うただけだったのだが、山本はほんの少し表情をくもらせた。
(・・・ちょっと、いじめ過ぎちゃったかな)

「あの・・、俺な、何かよくわかんなくなっちまってさ・・・」
歯切れ悪く雲雀に向かって心情を吐露する山本を、雲雀は黙って一言一句聞き漏らさないように耳を傾けた。



 自分の気持ちがわからなくて、どうしたらいいのか答えが見つからなくて、獄寺に言われたことをずっと考えながらとにかく走った。
(AもBもCも何のことかくらい知ってるよ。けど、俺も雲雀も男なんだからありえないじゃん)
(俺が雲雀とどうなりたいか?そんなの・・・仲間・・とか?じゃ無い感じがする・・じゃあ友達?)
だけど、友達だと言うのなら、あの女生徒に感じた気持ちは何だった?

ーーーわからない。わからないってば雲雀。

周りの景色も目に入らないくらいとにかく走った。雨はずっと止まなくて靴の中までぐしゃぐしゃで、普段なら気持ち悪く感じるはずなのに、頭の中は雲雀のことばっかりで。
走って走って走ってーーーー気が付くと。


「隣町まで走っててさ」

ぺろりと舌を出した山本に僕はあっけに取られた(もちろん表には出さないけど)並盛町は結構広いのに、それを抜けて隣町まで走ったって・・・一体何キロあると思っているの・・・。

「すぐそこにバス停があったから見てみたら並盛行きでラッキーって思って、んでジャージのポケットに今朝バッティングセンターで使った残りの300円があったから、とりあえずバスで帰ろうと思ったんだよ」

じゃあ何故、こんなに遅く、しかも濡れ鼠で走ってこなければならなかったのか。

「バスの時間見たけど時計持ってなかったから どれに乗ればいいかわかんなくてさ、コンビニでも入って時間見ようと思ったら」



大きな神社があったんだ。

 何段も続く階段の上に境内があって、おもしろそうだからちょっとだけ覗いてみたくなった。雨が降っているせいか、夕方だからか人は居なくて、自分だけの貸切のような、くすぐったい気持ちになる。
 手を打ち鳴らして参拝したあと、ふと横を見ると売店があり、お守りや御札がきれいに並べられている。 一つを手にとってその文字を見やる。
「学業成就」

 ーーー受験勉強するって言ってた。(あのひとと)どこ、って教えてもらえなかったけど、きっと難しいとこなんだろうな。一緒の高校には行けないんだな。
 ・・・今まで俺が一方的にひばりに付きまとってた気がしてたけど、ほんとはひばりが俺を相手しててくれたんだな。無視しようと思えば簡単にできちゃってたのに、ちゃんと話聴いてくれてたんだ。
 ―――調子に乗りすぎてたのかも。ひばりが優しくしてくれるから、つい いい気になってたのかも。・・・もうひばりは、そういうのが嫌になったのかも・・・・・・。
 思考はどんどん落ち込んで行ったけれど、だからってこのままじゃ自分は身動きが取れない。獄寺の言うように、最後は自分で決めなくちゃ。
 山本はポケットの中の小銭を取り出すと、お守りの値段と見比べる。走って帰ってもひばりが帰る時間に間に合うだろうか・・。

「すみません これください!」

 山本の声が静かな境内に響いた。




「で、それがこれ」

 強く握り締めていたそれを雲雀に手渡す。軽く湿ったお守りは山本の体温が移って温かかった。

「帰ってくる時もずっと考えてたんだ。―――でも結局明確な答えなんか出なくてさ。俺、ひばりが優しいとすっげえ嬉しくて!・・・ほんと、嬉しくって・・・ただそれだけで。・・・だから、最近ちょっとひばりの態度見てたら、俺のこと実はうざかったかな、とか思って。・・ほら、俺よく獄寺にもそう言われるし!そしたら、獄寺にはそう言われてもなんともないんだけど、・・・へんなのな。ひばりにそうされると、正直、なんか泣きたくなって・・。でもほんとにそれがどうしてなのかわかんないんだ。・・・・・それでも!・・・それでもさ、俺側にいたかったんだけど、これ以上そういう顔見るのが・・・・っ」



 雨の音がうるさい。ぐちゃぐちゃに濡れた塊から僕の制服にまで水がにじんでくる。僕までずぶぬれになる必要なんてないのに。ただ黙って傘をさしかければいいだけだったのに。

「・・・・・ひ」

「もういいよ」


 ずぷぬれなのは僕が傘を投げ捨てたから。制服が濡れているのは彼を抱きしめているから。

「ごめんね。どうしても君の口から言わせたくて無茶苦茶なことした。そんなことしなくたって、君は全身で僕に訴えてたのに」

 隣町から車で30分以上かかる道のりを、バス代使いきって僕のために買ったお守りだけ握り締めて走ってきたの?

「・・ごめんね、嘘ついて、冷たくして」

ずぶぬれで、こんなに身体も冷えてるのに、僕に会うためにここまで来たの?

「・・・ごめんね、――――何言ってももう許してくれないかな」

 もういいよ。もう僕が、君のその「訳が解らない気持ち」に名前をつけてあげるから。

 だから。


「大好きだから――――――泣かないで」


 声を我慢して震え続ける山本を、父親から電話をもらってからずっと探していたという沢田綱吉とその片腕が見つけて声を掛けて引き剥がそうとするまで、僕はずっと彼の身体を離しはしなかった。




「え?なにひばり並盛高校行くの?」

 いつものようにいつものソファで山本武が間抜けな顔で僕に言う。

「別に、どんな高校に行こうが勉強は出来るからね。それに僕がしたいのは勉強よりも並盛の治安維持だから」

「・・・んじゃ、お守りいらなかったんじゃん」

 ちょっとふくれてソファに沈み込んだ山本は上目遣いに僕を見ている。あんなにいじめたのに、ひと泣きしたらもう許してくれたみたいで、こういうところが本当に子供のようにかわいいと思う。
 未だに彼は僕に対する気持ちを決めかねているみたいだけれど、そのことは僕がわかっていればいいこと。
―――そんなことを考えていると、ぽわんとした顔で山本が僕に向かって言う。

「やっぱり俺ひばりのことどう思ってるのかわかんないんだけど」



 そういう質問にはちゃんと答えてあげるのが大人の礼儀だよね。

「そりゃ、好きだって思ってるに決まってるでしょ」

 目を丸くする山本に、慈しみを込めて僕は呼びかける。

「わからなくなったら、何度でも聞いていいから だから、もう泣かないでね」





 紅くなった山本が僕の座る応接机に近づくまで―――――あと7秒。



                おわり

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あきゅろす。
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